マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
価値共創におけるサービス提供者の資源統合とサービススクリプトの活用
阿曽 真紀子
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2021 年 2 巻 1 号 p. 47-52

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Abstract

本研究では,サービスエンカウンターでの価値創造の資源統合について再検討し,価値共創における社会的な文脈の重要性を議論する。サービス提供者がサービススクリプトを活用することでさまざまな資源を統合させ,またそれを記録することによって顧客のサービス再利用の際に価値共創の品質をより高めることを可能にしていることを指摘する。事例として,多くの再利用者を扱う美容師と顧客のやり取りを調査し,美容師である店長が顧客と相互作用するプロセスをどのように記憶し,サービススクリプトに何を記録しているのか,また,記録したサービススクリプトをどう再利用しているのかを観察とインタビューを通じて探索した。

Translated Abstract

In this study, resource integration of value creation in a service encounter is reexamined and the importance of social context in value co-creation is discussed. The results show that service providers use service scripts to integrate and record various resources, enabling them to enhance the quality of value co-creation when customers reuse services. Findings from observations and interviews showed how a store manager, who is a hairdresser, memorizes the customer interaction process, what is recorded in the service script, and how the recorded service script is reused.

I. はじめに

わたしたちは,サービスを利用する際,サービス利用者情報などの用紙に記入を求められることがある。それは,職種によって呼称が異なり,「カウンセリングシート」や「レジストレーションフォーム」あるいは「問診票」という様式で,個人の属性だけではなく現状や経験,要望などの記入欄が設けられている1)。それは,いわゆる後述するサービススクリプトの原型である。その用紙に記入済みの項目に従い,サービス提供側はさらに,詳細に聞きとりを行う場合が多い。その質問の多くは,現状や経験といった習慣に関すること,いわゆる日常生活での行動に関連していることに気づかされる。例えば,熱や咳の症状がある場合には,病院で診てもらうであろう。病院では,来院者に問診票への記入を求め,サービス提供側である医者は問診票を見ながら症状に関することはもちろんのこと,既往歴や職業上で車の運転をするかまで質問することがある。これらの問いの前者では,医者の知見からさまざまな病気の可能性を疑っていること,また,後者では,薬を処方する際に日中の眠気に配慮されたものと考えられる。すなわち,医者は医療サービスの知見に加え社会生活での知識を用いて,患者事情によるサービス消費を考慮し,そのサービスプロセスをカスタマイズするのである。こうしたことから理解されるのは,サービス提供者もサービス利用者も社会活動のなかに組み込まれているということであり,その実践のなかで得た知識を用いて相互作用し,サービス評価を行っているということである。

以上のことから本研究では,多くの再利用者を扱う美容師のサービススクリプトの開発プロセスを調査し,美容師が顧客との相互作用の何を記憶し,また,それらをサービススクリプトに記録し,そして記録したサービススクリプトをどのように再利用するかを,観察とインタビューを通じて探索した。その上で,サービスエンカウンターでの価値創造の資源統合について再検討する。

II. 理論的背景

1. 価値共創

マーケティングの研究は,企業(組織)が商品(goods)の価値を決め,顧客はその対価を支払うことで商品を獲得する「交換価値」を主流とするグッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック)を中心としていたが,商品やサービスの価値はそれ自体に存在するのではなく,顧客がその商品やサービスによってサポートされた経験から得られる利点や利益をどのように主観的に認識し,解釈するか(Jaakkola & Alexander, 2014)といった特定の文脈のなかでインタラクティブな主体(企業,顧客,従業員など)が共同で創造する経験(Chandler & Vargo, 2011; Vargo & Lusch, 2004)の現象的な結果としての価値へと概念的にシフトしていった。それは,サービスのなかで文脈的に決定する価値の概念を考慮するVargo and Lusch(2008)のサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)の出現によって,顧客を積極的な価値の共創者として位置づけ,企業(組織)は顧客をサポートして企業(組織)自らの資源を統合するという見方である。こうしたサービスマーケティングの研究では,文脈のなかで価値が生み出され,顧客をサポートして企業(組織)自らの資源を統合し,相互作用での価値共創が注目されるようになった。

2. 資源統合と社会的文脈

翻って,現場のサービスの場面,従業員と顧客との間の二項的な直接対話である(Czepiel, Solomon, Surprenant, & Gutman, 1985; Shostack, 1985; Solomon, Surprenant, Czepiel, & Gutman, 1985)相互作用の場面では,しばしば「真実の瞬間」(Carlzon, 1987)と呼ばれるように顧客が重要なサービス評価を行う局面にあるが,前段のサービスの評価を顧客に委ねている議論には,価値を共創するプロセスに参加する個々の資源統合者に社会的文脈とそのシステムに埋め込まれた人間の複雑な本質が抜け落ちているようにみえる。しかし,このような考え方の議論が全くないわけではない。前述した価値共創の考え方に加えて顧客の日常生活の中での文脈性に注目し,サービス消費の習慣から理解しようとする議論(Ravald, 2010)も見受けられる。また,Anderson, Ostrom, and Bitner(2011)は,従業員と顧客とが接するサービスエンカウンターでは相互作用が幅広い文脈内に埋め込まれ,現在の経済におけるサービスは,消費者が生活する社会の中核的な構成要素とみなすことができると指摘する。こうした議論には,サービス状況は,消費者の生活の構成要素とする実践の社会的な文脈のなかで発生することを示唆している。したがって,これらからは,サービスがどのように利用され,どのように評価されるかは,消費者の生活上の課題による変動や日常では予想がつかないものへと変化する可能性があり,個人が生活を送る上での社会,それに関連した幅広い関係のパターンが組み見込まれている(Edvardsson, Tronvoll, & Gruber, 2011)ことを理解する必要があることが示唆される。また,サービスエンカウンターにおいて,サービス提供側は顧客の価値認識の側面だけでなく,顧客のサービス消費状況における決定と行動について実際的な本質がどこにあるのかを探り出す必要があると考えられる。

3. サービススクリプト

サービスエンカウンターでのサービス提供者は,初対面のサービス利用者には細心の注意が払われる。なぜならばサービス提供者は,サービス利用が初めての顧客の場合には関係性が未構築のため,顧客とのやり取りからその文脈を読み取れなかった場合には齟齬が生じやすく,顧客の再利用はなくなる可能性が高いのである。したがって,サービスエンカウンターでは,サービス提供者とサービス利用者間の接点であり,サービス利用者が重要な評価を行う側面であるがゆえに従業員は顧客理解に努めるとともに,顧客に積極的にサービスプロセスへの参加を促すために,自身の知識やスキルを用いてサービスプロセスをカスタマイズする。そのカスタマイズするプロセスに,従業員はサービススクリプトを利用していることが多い。

一般的にサービススクリプトは,従業員の詳細な行動指針として機能し,職務用件や手順を指定した従業員行動を規定しているものとして扱われる。それは,サービスの品質を保つための標準化の側面をもつ一方で,サービス評価基準としての側面をもつことから顧客のサービスへの期待と評価基準を示すサービススクリプト(Smith & Houston, 1983)として機能する。したがって,サービスエンカウンターでは,このサービススクリプトに照らし合わせながら追加で利用者から関連した詳細な情報を得ることで,サービスプロセスをカスタマイズしていくことにも使われる。

スクリプトは,心理学の研究では台本として論じられ,人の意思決定や行動の選択は,その台本に従った結果であるとみなされた(Abelson, 1976)。この観点からスクリプトは「...個人によって期待される,参加者または観察者としての個人を含む一貫した一連の出来事。」とAbelson(1976, p. 33)は述べ,過去の経験に基づいた心の図式であるという。また,Solomon et al.(1985)は,役割理解とサービスエンカウンターの評価に関して,スクリプトがどのように識別するかを説明している。さらに,Bitner, Booms, and Mohr(1994)に関しては,役割とスクリプトの理論を利用してサービスエンカウンターのダイナミクスを調査し,スクリプト化が進んだ環境にいる顧客と従業員はサービスの相互作用について同様の期待と認識を持つようになることを示唆している。

以上のようにスクリプトは,サービスに対するサービス利用者の期待を形成し,サービス経験の基礎となるものと考えられる。

次章では,実際のサービスエンカウンターにおいてサービススクリプトはどのように利用され,記録され,また,再利用されているのかを示す。

III. 美容室におけるやりとり

本章においては,観察およびインタビュー調査から得られたデータの分析と考察を提示する。

1. 調査対象と調査方法

(1) 調査対象

調査は,東京都内にある美容室で実施した。調査対象とした美容室は,最寄り駅から徒歩10分程のところに位置する。この美容室は,筆者が3年程前から利用している店舗で,美容室自体は開業して20年以上になる。この店を利用する客層は幅広く,20代から60代である。美容室には1階と2階があり,2階の店舗ではオーナーの得意客のみを対象とし,1階の店舗はそれ以外を対象としているが,再利用客も多く,初回利用客は月間約400名の客が利用することから人気店であるようだ。そのため予約は比較的取りにくい日も多い。

調査対象とした店舗の美容師は1階の店舗に勤務し,この店の店長である。店長は,開業当時から勤務し,それ以外の従業員は,美容師が1名のほかにアシスタント1名がいる2)

(2) 調査方法

調査は,2019年3月から10月の間に数回に分けて実施した。調査手法は,観察およびインタビュー調査である。

2. 調査結果と分析

(1) 観察調査

店長は,担当している客の動きを注意深く見ていることが多くあった。また,利用客とのやり取りでは,普段どのように過ごしているのか,また,髪のスタイリングの扱いやすさに関する質問が多くみられた。これらは,客の生活習慣に関連したものであり,ヘアカット後の客の生活環境に配慮した内容の質問であることがわかる。また,店長は,ヘアカットの施術前のシャンプー時,客とアシスタントとの会話を聞きとっていることも見受けられた。

(2) インタビュー調査

本研究では,サービススクリプトに着目していることから,インフォーマントである店長とのインタビューで調査を行った。半構造化に近い形式を取り,質問に回答を得ながらインタビューを進めた。また,具体的な顧客対応時の説明についても聞きとりを行った。

まずサービススクリプトに関しての質問を行った。顧客対応の具体的な例を用いて,「何」を記憶し,サービススクリプトに「何故」記録しているのか,さらにそこで記録されたスクリプトをもとに「どのように」再利用しているかを調査した。

調査者:初めて来店した客とは,どのように客の頭の中にあるイメージを合わせているのか。

店長:客がスタイルブック,もしくは客が持ってきた写真とのできること,できないことを擦り合わせする。客の髪質,長さといった現状からできることを提案する。まずは,任せてもらうように客に伝える。例えば,前髪を短くして,後ろを長いままにして欲しいという希望があった場合には,明らかにおかしいとわかるので,そのことを伝えて,何がおかしいのかを具体的に話す。そうすると,客のほうから「前髪が可愛い」ということを聞き出せられれば,そこが客の一番の希望なのだとわかる。次に,客が最も大事にしていることを聞き出せたので,あとはそこに合わせていく基本形である「箱」3)をイメージし,そこから客とのスタイル合わせを行う。

この抜粋からは,店長が客のヘアカットにおいて一番気になる部分がどこなのかを聞き出そうとしていることが窺える。客がスタイルブックを持ち込んでいることから,ファッションに敏感な客であることに注意し,客の髪質や長さといったことを美容師の知識やスキルを用いて提案しながら,客から「前髪が可愛い」という,顧客が最も注目していることをうまく引き出していることが読み取れる。つまり,この客にとって「前髪が可愛い」は,店長の知識やスキルから生み出された文脈的な価値である。もし客との相互作用がうまくなされなかった場合には,価値共創がされることはないであろう。したがって,このことを店長が誤ってしまうと,この客は二度と来店しない可能性が高い。

次に,美容師としての知識やスキルをどのように磨いているかを探った。

調査者:スタイルを合わせるということはどういうことか。

店長:美容師の技術次第で変わる。

調査者:技術を磨くとはどういうことか。

店長:センスを磨くことである。客の雰囲気に合わせることである。

調査者:客の雰囲気に合わせるとはどういうことか。

店長:客がどのような生活習慣を持っているかを聞きながら合わせる。例えば,大雑把な人であれば,スタイリングしやすいように,カット途中であってもスタイルを変更する。また,横の盛り上がりが気になっていると聞いた場合には,段を入れてすっきりさせることもしていく。

調査者:技術を磨くとはどういうことか。

店長:引き出しを増やすことである。ファッションだけでなく,映画や漫画も参考にする。例えば,漫画の中で奇抜な髪型をみた場合には,どうしたらこの髪型を作れるのかどうかを考えたりする。結局のところ,センスを磨くことである。

調査者:センスは磨くことができるのか。

店長:可能である。来店時の客の雰囲気で,髪型を決定する美容師もいる。客はそれを期待している。流行りは必ずある。芸能人やファッションといった目立つことに客は影響を受けやすい。メディアに露出が多い人たちには,そういったことをある意味ブームにしたい狙いもある。

ここでは,常日頃から美容師自らの知識やスキルといった能力を高めていることが理解できる。客の資源にアクセスにしたり,適応したりするためには,仕事以外で仕事に関連した知識やスキルを身につける必要がある。そうすることで,客との直接的なやり取りのなかでもイメージが湧きやすく,また,状況を理解することができる。状況に適応する能力があれば,相互作用のなかで価値共創の可能性を高めることができるのである。また,美容師は客の生活習慣に関する質問も行っている。これは,へアカット後の客の日常生活に配慮した内容と読み取れる。

IV. 考察

店長が意図して記憶していることは,客が今回の施術のカットで最も大事にしていた言葉の「前髪が可愛い」であった。また,サービススクリプトには,その時に客と交わした会話をストーリー化して記録している。客が大切と思う「前髪が可愛い」という言葉の関連性,すなわち流行りやファッションとのつながりを記録する。つまり,この客はスタイルブックを持参していることからも理解できるように流行に敏感な客であり,このことが重要視される点である。また,「前髪が可愛い」は,今,流行っているスタイルとしての「前髪が可愛い」であり,この客が次に来た時には,この「前髪が可愛い」は,異なるスタイルが流行っている可能性がある。あるいは,「前髪が可愛い」への拘りはなくなっている可能性もある。そのためサービススクリプトには,どのようにそのヘアカットを選択していったのか,関連するファッションも記録する。また,髪型を決定する決め手になることが多い生活スタイル(生活習慣)といった客との話も併せてストーリー化し,その一連の流れを美容師自らの提案した内容も含めて記入することによって,どのような知識やスキルをそれぞれ適応させ,必要であったのかを把握できるようにしている。そうすることで,そのなかにある要素一つ一つの変化に対応できるようにしているのである。つまり,価値は文脈のなかで見いだされるため,関連した要素,客の行為と社会での関連性を思い起こすためのツールとして,この美容室のサービススクリプトは機能し,この店のサービスを利用した客の次回のサービス利用のための台本としての役割をもつ。

したがって,記録されたサービススクリプトを再利用することは,常に更新が必要である。社会環境の変化だけでなく,例えば仕事で忙しくなった場合の髪質,結婚や出産といったライフスタイルの変化など,客に関連する出来事にもヘアスタイルは関係する。そのため,施術前には,最近の生活環境やライフスタイルを客に確認していたり,また,それに関連して髪のスタイリングの扱いやすさに関する質問をしたりしている。美容師としての知識やスキル以外の社会での実践から得た知識を利用することでサービスの品質を高めるため,実際の場においてもヘアカット施術中に,客に確認し,その場でカットの段差をあえてつけて,扱いやすいスタイリングにする対応もみられた。

このように個々の顧客に対応するようにサービススクリプトは開発され,利用することで店長が持つ美容師としての知識やスキル以外の社会での実践から得た知識を利用することが可能になり,また,時代の移り変わりにもっとも敏感な顧客であれば「前髪が可愛い」の意味が変化することに対応させたり,顧客の資源が変化することにも対応させたりしているのである。こうして開発され,更新されるサービススクリプトを用いて,サービス提供者である店長は顧客と相互作用していることが理解できる。

V. まとめ

本研究は,事例として多くの再利用者を扱う美容師と顧客のやり取りを調査し,美容師である店長が顧客との相互作用プロセスをどのように記憶し,サービススクリプトに何を記録しているのか,また,記録したサービススクリプトをどのように再利用するのかを探索した。サービス提供者(美容師)がサービススクリプトを活用することで,さまざまな資源を統合させ,またそれを記録することによって,顧客のサービス再利用の際に価値共創の品質をより高めることを可能にしていることを指摘した。

さらには,本研究が議論した価値とは,顧客のニーズや理解だけではなく,顧客の生活や社会的システムのなかで蓄積された経験と結びついていると理解できる。すなわち,実践のなかで顧客の価値を生み出すプロセスを無視できないということである。

今後,幅広い分野での調査実績と蓄積が必要である。課題としたい。

謝辞

美容室NUNCヌンクの店長の佐々木和之氏には,調査にご協力頂き,感謝を申し上げたい。

貴重な時間を取って頂いたこと,お礼を申し上げる。

1)  記入された情報は,サービス利用者から個人情報保護方針に同意が得られれば,サービス提供側はその範囲での利活用が認められている。

2)  調査時点の従業員数である。

3)  美容師が用いる専門用語である。美容師は,カットを行う場合の最初の手順に客の頭を「箱」と見なしてカットのイメージを行う。

References
 
© 2021 The Author(s).
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