2025 年 45 巻 2 号 p. 172-174
「全国約1800の自治体の半数が消滅する可能性」。2013年の日本創生会議による発表は全国に衝撃を与えた。それに呼応するかのように,同年9月には内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され,各省庁の施策を統合し「地方(地域)創生」を推進する体制が整えられた。その中にあって「ひと」や「しごと」の好循環を生み出す重要な手段としてみなされたのが「観光」である。ただし,それはこれまでの観光の在り方とは一線を画すものでなければならなかった。嗜好の多様化,情報化社会の到来による旅行者の成熟化により,往時のパッケージ型ツアーの構図は崩れた。地域の主体はその状況変化への対応が急がれた。また,地域創生にあたっては「地域がそれぞれの特徴を活かして自律的で持続的な社会を創生すること」が目指された。そのためには,ひとの活発な交流が欠かせない。ところが,従来型の観光では旅行者と地域との関係は一過性の消費に留まっていた。関係性が育まれたとしても宿泊施設に限り,必ずしも「まち」に染み渡ってはいなかった。この関係性を地域内に広げ,経済や社会の活性化に結びつけることが,現代の観光に求められているのである。
このような社会環境の変化にあって,産業界,学術界から執筆者が参加した本書は,地域創生時代の観光の多様な様相,諸課題,研究成果を提示したうえで,観光や地域創生のあり方にイノベーションをもたらすことを目指している。本書では観光の諸相を読み解くにあたり,「関係人口」が基底に据えられている。
「関係人口」とは,移住した「定住人口」でもなく,観光に来た「交流人口」でもない,地域と多様に関わる人々を指す(Ministry of Internal Affairs and Communications, n.d.)。人口縮減社会にあって,各地は地域づくりの担い手不足が顕著である。かたや,都市住民には,移住以外の方法で農山漁村地域との関わりを希望する層も一定数存在する。コロナ禍を経て,働き方も含めたライフスタイルの変容によって関係人口のあり方も多様化し,都市住民と地域との関わりが深まる可能性は高まっている。
関係人口は現代のマーケティングにおいて重要な概念である「価値共創」とも親和性が高い。実際に本書の随所で価値共創の概念が援用されながら,地域創生と観光について分析がなされている。本書を読み解くことにより,価値共創を専攻する研究者,価値共創に関心を持つ幅広い業種の実務家にとっても,ヒントが得られることであろう。
まえがきによれば,本書執筆の経緯は西日本旅客鉄道が協力した「鹿児島カレッジ」が根底にあるという。同プロジェクトは関西・中国エリアの大学生が鹿児島県の観光振興に向けて,地元と連携を深めながら魅力の発掘と発信を行ったものであり,大きな成果をもたらしているという。本書の執筆陣は同プロジェクトに参加したメンバーで構成されている。執筆陣は同プロジェクトでの現場体験をもとに,関係人口や価値共創の重要性を認識した上で,各事例の分析,報告にあたっている。関係人口づくりの生きた経験を基にしているのも,本書の特徴であろう。
このような目的と視圏のもと,本書では地域創生と観光にまつわる様々なテーマが二部構成で取り扱われている。序論は地域創生と関係人口にかかる基本概念が整理されるとともに,コロナ禍がそれらにもたらした影響が概説されている。続く第1章では「地域創生におけるコミュニティの構築とブランド」と題し,地域ブランドやブランド・コミュニティといった地域創生にかかる諸概念が整理される。これらの章は本書の導入部であり,各章を読み解く上での足掛かりとなる。以降5章までが第I部として「地域創生の課題」,6章以降は第II部「観光・旅行の課題」と区分けされている。
第2章は「アートと地域創生」が取り扱われる。アート・ディレクターである北川フラム氏が手掛ける4つの芸術祭の比較がなされた上で,それらを支えるコミュニティの意義が確認される。第3章は「鉄道事業者による地域共生の地域づくり」として,JR西日本が山陰地方で手掛けた実践が報告される。地域のステークホルダーとの共生のあり方,組織的なCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の展開が示される。第4章は「ステークホルダーとの共創による伝統産業のコト・マーケテイング」として京都市とそこに根差す伝統産業の事例が紹介される。伝統産業の振興には,モノだけでなくそれをもたらす技術,技法,生産工程やものづくりの文化,その担い手であるひとを含めて伝えゆくことが謳われる。第5章では「アニメの聖地巡礼」として,「花咲くいろは」の舞台,金沢市湯涌温泉のケースが分析される。アニメ中の祭りを実際に同地で開催する際,アニメの制作委員会と地域のステークホルダーの共創のあり方,“巡礼者”への配慮が理論的裏付けをもって語られる。
6章は「リピーターを創生するための創造的観光」が語られる。「カレッジ」プロジェクトに参加した学生たちが,地域の人々と交流し,関係性を育みながら商品開発を行い,リピーターへと変容していく過程が描かれる。7章では観光戦略と足並みをそろえた「観光映像のあり方」が示される。昨今のデジタル・マーケテイング手法の発展に伴い,観光エコシステムの意義,観光映像の共感醸成のあり方が先進地を例に考察される。8章は「着地型観光を推進するチームづくり」が取り上げられる。体験型・交流型旅行へのニーズが高まるなかで,地域においてその機運の醸成,資源の発掘をチームによってなすための要諦が示される。9章ではリーダーシップ研究を基に事例分析がなされ,「観光まちづくりにおけるリーダーの役割」が整理されるとともに,地域住民・組織との関わりのモデルが提示される。10章は「官民連携によるコンテンツを活かした地域創生」として,奈良県葛城地域での映画制作を事例に,成功のための要諦が描かれる。
章によって執筆のスタイルが異なることや,紙幅の都合から統合的な分析がなされていないことに不満は感じるものの,地域創生としての観光の諸相を描いたことに本書の意義がある。地域創生の実務や研究に携わる主体によってそれぞれの問題意識に基づき,関心領域にしたがって横串を入れながら多様な読み方がなされよう。
関係人口の幅広い射程にあわせるように,本書で取り扱われる事象は多岐に渡る。但し各章に通底しているのは「地域創生時代において,観光共創の土壌をいかに育むのか?」という問いである。幾つかの章の知見を抽出しながら,本書の貢献の一端として取り上げておきたい。
地域には様々なステークホルダーがおり,規模や志向性,嗜好は一様ではない。そのため,地域創生の取り組みにおいてまとまりを作るのは容易ではなく,コンフリクトが常に起こり得る。例えば,地域創生にあたって,地域の人々は愛着のある景観の保護と次代への継承を望むとする。企業はその景観を活用して収益を獲得したい。これによって散見されるのは景観汚染の問題であり,共有地の悲劇(Hardin, 1968)に他ならない。
第三章で取り上げられるJR西日本のケースは,持続可能なCSVの先端事例として白眉である。地域との共生のために同社が企画本部に設置した「地域共生部」は,会社としての存在意義(パーパス)の確認という縦軸とグループ横断の推進という横軸,さらには地域社会や乗降客というステークホルダーとの連携深化という斜めの軸を意識した組織である。これら三位一体をなすことで,CSVを絵空事とせず目的の達成をなしていることが窺える。また,JR西日本では地域ごとに置かれた状況,魅力となりうる資産は異なることから,組織のあり方は各支社に任されているという。企業の論理で「マネジメント」に寄り過ぎると地域との共創はおぼつかなくなるため,パーパスに基づいた「ディレクション」のもと,柔軟な座組みが求められることが分かる。この座組みのあり方やリーダーの役割,ステークホルダーとの関係については,第8章と9章にて他事例の分析から導出されたモデルから紐解くことが出来る。体験型・交流型の要素を取り入れた着地型観光にあたっては,地域社会の様々なステークホルダーが当該地域の魅力の創り手であり,如何に主体化へと導くかが成功の要諦となる。両章や本書の端々から,そういった座組みは最初から整っているものではなく,観光商品開発のプロセスで,リーダーによるファシリテーションや外部者の目線を地域社会に入れることによって徐々に形成され,巻き込みがなされていることを窺い知ることが出来る。
本稿を締めるにあたり,執筆陣,出版社へ次なる著作への期待を述べたい。
日本マーケティング学会には,地域活性化やプレイス・ブランディングに関する研究会が複数あり,そこには産官学から多様な参加者が集っている。これらで幾度となく議論に上がるのは,学生と地域の共創のあり方である。都市部,地方に限らず大学の社会貢献が標榜される中で,地域創生が多くの大学にてテーマとして掲げられるようになった。大学が地域創生,地域ブランディングに組織的に関わる機会はより増えていく。多くは手探りで進められる中で,社会成果や教育効果に結び付く運営,学生の卒業を前提とした関係性の継承と事業の発展等のあり方は,実務的に極めて必要とされている。理論面においても,外部者としての学生が地域にもたらす効用と限界は,より深めるべきテーマである。
「鹿児島カレッジ」の取り組みや重要なキーワードは,本書の序章や6章で示されているものの,共創における関係構築と維持,関係性の継承,コンフリクトの解決など,持続可能な地域との共創のあり方について踏み込んだ報告と分析が欲しい。また,実践の手引きとなる内容も求められよう。本プロジェクト関係者それぞれの立場から分析された書籍が刊行されることを期待したい。