マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
インターナルブランディングをテコとした不祥事からのビジネスモデルの転換
― アクサス株式会社 ―
本庄 加代子栗木 契
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2022 年 42 巻 2 号 p. 63-72

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Abstract

企業が不祥事を起こした時,どのように信頼と業績を回復させるのだろうか。ITエンジニアの派遣企業であるアクサス株式会社は,2018年労働局から行政処分を受けた。危機に瀕した同社であったが,インターナルブランディングの取組みにより,リストラをせずに組織の体質改善を図り,長年懸案であったビジネスモデルを抜本的に変えながら,事業の成長基調を取り戻した。2022年現在の同社は,理念・ビジョンの浸透が進み,業績の拡大が続く。本稿では,アクサスの取り組みを時系列で追う中で,Kotter(1995, 2012)の企業変革における段階的プロセスが見出された。とりわけ意図せざる不祥事そのものが,インターナルブランディングを更に加速させていたことを確認した。結論として,(1)組織文化を変革するためのツールとしてインターナルブランディングは有効であり,アクサスでは(2)組織に短期的成果を見せつつ(3)危機を逆手に,求心力を高め(4)現場に理念・ビジョンの解釈の余地や裁量など自由度を与えながら(5)ビジネスモデルの転換による新たな成長機会の獲得へと至っていたことが確認される。

Translated Abstract

How does a company restore trust and performance when it has been scandalized? Axas Corporation, a temporary staffing company for IT engineers, received an administrative action from the Department of Labor in 2018. As of 2022, knowledge of the company’s philosophy and vision has become more widespread, and its business performance continues to grow. In this paper, we follow Axas’s efforts chronologically and find Kotter’s (1995, 2012) 8-step process of corporate transformation. In particular, we confirmed that the unintended scandal itself further accelerated the internal branding process. We conclude that (1) internal branding is an effective tool for transforming organizational culture, and that Axas (2) showed short-term results, (3) reversed the crisis to increase its centripetal force, and (4) promoted interpretation of its philosophy and vision at the frontline, which (5) provided new growth opportunities through a change in the business model.

経営理念とビジョン

出典:アクサス株式会社提供

I. インターナルブランディングの難しさ

インターナルブランディングとは,ブランドの提供価値の実現や理念・ビジョンの具現化のために行う,従業員に対するコミュニケーションの戦略手法であり,人事制度や組織の設計と連動しながら,組織の変化を促し,取引先や顧客に提供する価値を強固にすることを目指すものである1)

しかし,これを実践し,継続し続けるのは難しい。多くの企業は,提供価値を規定し,ワークショップやブランドのロゴを配したグッズの配布など一連のコミュニケーション活動は行うものの,確たる経営成果を実感するに至るケースは多くはないと推察される。なぜならインターナルブランディングは,時として,市場や顧客を対象にするエクスターナル(アウター)ブランディングよりもその実行が複雑化しがちであり,またその成果も見えづらいからである。インターナルブランディングを推し進めようとすれば,従業員一人ひとりの強い態度形成が必要なために価値の共有化だけではなく,価値の定着化における人々の相応の納得が前提となるし,組織の慣性を引きずった古い価値観による反対圧力にもさらされる。こうした困難を乗り越え,従業員の共感を引き出すには,相応のキッカケや外的刺激も必要となろう。さらには,価値を体現するためには,人事制度や組織の設計,さらには事業戦略との連携が不可欠であり,組織横断的な動きやトップのコミットメントが重要になる。

一方で,インターナルブランディングの果実として手に入れられるのは,ブランド価値や理念・ビジョンに基づく組織文化である。組織文化とは,共有された価値観および行動様式を意味し(Kuwata & Tao, 1998),企業経営における経営戦略と両輪であり,強い組織文化は特定条件下で,業績に対して,一定の正の影響を与える(e.g. Kotter & Heskett, 1992; Sorensen, 2002)。強い文化とは,従業員一人ひとりの共通の価値観が組織の末端にまで浸透している状態であり,従業員のアイデンティティの基礎となり,組織を結束させる接着剤となるものである(Schein, 2010)。

本稿の目的は,マーケティング研究の観点からの優れた手法の紹介に留まるのではなく,企業の外部環境や組織の戦略対応との関係性の中から,インターナルブランディングの実態を捉えていくことにある。取り上げる企業は,約70億円の売上規模であり,経営の自由度が大きくはない子会社であるが,経営リソースが充分にない組織の試行錯誤の事例だからこそ,組織の機微を捉えたインターナルブランディングの要諦と他社への援用可能性が見いだせる。

II. アクサス株式会社

1. 事業概要

アクサス(株)(以降,アクサス)は,東京都新宿区に本社をかまえるITエンジニアの派遣企業である。全国に拠点を構え,2020年度の売上高は62億円,営業利益率にあたる事業収支は,13.3%と高い水準にあり,従業員数は800名を超える。事業ドメインは,正社員のシステムエンジニアを派遣するエンジニアリングサービス事業,IT事業の下流・保守管理を担う登録型のエンジニアを派遣するテクニカルサポート事業,システム開発そのものを請け負うシステム受託開発事業である。

IT派遣ビジネスの市場規模は約1.2兆円2)であり,同社のシェアはまだ小粒ではあるものの,従業員数も年々伸び続け,健全な経営状態をみせている。ITエンジニア業界における平均的な離職率は9.6%3)であるが,2020年度の同社のエンジニアの退職率4)は7.5%と,業界平均を下回っている。また女性の比率が20.4%5)であるITエンジニア業界において,同社のエンジニアの37%が女性であり,女性管理職比率も業界平均が12.4%6)に対して24%であることから,女性活躍推進企業として表彰されている(後述)。

2. 組織文化

アクサスは,エンジニア派遣分野へと新たに事業拡張を行うネオキャリア・グループの一翼を担う企業として2007年6月に設立され,親会社の全国にある強い営業網と取引先数を武器に,急速に成長していった。執行部は親会社の役員が兼務し,営業力の強い親会社の成果主義の組織文化を色濃く踏襲していた。間接部門や人事管理制度は,親会社の制度がそのまま適用されており,組織風土としては,若々しく勢いのあるものであった。

当時は「ITで成長と革新を」という理念があったが浸透はしていなかった。ITというよりも営業会社という色合いが強かった同社には,単なる標語に過ぎなかったという。

III. 成長の鈍化とアクサスの課題

2007年の創業以来,順調に成長を続けてきたアクサスだったが,2014年ごろより売上が鈍化し,いつの間にか,ネオキャリア・グループの中で,「問題事業部」と揶揄される事態となっていく。この背景には,高い退職率とビジネスモデルの限界があった。

1. 退職率の高さ

当時のアクサスの従業員は,営業だけではなくエンジニアも半数を占めていたが,営業力の強い会社であったことから,人事の評価指標の視点は,売上がすべてであり,予算達成のための四半期ごとのKPIでの数字管理が徹底されていた。その売上目標を達成するために営業スタッフは稼働し,その予算達成を行うと,また新たな予算目標が設定された。売上の成果の運用先は,社内の事業部に再投資したり,従業員にボーナスとして還元したりするといったことはされず,グループ会社の別の事業部へと再投資されていたため,現場では「他の事業部のために我々は働いているのか」といった疲弊感が漂っていたという。一方,エンジニアにおいては,能力の評価を測定する明確な人事制度がなく,営業部と対立的な関係もあり,プロジェクト自体の円滑な進行運営に支障をきたしていた。取引先からの苦情も増え,エンジニアも営業スタッフも離職をしていくこととなり,2015年の全体の退職率は24%を超え,最悪の事態となっていた。営業スタッフがいなくなると,当然ながら取引数も伸び悩み,エンジニアがいなくなれば受注を受けることもできなくなり,売上を引き下げる圧力が増していった。

2. ビジネスモデルの問題

当時のアクサスには,ビジネスモデルにおいても法令上の問題があった。アクサスはシステム・エンジニアリング・サービス(SES)による事業を展開しており,売上の約60%をSES事業が占めていた(現在は0%)。SESとは,システム開発の現場にエンジニアを提供することによって対価を得る契約のことである。いわゆる「派遣」の一形態ではあるものの,労働者派遣事業とは異なる事業となる。SES事業を展開するには許認可は必要ないが,労働者派遣事業の場合は派遣免許が必要であり,派遣法によって派遣される人の人的管理とその責任が厳しくベンダー企業に問われる。参入障壁も高く,人事労務管理や法律の観点からビジネスとしてのスキームやノウハウの蓄積や資金的体力も必要である。一方,SES事業は,プロジェクトの受託開発の規模や期間が変動的で自由度も高く,スピードも同時に求められるシステム開発業界において,合理的な人員の需給調整機能を果たしてきた。

SES事業では,ベンダー企業に所属するエンジニアが,取引先企業に常駐して作業を行うのが一般的であるが,取引先企業が直接エンジニアに指示を出すことは「偽装請負」と呼ばれ,法律違反となる。一方で労働者派遣事業の場合は,アサインしたエンジニアにクライアント企業で直接作業を命じることができる。アクサスのSES事業では,外部のBP(ビジネスパートナー)と呼ばれるフリーのエンジニアや営業先がない小規模事業者のエンジニアと準委任契約を結び,アクサスの営業力で取引先に紹介するビジネスを展開していた。その際,システム・エンジニアリングという多数の関与者と調整しながら業務を進めるというプロジェクトの資質上,取引先企業側からのアクサスが準委任契約をしているBPへの直接的な指示命令を避けることが難しかった。さらに厳密にBPを管理しようとすれば,BPが常駐する施設や設備,業務内容が取引先企業と独立していることが求められることとなり,実態として労働法に抵触する可能性があることが危惧された。そのため,今後の安定的で継続性のある事業運営が困難であることはわかっており,アクサスとしても早期にSES事業から労働者派遣事業へとビジネスモデルの転換を図りたいと考えていたが,従前の成功体験と,親会社から求められる予算目標達成への焦燥感と,強い営業力という武器に依存した体質から,抜け出せずにいた。

IV. ブランディングの始動と短期的成果

業績の伸び悩みと退職率の増加を止血するために,アクサスは,2016年11月にインターナルブランディングに取組みはじめる。そのキッカケは,2016年に同社の立て直しのために駒木俊祥氏が取締役として着任したことと,人事部長として外部から登用された砂長義和氏にあった。

1. 予算目標の見直しとトップ間の認識合わせ

親会社の取締役であった駒木氏は,積極的に親会社からの指示命令を調整した。これまでアクサスには,その経営リソースでは到底達成できない高い予算目標が設定されていたが,達成可能な数字まで再設定を行った。また現場への権限移譲も最大限に行い,従業員が裁量で動ける土俵を作っていった。また砂長氏は多くの社員との面談を通して,事業や組織人事における課題の抽出と把握に注力した。そこで感じたのは「会社に目指すものがなく,組織が迷走している」という社内の不安感だった。この問題認識を駒木氏と共有し,幹部を集めての理念・ビジョンを策定する合宿を行うに至った。砂長氏は「当時は,組織を覆う共通の膜のようなものもなく,ただ無機質に人が集っている状況で,『商売』というよりも,皆で『処理』をしているように感じたのを覚えております。会社を次の成長軌道に乗せるために『理念・ビジョン』を中心とした磁場の創出が必要だと強く感じていました」と語っている。さら両氏は丁寧に対話を続け,未来に向けたマインドをすり合わせていった。そこでは,「単なる事業運営ではなく,お客様ありきの商売・サービス」「利他・先客後利」「エンジニアファースト」,さらに「仲間を大切に,皆が誇れる会社を創る」という志が見えはじめていった。

2. 理念・ビジョンの策定と言語化の工夫

2016年11月には1泊2日の幹部合宿が実施された。そこでは,「我々は何のために事業をしているのか,何を成したいのか」という理念と,「経営理念を達成するための3~5年後のあり姿を示す言葉」というビジョンと,「どのような心構えや姿勢で日々の仕事に取り組むのか」という行動指針が議論された。

自分たちは「サービス業」であることを前提に,「お客様」を軸に「だれがサービスの価値を体現するのか」を定義した。自社の一番の大きな資産は,「自社のエンジニアである」という共通認識を確認し,今後のエンジニア不足が予想されたIT業界において,確たる競争力を持つために「日本でもっともエンジニアがわくわくする会社になる」というビジョンを策定した。またエンジニアがいきいきと活躍することで,取引先に「すごい!」と言っていただき社会貢献することが自社の付加価値であることを言語化した。ここでの「すごい!」は単なる「ありがとう」ではなく,取引先の期待を超える「感嘆」という意味で設定されている。そして,「すごい!」と言われるためには,単に「仕事を処理する」のではなく,そこに「心を込め」提供することが重要であり,エンジニアの行動指針としてモノからコトづくりが重要であるという共通認識を形成していった。

「すごい!」や「わくわく」といった言葉づかいは,あえてポップでわかりやすい表現であることを心がけた。さらに一度聞いたら忘れないこと,一度で意味が通じること,そして,何より「すごい!って,何?」や「わくわくってどういうこと?」といった,従業員が謎解きをするような言葉をあえて選択し,現場側の解釈の余地を残していった。

3. 現場とのギャップを埋めるためのトップキャラバン

理念・ビジョンを策定した翌月の2016年12月より,全社に対する理念・ビジョンの浸透のためのトップキャラバンが1年かけて実施された。そこでは,全従業員が経営理念・ビジョンの必要性を理解し,日々の行動の判断軸となることが目的とされた。

トップキャラバンでは,従業員に「幹部が勝手に決めた」と思われないように,聞く人と同じ目線で語り掛けることが重視された。伝える際には,現状の課題感とのセットにすることや,ウイットを交えながら解説するように工夫した。例えば,オープニングでは臨場感ある動画で,会社を嵐の中の船に例えて,今置かれている状況をわかりやすく伝えている。

理念・ビジョンを従業員の一人ひとりの判断軸として昇華するまでには,浸透策を継続して行っていく必要性があった。また,理念やビジョンといった「理想」と,すぐには変わらない・動かない「現場」とのギャップを埋めるために,継続して幹部合宿が繰り返された。そこでは,今後の事業と組織のあり姿の検討やモチベーションサーベイの結果を基に「社員が“すごい!を追求する”ための仕組みや環境を整える」ためのアクションプラン,中長期の事業計画を策定し,幹部メンバーの結束を高め「理想」の状態へ近づくための組織的な努力が継続的に行われた。それでも閉塞感が拭えない場合は,執行部が現場に何度も足を運び,従業員と対話を重ね続けた。そうして組織の温度感を測りながら,着実に社内浸透を進めていった。

4. スピード感のある施策の実施

アクサスは,一般的な社内浸透の諸施策も行っているが,特筆すべきは,一連の動きをかなりスピーディーに展開できた,ということである。

理念・ビジョンを策定した翌月の2016年12月は,朝礼で理念・ビジョンを全員で唱和することを開始し,いつでも思い出せるように本社・支店にポスターを掲示した。策定して2ヶ月後には,中途採用向けの理念・ビジョンに関するコンテンツを作成した。3ヶ月後には,「エンジニアがわくわくする」ために,人事部内にエンジニアサポートチームが創設された。そこでは月1回エンジニアと面談をし,そこでの内容を人事部に集約,組織的課題解決に繋がるよう仕組みを作った。

また現場では,アクサスのネックストラップを製作・配布し,派遣先において他社のエンジニアとの識別性を高めた。半年後には,名古屋支店に「普段,派遣先に常駐しているエンジニアがアクサスに帰れる場所」として「わくわくルーム」を創設し,エンジニア同士の交流が盛んとなりアクサスへの帰属意識を高めることを狙った。

10ヶ月後には,組織体制をも刷新する。これまでエンジニアと営業との間に,わだかまりや対立があったが,一つの事業部の中に営業グループとエンジニアグループを置き,営業事業部長のもとに,エンジニアの副事業部長が配置される体制に転換することで,双方が手を取り合い事業運営する形へと転換した。併せてエンジニアのマネジメントを強化するために,エンジニア職のマネジャー登用をはじめた。

5. 理念・ビジョンに基づく人事評価制度

2017年には人事評価制度が本格的に改訂された。それまでのアクサスの人事評価制度は曖昧な点が多く,営業は予算で管理され,エンジニアは目標設定の指示だけに留まっていた。報酬に関しても目標達成と昇給の関係に明確なルールがなかったため,現場の納得感は低かった。

そこで理念・ビジョンを体現するために,アクサスは10月に人事制度を刷新,人事テーマを「社内でわくわくが増える『すごい!』が育つ」と定め,人事制度のポリシーとして「安心して働ける」「まじめに頑張るエンジニアに報いる」「すごい!を評価する」「シンプル(わかりやすいという意味)」を掲げた。そして,これらのテーマとポリシーのもとで等級・評価・報酬を運用することで,エンジニア自身がスキルを磨き,顧客の課題に真剣に向き合い,最適なソリューションを提供することで,より高度な課題や技術に挑戦できる仕組みづくりを目指した。また理念・ビジョンの浸透をはかるための施策として,「すごい!評価シート」が導入された。これは提出任意の加点方式で,社内外から「すごい!」と言われる価値創造をした社員を評価するものである。「すごい!評価シート」は,様々に活用されている。高評価者のシートを社内でナレッジとして共有したり,そこから懇親の輪を広げたり,社内のAXAS AWARDと連携させたりしている。営業・管理スタッフに対しても「ミッションシート」という評価シートで,業績評価とともに,自事業部における理念ビジョン達成のための行動を期初に設定させ,その後の達成度を測っている。

6. 短期的成果

アクサスは2016年9月の時点での売上が54億円だったのに対して,2018年9月の期末には79億円まで伸長し,営業利益にあたる事業収支も6.5%から9.6%となり,2年間での売上高成長率は146%となった。このような実績がネオキャリア・グループ内で認められ,アクサスは2018年10月に最優秀事業部賞(MVP)を獲得する。この間,商材やビジネスモデルは一切変えておらず,全てはインターナルブランディングによる成果によるものであった。短期間でこのような明確な成果を実現し,従業員にアクサスが目指す理念・ビジョンの「正しさ」を理解させることとなった。

それでも,積年の課題であったビジネスモデルについては抜本的な見直しはできずにいた。

V. 行政処分とビジネスモデルの転換

アクサスは,グループ最優秀事業部賞(MVP)を受賞した翌月の2018年11月に大阪の労働局から行政処分を受けることになる。かねてから業務運営上のリスク要因として懸念されていたSES事業における準委任契約を結ぶエンジニアへの業務の指示命令のプロセスの問題によるものだった。執行部においては,11月の公示よりも前に処分の情報を把握しており,処分を受けた場合のダメージとして60%の売上減が危惧された。またビジネスモデルの変更や人員の再配置によって,多くの退職者がでることも懸念された。駒木氏(当時:社長)は,「リストラは一切しない」と社内メールで断言し,その変革の覚悟を従業員に示した。

ダメージが危惧されたが,実際には社内では,顧客対応や契約の切り替え,自社エンジニアへの説明などに追われながらも,未曾有の危機を皆で乗りきろうという機運が高まっていった。MVPを獲得した自信からか,「辞める」という発言も社内で表立って聞かれることはなかった。むしろ,自分たちが業務改善に取り組むことで,クリーンな運営形態になり,胸を張って事業をできるようになろうという意欲が生まれていたという。

1. ビジネスモデルの完全転換

アクサスは全社でSESを完全にやめ,高いコンプライアンス意識のもとでビジネスモデルを転換することを決定した。そのためには,派遣ビジネスの特質上,売上=(イコール)エンジニアの数であることから,業績を維持するためには,直接雇用のエンジニアの数を外部パートナー(BP)の減少分だけ増やさなければならない。この時期にアクサスは,それまでに取引のあったビジネスパートナー(BP)との取引を停止し,エンジニア社員(正社員・契約社員)の採用活動を積極化していった。

営業は,200社以上の取引先への説明と謝罪に追われた。その際,理念・ビジョンに基づく新しい将来像が伝えられた。またエンジニアの採用を強化するため,採用担当が増員され,採用プロセスも見直した。

競合他社はエンジニアの採用において,給料や福利厚生,教育制度などの制度的側面で優位性を訴求していた。一方のアクサスは,競争上の差別性といえば,理念・ビジョンという“ハート”だけであった。

2. エンジニアの社員化

アクサスは,エンジニアの社員化を推進していく。その背景には,理念・ビジョンを共有する人材が派遣できるという点に加えて,エンジニアにとっての働きがいの向上,さらに取引先に対する高い遵法性と品質保証という点において,強い競争力になることが考えられたからである。

社員の登用にあたっては,採用担当者は,理念・ビジョンに共感する応募者を具体的なターゲットセグメントとして定め,その人たちに響かせるメッセージを伝えるため,媒体選定や表現を工夫した。また,採用活動を「仲間探し」という言い方に置き換えた。単に面接ではなく,採用は価値観のすり合わせであり,面談であるという考えで対応した。また「分不相応採用」という自社とは不釣り合いな人材を積極的に採用することで,未来に向かって変わっていくという期待感を社内に醸成していった。

3. 未経験者のエンジニア採用

日本では2030年に40~80万人のIT人材が不足すると言われており7),業界の関係各社は,エンジニアの採用・確保に躍起になっている。そこでアクサスでは経験者に加えて未経験者をエンジニアとして採用する試みをはじめた。当初は,社内の抵抗感や取引先への影響などの心配がなされたため,名古屋地域をフィジビリティスタディの場として開始した。未経験者を派遣する際の工夫として,経験者と組み合わせて派遣することや,保守・管理といった下流工程からはじめることで,徐々に未経験エンジニアの働く場所を拡大させた。その後,大阪,東京へと拡大し,最終的には全国へと展開していった。未経験エンジニアの多くは女性であり,女性の柔軟な働き方のニーズとも合致し,採用が広がっていった。

当初はアクサスの社内でも,現場では未経験者の採用に懐疑的であった。しかし,将来のエンジニア不足に備えた早期人材の育成というメリットと,アクサスとして一定のエンジニア数を確保している規模感を持つことが,企業としての信用につながることが認識され,全社的に積極的に行われるようになっていった。

VI. 取組みの成果

ここまでのアクサスのインターナルブランディングの達成度合いを確認しておきたい。2016年10月の取組みの開始から約5年が経過した2022年5月時点での,1.社内の理念・ビジョンの浸透度,2.理念・ビジョンの実践度,3.取引先からの評価,4.社会からの評価を,限られた項目の範囲ではあるが,振り返っておく。

1. 社内浸透度

以下は,2022年5月に実施されたアクサスの社内調査の結果である8)。まずは従業員個人の認識レベルでの理念・ビジョンの浸透度であるが,「すごい!を追求する」という理念は,認知率が93.4%,理解度が87.1%,共感度が83.2%,好感度が84.6%となっている。ビジョンの「日本でもっともエンジニアがわくわくする会社になる」は認知率が93.4%,理解度が88.4%,共感度が79.9%,好感度が83.2%となっている。入社動機に関しては25.7%の人が理念・ビジョンを上げている。このようにアクサスの理念・ビジョンは,従業員の間に一定以上のレベルで浸透していることが見て取れる。

また,コンプライアンスに関しても73.4%が配慮していると答えており,行政処分以降,企業としての法令遵守の姿勢と改善が評価されている。

2. 理念・ビジョンの実践度

次に,従業員個人の理念の実践度は,60.8%であるが,ビジョンの実践度は,49.1%にとどまる。そして企業としての理念の実践度は44.5%,ビジョンの実践度は,46.1%である。このように,認識のレベルでは,アクサスの社内には,しっかりと理念・ビジョンが浸透しているものの,実践のレベルではさらなる改善の余地がある。

3. 取引先・業界へのインパクト

2018年にアクサスは,取引先である大手ベンダー企業2社から,それまでの実績やエンジニアの人数・スキルレベルを評価され,それぞれPrimary Partner認定,Partner Awardを受けた。2022年5月に行った取引先へのヒアリングからは,「アクサスは,行政処分をよく対応しきったと思う」「アクサスの対応をみて,自社のコンプライアンスを見直すキッカケになった」「行政処分がでた際にはどの様な影響があるか気になっていたが,アクサスの対応を見て自社の対応を見直す事が出来た」「エンジニアの要望を第一に動いているイメージがある」といった言葉が聞かれ,業界にも良いインパクトがあったことがうかがえる。

4. 女性エンジニアの社会的評価

同社が,女性のエンジニア比率や管理職比率が高いことは既に言及した。その顕著な成果として2021年12月には,同社は女性活躍を推進している企業に贈られる「第4回WOMAN’S VALUES AWARD」の企業部門において,最優秀賞を受賞している9)。自薦の文章は「私達は,女性は無論,個々人のわくわくを最大化し,他人の幸せを一番に考える利他的な集団となって,全ての方々が活躍する未来を目指しています。」と,同社のビジョンである「わくわく」「利他精神」との関連性を引用して語られている。

以上のように,社内外において,同社の理念・ビジョンドリブンの経営が認められはじめている。

VII. 帰結

アクサスは,従前からのインターナルブランディングによって変革されつつあった組織文化によって,2018年に直面した労働局からの行政処分の問題による経営へのダメージを小さく抑さえた。そしてアクサスは,社内の危機感から生まれた求心力をテコに,インターナルブランディングの取組みをさらに強めながら,積年の課題であったSES事業から労働者派遣事業へのビジネスモデルの転換を果たしていく。このプロセスのなかでは,未経験者のエンジニア採用などのエンジニア育成や女性活用のイノベーションも生まれている。

インターナルブランディングは,狭い意味でのブランド研究領域を超えて,組織や環境との関係の中でより発展的に捉えられるべきである。このアクサスの一連の取り組みも,Kotter(1995, 2012)の企業変革における8段階的プロセスと符号する。同社は,理念・ビジョンの構築し,幹部チームを組成することで推進体制を構築し,トップキャラバンやツールを使い浸透活動を行い,グループ最優秀事業部賞という短期的成果を社内で共有している。とりわけ,Kotterが強調する,企業変革で最も重要な「緊急課題であるという認識の徹底」においては,意図せざる不祥事そのものが,さらにインターナルブランディングを加速させた。最も大きな成功要因は,不祥事という外部からの圧力と,それに対して,既に取り組まれていたインターナルブランディングという仕掛けが組織の拠り所として機能したことで,ビジネスモデルの転換を実現するなどの見えざる競争力につながっていったと考えられる。

結論として,(1)組織文化を変革するためのツールとしてインターナルブランディングは有効であること,そしてアクサスでは(2)短期的成果によって組織の認識と理解を得るとともに(3)危機を逆手に,求心力を高め(4)現場に理念・ビジョンの解釈の余地や裁量など自由度を与えながら,自走させることで,売上至上主義の価値観を薄め,組織の関係性を重視する新しい組織文化の基盤を形成するとともに,(5)新しい組織文化との親和性の高いビジネスモデルへの転換を果たし,事業の新たな成長を生み出していることが確認される。

最後に,アクサスにおいてインターナルブランディングの活用が事業の成長基調を取り戻すことにつながっていった背景として,現在のエンジニアの派遣事業は売り手市場であり,エンジニアの採用数が売上の上限を決める状況にあることも指摘しておくべきだろう。このような状況のもとでは,採用に効果的なインターナルブランディングは,営業サイドからの支持を得やすい。また,エンジニアの派遣のようなサービス事業は,理念・ビジョンの共有によって人材の安定した提供を実現することが,派遣先からの評価につながりやすいことも,アクサスのインターナルブランディングが事業の成長につながっていった要因と考えられる。

謝辞

本稿は,2021年12月~2022年6月にかけて行いましたアクサス株式会社へのインタビュー調査にもとづき,同社からのご提供資料ならびに社内外調査,一般公開資料との整合性を確認しながら,執筆致しました。

ご協力いただきました,アクサス株式会社 代表取締役社長 駒木俊祥氏,取締役 砂長義和氏,執行役員 内藤久仁春氏,システムインテグレーション事業部 事業部長 二ノ宮銀氏,採用部 部長 池田亮氏,経営管理本部 安西真氏 に厚く御礼を申し上げます(肩書きは2022年6月時点)。

1)  Keller(1999)が,社内の目線からブランドマネジメントの重要性を指摘して以来,インターナルブランディングには様々な定義があるが,本稿では,これまでの定義を体系化したSaleem and Iglesias(2016)を踏襲し,ブランドイデオロギー(価値),ブランドリーダーシップ,ブランドに基づく人的資源管理,インターナルブランド・コミュニケーション,インターナルブランド・コミュニティに分類した範囲をインターナルブランディングの活動として言及している。

2)  Ministry of Health, Labour and Welfare(2022)「令和2年度 労働者派遣事業報告書の集計結果」に基づき,アクサス(株)試算

4)  期中退職者÷(期初人数+期中入社者)として,アクサス(株)試算

8)  【アクサス従業員に対する社内調査】日時:2022年4月28日~5月16日,実施方法:インターネット調査,対象者:アクサス正社員(悉皆調査),サンプル数:362ss(回収率45%),主要項目:理念・ビジョンの認知,理解,共感,実践,取引先推奨意向,実践の具体的エピソード(FA),変化の実感度

9)  一般社団法人日本ウーマンズバリュートレーニング協会主催

本庄 加代子(ほんじょう かよこ)

株式会社博報堂コンサルティングを経て現職。専門は,ブランド戦略,マーケティング戦略,プロジェクトマネジメント。主要著作に『ブランド戦略全書』(有斐閣・共著)など。

栗木 契(くりき けい)

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。岡山大学経済学部助教授などを経て,現職。新規事業創造,起業家マーケティングなどを研究。主要著作に『デジタル・ワークシフト』(産学社),『マーケティング・コンセプトを問い直す』(有斐閣)など。

References
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© 2022 The Author(s).

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