マーケティングジャーナル
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マーケティングケース
トヨタのKINTOが生み出す人とクルマの新しい関係
― 自動車のサブスクリプションは,車の利用をどのように変えるか ―
栗木 契佐々木 一郎吉田 満梨
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2023 年 43 巻 2 号 p. 111-119

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Abstract

2019年に設立された株式会社KINTO(以下,KINTO)は,トヨタ車およびレクサス車をサブスクリプションで提供するサービスを展開している。2022年12月には累積申込者数が55,000人に達し,その約4割を20~30代の若年層が占める。若者の車離れが指摘される国内の自動車市場において,KINTOは,人とクルマのどのような新しい関係を生み出しているのか。本稿では,トヨタ自動車がKINTOを設立した経緯,KINTOのサービスの特徴を確認した上で,それが若年層の自動車需要に対して,どのような便益を提供しているか。既存の代理店であるディーラーや,自動車保険を提供する企業,そしてトヨタ自動車などとも連携をしながら,どのように新たな価値を創出しているか,を議論する。

Translated Abstract

KINTO Corporation, established in 2019, offers Toyota and Lexus vehicles through a subscription service. The cumulative number of applicants reached 55,000 by December 2022, with young people in their 20 s and 30 s accounting for about 40% of all the applicants. Despite reports of young people in the domestic automobile market turning away from cars, KINTO has successfully created a new relationship between people and cars. In this paper, we review the background of KINTO’s establishment by Toyota Motor Corporation and the characteristics of its services. We also discuss how KINTO provides benefits for the needs of young people in their automobile usage and creates new value through collaborations with existing dealers, auto insurance providers, and Toyota Motor Corporation.

KINTOの料金は維持費がコミコミ&月々定額

出典:株式会社KINTO提供の資料

I  はじめに

1. 自動車のサブスクリプション,KINTO

サブスクリプションへの注目が高まっている。サブスクリプションとは,月額あるいは年額など,利用者に一定の利用料を継続的に課し,収益を獲得していく課金方法である。サブスクリプションには,モノと人の関係を所有から利用へと移行させるだけではなく,製品を販売して利益を計上する「売り切りモデル」とは異なる関係性を,顧客とのあいだに生み出す(Kawakami, 2019)。

たとえば,Adobe Systemsはサブスクリプションの導入によって業績を大きく改善したことで知られる。1982年創業のAdobeは,2000年代にはパッケージ・ソフトの販売で業績を伸ばした。しかし2011年にAdobeは,新たにサブスクリプションを導入し,2008年のリーマンショック後に伸び悩んでいた利用者のさらなる増加を実現していく。現在ではAdobeのソフトウェアの販売は,パッケージ・ソフトではなくサブスクリプションが主流となり,業績の拡大も続いている(Kawakami, 2017, pp. 131–150)。サブスクリプションは業績の頭打ちに直面していたAdobeにとっての救世主となる。

一方のトヨタ自動車は,2019年に株式会社KINTOを設立し,トヨタ車およびレクサス車をサブスクリプションで提供するサービスを日本国内で開始する。しかし最初の1年の契約数は,1日平均6件弱だった。その結果,KINTOの累計申込者数は,2019年12月の時点では1,200人ほどに留まる。だがそれも,2022年12月には55,000人にまで増加する(図表1参照)(Materials provided by KINTO; Chiba, 2021; Mynavi News, 2022)。

図表1

KINTOの累計申込者数の推移

出典:株式会社KINTO提供の資料をもとに筆者作成

2. KINTOの課題

このKINTOの実績は,国内他社の自動車のサブスクから頭一つ抜け脱しているようにも見える。しかし,そこから人とクルマの関係が変わり,新しい未来の事業展開がどこまで広がっていくかについては予断を許さない。

トヨタ自動車は,日本国内で年間130万台ほどの自動車を販売する企業体である(Toyota, 2023b)。これに比べるとKINTOの契約は,わずかにすぎず,Adobeのようにサブスクリプションが利用のメインとなるには,ほど遠い状況である。

そしてAdobeのようなソフトウェアと異なり,自動車のようなハードのサブスクリプションでは,契約期間の中途での解約に対しては,何らかのかたちでの追加料金を課さないと,提供する企業側のリスクが大きくなりすぎるという問題もある。そのためにソフトウェアのように全面的なクラウドでのサービス提供が可能な事業とは異なり,自動車のハードを含めたサブスクリプションでは,気楽に安価な月単位の契約を申込み,いつでも解約できるというメリットを,顧客に提供することは難しくなる。

自動車のサブスクリプションと一口にいっても,さまざまな展開がありえる。たとえば,米国でテスラなどが行っているように,運転支援などのソフトウェアに限定してサブスクリプションを提供するのであれば,安価に試ながら随時最新機能にアップデートし,いつでも解約可能というメリットを顧客に提供しやすい(Nikkeisangyou, 2021)。しかし,KINTOが提供してきたのは,このテスラのようなタイプのサブスクリプションではなく,車体というハードを含めてのサブスクリプションである。

3. 本稿の問題設定

国内の自動車産業がかかえる問題のひとつに,市場における若者の車離れの進行がある。国内の自動車の新規販売台数は,1995年の約687万台から,2021年には445万台へと縮小している(Japan Automotive Leasing Association)。とりわけ,自動車業界では,若年世代の自動車離れが指摘されており(Japan Automotive Manufacturing Association, 2021, p. 11),若年の顧客層の拡大は自動車業界にとって大きな経営課題のひとつである。

本稿では,若者離れが進む自動車市場において,KINTOが若年層を中心に販売を伸ばしていることに注目し,そこに人とクルマのどのような新しい関係が生まれているかを検討する。KINTOは,若年層の自動車需要に対して,どのような便益を提供しているか。既存の代理店チャネルとのあいだでどのような連携を実現しようとしているか。そして,その先には,どのような新しい市場の可能性が広がっていくか。

II  KINTOが提供してきたサービス

1. KINTOの設立の経緯

株式会社KINTOは2019年1月に,トヨタファイナンシャルサービスと住友三井オートサービスの出資によって設立された。当初のサービス提供は,東京に限定してのトライアルだった。しかし半年後の,7月には早くもエリアを全国に広げて,本格的なサブスクリプションの提供を開始する。現在のKINTOは,自動車のサブスクリプションをはじめ,モビリティ(移動)の楽しさテーマに,ユニークな体験プランなどを紹介し,提供する「モビリティマーケット」,既販のトヨタ車・レクサス車の内装・外装のリフォーム,ソフトウェアやハードウェアなどのアップグレードを手がける「KINTO FACTORY」など,モビリティ・サービスにかわわるビジネスを幅広く展開するようになっている(Materials provided by KINTO; KINTO, 2023a; Toyota, 2019)。

KINTOの設立のきっかけは,現在の同社の代表取締役社長である小寺信也氏が,2017年末に,トヨタ自動車の豊田章男社長(当時)から「全く新しい車の売り方を作り出せ」と指示されたことにある(Chiba, 2021)。現在の自動車産業は,百年に一度といわれる大変革期にあり,「CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)」といわれるマルチな変化が進んでいる(Toyota, 2023a)。ところがE.コマースの普及とともに,消費者の購買プロセスが大きく変化するなかにあって,自動車の販売は旧態依然とした状態が続いていた。「休日をつぶして店に行って何度も商談し,値引き交渉もする。こんな売り方が将来も続くわけがない」というのが,豊田氏の問題意識だった(Chiba, 2021)。

そこで当時はトヨタ自動車の常務役員であった小寺氏が,トヨタファンナンシャルサービスへと移籍する。そして,一年の準備期間を経て設立されたのがKINTOである(Materials provided by KINTO)。

2. オンラインで契約でき,ワンプライス

一般に新車は販売店でなければ購入できないが,そのために消費者は,店舗で説明を聞き,見積りを出してもらい,商談をするために,1回あたり3~4時間をかけて複数回販売店を訪問しなければならない。複数の販売店で相見積りを得ようとすれば,数日を費やすことになる。こうしたプロセスは,E.コマースに慣れた若い世代や,忙しい人たちには,日頃の購買習慣との齟齬を感じさせるものとなっていたのではないかと思われる。

これに対してKINTOは,販売店に加え,オンラインでも契約することができ,価格もワンプライスでわかりやすい。KINTOの利用者は,商品ラインナップのなかから好きな車種を選び,プランを選んで毎月定額の料金を支払うことで,新車を利用し,期間終了後はKINTOに返却することになる(KINTO, 2023b)。

KINTOが2019年7月に,全国での本格的なサービスを開始した時点では,利用可能だったのはトヨタ車6車種だった。しかし,その後,取り扱いを拡大し,現在はEVやレクサスを含むトヨタ車28車種(2023年1月時点)からの選択が可能である。また2020年5月からは,3年プランに加えて,月額料金が下がった5年・7年プランが導入され,さらに契約期間内に割安な手数料で新しいクルマに乗り換えできるサービス「のりかえGO」も開始した(KINTO, 2023c)。2022年7月からはKINTOは中古車も取り扱っている(Nikkeisangyou, 2022)。

こうしたサービスの充実に伴い,2019年12月には1,200人ほどにとどまっていたKINTOの累計申込者数は,2020年12月には12,000人ほど,2022年12月には55,000人ほどに増加している。この申込者のうち,20~30代の若い世代が約4割を占めるという(Materials provided by KINTO; Chiba, 2021)。

3. カーリースとKINTOの違い

KINTOは,自動車のサブスクリプションに先陣を切って参入した企業であるが,規約上はリース業の会社である。ただし,一般にカーリースでは途中解約が前提とされていないのに対し,KINTOではあらかじめ解約方法を明示し,所定の解約金を支払えばいつでも解約ができることが大きな違いである。好きなときに契約し,好きなときにやめられる(Nikkeisangyou, 2022)。2021年12月からは,既存の「初期費用フリープラン」に加えて,あらかじめ申込金を支払うことで中途解約にかかる解約金をゼロにする「解約金フリープラン」も導入している。こうした違いがあるのは,従前のカーリース市場の中心は法人顧客であったのに対し,KINTOでは個人,とりわけ初めて車を利用する人にとっての分かりにくさを払しょくして,購入者のストレスをなくすことに力点が置かれているためである(Kotera, interview, August 31, 2022)。

このように柔軟な利用が可能であることは,初めて車を購入する若い世代からだけでなく,自動車の買い替えに躊躇する高齢のドライバーからも支持されているという。何歳まで車を運転できるか不確かなので仕方なく古い車に乗り続けていた人たちが,最後はKINTOで最新の安全設備の自動車を利用し,利用期間が終了後,あるいは一定の解約金を支払えばいつでも,簡単に車を手放すことができるようになる。(Kotera, 2019; Kotera, interview, August 31, 2022)。

III  若年層にとってどんなメリットがあるか

KINTOでは,サブスクリプションという自動車の新しい利用形態の価値を引き出すべく,その組み立てに工夫を行っている。そこから生まれる便益は,世代を問わずに享受できるが,特に若い消費者や,はじめて自動車を利用する人たちのメリットが大きいと言える。実際に自動車市場全体では約2割の20~30代の契約者が,KINTOでは約4割になるという(Nikkeisangyou, 2022)。

1. 初期費用が少額となること

KINTOの第1の利点は,初期費用が少額で済むことである。自動車を保有し,移動手段として活用するには,自動車本体を購入するために大きな費用が必要なことに加えて,さまざまな費用が必要になってくる。自動車の利用には,駐車場代,ガソリン代,自賠責保険料,任意自動車保険料,自動車税,車検費用,メインテナンスや消耗品などの費用の支払いが必要になる。

KINTOの場合は,駐車場代,ガソリン代などを除く諸費用が,月々に支払う料金のなかに含まれている。所有ではなく利用を重視したサブスクリプションにすることで,購入時にまとまった頭金を用意することなく,初期費用が膨らみがちな自動車の利用を,手軽にはじめることができる(KINTO, 2023d, p. 3)。

さらに2023年発売の新型プリウスでは,原材料高などを背景にした各種の値上げが相次ぐなかで,KINTOは従来のプリウス比で約10%引き下げたサブスクリプションの月額料金プランを発表した。このKINTO専用車の仕様は,契約後に車のハードとソフトをアップグレードしていくことを前提したものとなっており,車体の将来の残存価値を高く設定することができる(Nihonkeizaishinbun Denshiban, 2022)。

2. 料金体系が分かりやすいこと

第2の利点は,料金体系が分かりやすいことである。KINTOでは,自動車を3年間,5年間,7年間など,期間を定めて契約し,借り入れることになる。消費者サイドからすると,この期間の途中で解約したくなった場合に,そもそも解約できるのか,解約した場合には,どのくらいの解約金が生じるかが分かりにくいと不確実性や知覚リスクが大きくなり,サブスクリプションの価値は低減する。KINTOの場合,まず,解約ができること,さらに,解約金の条件をガラス張りにして消費者に提示し(KINTO, 2023d, p. 14),解約にともなうサブスクリプションの商品としての不確実性や知覚リスクを軽減している。

3. 自動車利用の開始時点で,トータルの費用負担が明確になっていること

第3の利点は,数年間の自動車利用の費用の総額が,あらかじめ明確になっていることである。先述したように,自動車を保有し,活用するには,車体の購入費用だけではなく,さまざまな費用を負担しなければならない。KINTOの場合は,こうした諸費用のうち,駐車場代,ガソリン代などを除く,保険料,税金,車検費用,故障のときの費用などが月々の定額料金のなかに含まれており,この月々の料金は契約期間のあいだは一定である。そのために,自動車の利用をはじめる時点で,トータルの費用負担についての見通しが立てやすい(図表2参照)。

図表2

KINTOが提供する基本サービスのパッケージング

出典:株式会社KINTO提供の資料

特に自動車を所有し,使用した経験がないような場合には,この費用の見通しを立てることが難しくなり,若年層が自動車の購入をためらう一因となっていたと考えられる。この問題についても,KINTOを利用すれば,将来の見通しが立てやすくなり,自動車の利用に踏み切りやすくなる。

4. 任意自動車保険料の敷居を低くしていること

第4の利点は,さらに若年層にとって利点になるものである。KINTOを使うと,団体契約により,任意自動車保険料に実質でみて若年層が割安で加入できる。

任意自動車保険は,加入するかどうかは自由であり,主に民間の自動車保険会社や共済によって提供されている。同じ保障内容でも,従前に加入した年数が短い場合,保険料は高く設定される仕組みになっている。そのために,若年層が新規で任意自動車保険に加入する場合,無事故で長期間の加入者と比べると,同一の保障の自動車保険でも,自動車保険料負担は割高に設定される。任意自動車保険は,強制加入の自賠責保険とは異なり,加入は自由ではあるが,自動車事故の生じた場合の保障金額や保障内容が自賠責保険よりも大きいため,自動車の使用に際しては,任意自動車保険の必要性は大きい(The General Insurance Association of Japan, 2022, pp. 14–15)。

KINTOの自動車サブスクリプションでは,契約期間や車種などが同じ場合,料金体系は年齢にかかわらず同一である。そのサービスには,自動車本体を使用できるだけではなく,自動車事故が生じた場合の民間任意自動車保険のサービスが含まれており,年齢にかかわらず,同一の保障内容,実質的に同じ保険料率体系である(KINTO, 2023e)。若年層にとっては,実質的に割安で民間任意自動車保険に加入でき,そのことがKINTOの自動車サブスクリプションのメリットを実感しやすくしている。

IV  KINTOを支える仕組み

1. 流通チャネルにおけるKINTOとディーラーの連携

一見するだけだと,KINTOは,トヨタ車を取り扱う既存のディーラーと,顧客を取り合う関係となるように思われる。しかし実際には,KINTOと既存のディーラーは,競合することなく,協力し合って事業を拡大していくようになっている。KINTOでは,ディーラーとの連携体制を構築しながら自動車のサブスクリプションを実現していく仕組みが用意されている(図表3参照)。

図表3

KINTOとディーラーの連携

出典:株式会社KINTO提供の資料

KINTOが顧客に提供する車は,ディーラーから購入したものが使われる。そのために,ディーラーにとってはKINTOが一次顧客であり,KINTOから二次顧客であるユーザーに対して車が提供されることになる。

具体的には,たとえばユーザーが,KINTOのウェブサイトで契約する場合には,ディーラーの店舗のリストが表示され,地理的な利便性などにもとづいて,ユーザーは自身の担当店舗を選択することができる。KINTOはその担当店舗から車を買い取り,ユーザーへの納車や契約後のメインテナンスはその店舗が行うことになる。つまり,営業と顧客管理はKINTOが行い,物理的なサービス提供は販売店が行う,という役割分担がなされているのである(Kotera, interview, August 31, 2022)。

自動車をオンラインで販売すること自体は,既存のEC事業者を含む各種の企業でも実施可能だが,こうしたトヨタ自動車の販売店ネットワークをインフラとして活用して納車やメインテナンスを提供できることが,KINTOにひとつの優位性をもたらしている。

当初はディーラーも,KINTOが店舗と顧客との間に入ることに対して,ある種の脅威を感じており,KINTOでのサブスクリプションが可能になっても,積極的な協力を得られなかったという。しかし,変化は着実に生じている。店舗を訪れた顧客に積極的にKINTOを推奨してくれるディーラーの数も,2019年7月の2社から,2023年6月には約80社へと着実に増加しており,契約数を押し上げる一因となっているようである(Materials provided by KINTO)。

2. パートナーシップによる一貫したモビリティ・サービス提供

KINTOがめざしているのは,単に既存の車の契約をオンライン化し,サプスクリプションとして利用可能にするという代替的な自動車の提供方法ではなく,車を利用する人々に対する新しいモビリティ・サービスを提供することである。その実現のためにKINTOは,自動車保険を提供する企業,そしてトヨタ自動車などとも連携をしながら,新たな価値を創出することをめざしている。

たとえば,修理費を低減するための取り組みはそのひとつである。過去10~20年ほどの間に自動車の修理費は上昇傾向にあるが,その一つの要因は,自動車の傷やへこみができた場合,ユーザーの負担なく保険処理で修理ができるため,販売店や自動車修理工場などにとっての利益の大きい高額な修理方法が採用されやすいためである。そしてその結果として,全体としての自動車の保険料は上昇し,自動車の利用の負担が増すとともに,若い世代の自動車離れを後押ししてしまう。こうした課題を踏まえ,KINTOではトヨタ自動車と共同で,傷やへこみをより安価に修理できる方法,さらには安価に修理が可能な車の開発などに取り組み,修理費用を低減するととともに,結果として保険料の引き下げを実現することなどをめざした取り組みを進めている(Kotera, interview, August 31, 2022)。

V  まとめ

自動車業界は現在,大変革期にある。そのなかにあってトヨタ自動車には,国内をはじめとする自社の自動車の販売の旧態依然とした方法への疑問があった。こうした問題意識を背景に,2019年にKINTOが設立される。この自動車の新しいサブスクリプションが誕生したことによって,消費者は,トヨタ車をオンラインで契約し,毎月定額を支払いながら利用することが可能になる。

さらに加えて,KINTOの料金には,自動車保険料,自動車税,車検費用などの自動車の利用に必要となる諸費用があらかじめ,自動車本体の費用とパッケージング化されており,解約金も明示化されている,そのためにKINTOの利用者は,契約期間中に必要となる費用が見通しやすい。そこには,観光旅行でパッケージング・ツアーを利用する際の予算管理面での利便性に通ずるものがある。事前の明瞭会計で,支払総額を心配することなく,自動車を利用することが可能になるのである。

日本国内の自動車市場は,若者の車離れという課題をかかえている。そのなかにあってKINTOは自動車の購入プロセスを簡易化し,特に初めて自動車を購入する人にとってのストレスを軽減する。KINTOを使えば,消費者は,自動車の利用に必要な費用の多くを事前にはっきりさせることができる。関与度の低い消費者が,情報収集に時間をかけなくても,納得のいく選択ができる。

一方でKINTOは,トヨタ自動車のバリューチェーンを拡張している。従前からのトヨタ自動車の事業では,完成車をディーラーに販売する時点で売上げが立つ。しかしKINTOの登場によって,トヨタ自動車は,その先の自動車利用のプロセスからもサブスクリプションによって対価を得るようになっている。このことは,ディーラーへの自動車の販売後も,KINTOを通じてトヨタ自動車が自動車ユーザーとの関係を持ち続けることを意味する。

もちろん,このユーザーに自動車を手渡した後の保険やメインテナンスなどの各種のサービスは,トヨタ自動車単独ではなく,ディーラーとの連携のなかで実現していくことになる。しかし,以前には関わっていなかったプロセスにKINTOを通じて関わることで,トヨタ自動車は,アフターマーケットにおいて新たな原価低減の領域を手にし,若年層をはじめとするユーザーへの還元の原資とすることができるようになっている。

謝辞

本稿の作成にあたっては,株式会社KINTO,ならびに同社の小寺信也氏から各種のデータや情報の提供をいただいた。記して感謝したい。

栗木 契(くりき けい)

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。岡山大学経済学部助教授などを経て,現職。主要著作に『デジタル・ワークシフト』(産学社,共編著),『明日は,ビジョンで拓かれる』(碩学舎,共著),『マーケティング・コンセプトを問い直す』(有斐閣)など。

佐々木 一郎(ささき いちろう)

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。同志社大学商学部准教授などを経て,現職。主要著作に『幸福感と年金制度』(中央経済社)など。

吉田 満梨(よしだ まり)

神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。首都大学東京(現・東京都立大学)都市教養学部助教,立命館大学経営学部准教授を経て,現職。主要著作に『マーケティング・リフレーミング』(有斐閣,共編著),『デジタル・ワークシフト』(産学社,共著)など。

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