マーケティングジャーナル
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書評
吉村純一編著(2024).『消費文化理論から見るブランドと社会』中央経済社
松井 剛
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2025 年 45 巻 4 号 p. 353-355

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本書は,現代社会における消費とブランドの関係性について,消費文化理論(Consumer Culture Theory,以下CCT)の理論枠組みを用いて多角的に分析した日本初の書籍である。以下では,まず本書の概要を説明する。その上で,評者が考える本書の魅力と今後の可能性について論じる。

I. 本書の概要

1. プロローグ:消費文化理論がめざすもの

CCTは,消費が持つ文化的・社会的意味に注目し,消費者がどのようにアイデンティティを形成し,社会と関わりながら生活しているかを解明する学問的枠組みである。本書は,現代社会における消費の多様化・断片化,さらには格差社会の進行といった背景を踏まえて,消費とマーケティングがどのように相互に影響し合っているのかを考察している。CCTは,従来の経済学的・心理学的アプローチとは異なり,消費を社会的・文化的な文脈の中で捉える。つまり,消費の経験や意味は,その時代や社会の歴史的・社会的な固有性から生まれるものであり,消費行為は単なる購買行動ではなく,アイデンティティや帰属意識,社会的関係性の表現でもある。

2. 第1部:消費文化と消費者アイデンティティ

(1) 第1章 コミュニケーション資本主義と消費パターン

現代社会は,情報やコミュニケーションが資本主義の中心に位置づけられ,個人がSNSやデジタルメディアを通じて積極的に情報発信・受信を行う「コミュニケーション資本主義」と呼ばれる時代に突入している。このような社会では,消費パターンも大きく変化し,従来の「物を買う」という行為から,「情報や体験を共有する」「ブランドやコミュニティに参加する」といった多様な消費スタイルが生まれている。また,欲望から「欲動」への移行も見られる。欲望は明確な対象に向かうものである一方で,欲動とはもっと漠然とした衝動であり,SNSやインフルエンサーによる情報発信が,消費者に新たな「欲動」を喚起している。

(2) 第2章 クリエイティブ・クラスと都市の市場文化

情報化社会の進展に伴い,都市には「クリエイティブ・クラス」と呼ばれる知識労働者が集積している。彼らがどのように都市の市場文化を形成し,多様性や寛容性を生み出しているのかを分析している。また,ITスタートアップ・コミュニティのような新しい市場文化の形成も,都市の競争力を高める重要な要素となっている。これらのコミュニティは,ビジネスとプライベートの境界を曖昧にし,多様なライフスタイルが共存する場となっている。

(3) 第3章 ノマド消費とブランド:MacBookとStarbucks

特定の場所に縛られずに働き,生活する「ノマド」というライフスタイルは,現代の消費文化を象徴するキーワードである。本章では,MacBookやStarbucksといったブランドが,ノマドのアイデンティティ形成にどのように寄与しているかを分析している。MacBookは,ノマドにとって「働くための道具」であると同時に,自身のアイデンティティやステイタスを表現するシンボルとなっている。一方,Starbucksは都市の「サードプレイス」として,ノマドやクリエイティブ・クラスにとって重要な役割を果たしている。

3. 第2部:カルチュラル・ブランディングのケーススタディ

(1) 第4章 カルチュラル・ブランディングという新視角:ユニクロの事例

カルチュラル・ブランディングとは,ブランドが単なる企業の資産ではなく,文化的な意味や価値を社会に提供する存在として捉える新しいブランド論である。本書では,ユニクロを事例に,ブランド・イメージの変化とカルチュラル・ブランディングの意義が分析されている。ユニクロは,当初は「安くて機能的な服」というイメージだったが,近年は「シンプルで質の高いライフスタイル」を提案するブランドへと進化している。これは,ユニクロが,消費者のライフスタイルに寄り添う文化的存在となったことを示している。

(2) 第5章 広告クリエイティブと炎上:資生堂INTEGRATE

広告におけるジェンダー表現は,従来の男性優位の構造を再生産する傾向があったが,現代では多様な価値観やジェンダー意識の高まりにより,広告表現も大きな変化を求められている。本章では,資生堂INTEGRATEの広告がどのように炎上するに至ったのか,またその背景にある社会の変化や消費者の意識の変化が分析されている。ブランドが社会の潮流や価値観の変化に敏感に対応しなければならない,と示唆を与えている。

(3) 第6章 消費文化としての「処分」:メルカリ

フリマアプリ「メルカリ」の登場は,消費文化における「処分」のあり方を大きく変えた。従来は「捨てる」ことが主流だったモノの処分が,メルカリを通じて「売る」「譲る」といった新たな価値創造の手段として再定義されている。本章では,メルカリの戦略と「断捨離」や「ミニマリスト」といったライフスタイルとの関係が分析されている。メルカリは,モノが飽和した時代の新たな消費スタイルを生み出している。

4. 第3部:消費文化視点によるマーケティング研究の新展開

(1) 第7章 CCTと多国籍企業の市場戦略

CCTは,多国籍企業の市場戦略を理解する上でも重要なフレームワークとなる。多国籍企業は,異なる文化や価値観を持つ市場で事業を展開するため,現地の消費文化を理解し,自社ブランドの文化的意味を適切に構築する必要がある。本章では,多国籍企業がどのように文化的意味を構築し,現地市場に適応しているのか,また文化的意味をめぐる闘争や,グローバルな文脈における消費文化の多様性について論じられている。

(2) 第8章 インターネット時代の消費文化と消費者情報システム

インターネットの普及により,消費者は,自ら情報を収集・発信し購買決定を行うようになった。また,ソーシャルメディアやインフルエンサーの影響により,消費者行動はより複雑かつ多様化している。本章では,インターネット時代の消費者情報システムの自立化や,消費環境の「液状化」,商業監視の進展など,現代の消費文化を特徴づけるトレンドが分析されている。また,公共的な消費者情報システムの可能性についても議論が展開されている。

II. 本書の魅力と今後の展開

1. 本書の魅力

本書の魅力は以下の3点にまとめられる。

第1に,本書が実質的に本邦初のCCTをテーマとした書籍であるということである。唯一の例外は,第2部で取り上げられたカルチュラル・ブランディングの提唱者であるダグラス・ホルトによる『ブランドが神話になる日』ぐらいである(Holt, 2004/2005)。この翻訳書が絶版となっている中,本書は,消費が持つ文化的・社会的意味を解明するためにCCTが有効な理論枠組みであることを,ユニクロやメルカリなど日本の読者にも馴染み深い事例に基づいて解説している。

第2に,本書が多様な今日的な消費文化現象を分析対象としていることである。消費者のアイデンティティ形成,クリエイティブ・クラス,ノマド,ミニマリスト,ジェンダーなどに着目することで,消費とマーケティングの新しい関係性を浮き彫りにしている。日常に溶け込んでおり見過ごしがちな消費を巡る意味を自覚的にあぶり出す本書は,自らの消費について俯瞰して振り返ることを読者に促すであろう。

第3に,本書ではインタビューなど定性データに基づいた分析が行われており,定量データでは表現しきれない消費を巡る意味の導出を試みている,という方法論的な魅力である。例えば第3章では,ソーシャルメディアFOURSQUAREに投稿された8万枚弱の写真を分析するのみならず,ノマドワーカーに対するインタビューデータを解釈的に分析するとともにテキストマイニングによる頻度分析が行われている。人の手による分析のみならず情報技術を用いた解釈的分析はデータから豊かな意味を見出すことに成功している。

2. CCTの豊かな可能性

一方で,今後のCCTの可能性を追求する上で克服すべき課題が2つあるだろう。

第1に,CCTの研究群に対して,本書がどのような貢献を果たしているのか,ということを必ずしも明確にアピールできていないことである。現在のCCTの到達点がどこまでであり,残された課題が何なのかというリサーチギャップの特定をするために,本書の前半で文献レビューの章があるのが望ましいと評者は考える(あるいは実務家の読者層を想定するならば,付録として掲載することも考えられる)。

第2に,CCTが採用する方法論についての検討が必ずしも十分ではないことである。なぜインタビューを行うのかなど,調査方法の選択についての正当化がなされていないため,特に実証研究者にとっては,サーベイや実験などに比べてどのような強みがあるのか,ということが分からないだろう。文献レビューと同様に,方法論についての章(あるいは付録)があれば,同様の研究に取り組みたい研究者・実務家にとって参考になるはずである。

しかし以上の課題は,日本におけるCCTの豊かな可能性と今後の方向性を示していると言える。来年にはConsumer Culture Theory Conferenceが日本で初めて京都にて開催される予定である。こうした動きと相まって,本書は,CCTという新たなパースペクティブを日本のマーケティング研究者・実務家の間に定着させる上で大きな役割を果たすだろう。

References
  • Holt, D. B. (2005). How brands become icons: The principles of cultural branding. (Y. Saito, Trans.). Random House Kodansha. (In Japanese) (Original work published 2004)
 
© 2025 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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