マーケティングレビュー
Online ISSN : 2435-0443
査読論文
大企業と中小企業におけるデザイン責任者が経営参画する組織の特徴
加藤 拓巳狩野 英司細井 悠貴
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2021 年 2 巻 1 号 p. 53-61

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Abstract

日本企業では,開発とデザインの溝が深く,デザインが企業経営に活かせていないと指摘される。それに対し,AppleやDysonでは,デザインとエンジニアリングを統合し,デザインに優れた製品・サービスを創出している。学術研究においても,デザインの効果的な活用には,デザイン責任者を設置し,全社戦略にデザインを組み込み,部門間調整においてデザイン部門の妥協を減らすこと,が訴えられている。しかし,企業規模によって多様な文化の違いが指摘されているにもかかわらず,上記はそれが考慮されていない。本研究では,まだ議論が不十分である,デザイン責任者が経営参画する組織の特徴を大企業と中小企業別に評価した。その結果,大企業では,ビジョン策定やデザインの社内への浸透を担うデザイン推進組織が設置されている傾向が確認された。一方で中小企業では,製品・サービスのマーケティングに関与するデザイナーとプロトタイプによる議論の活性化とユーザビリティテストにアジャイル型プロセスの開発を導入している傾向が見られた。デザインを活用するためには,組織規模を踏まえ,適切な対策を実施することが求められる。

Translated Abstract

Japanese companies have a large gap between the development and design departments, and therefore, design is not utilized in corporate management. In contrast, Apple and Dyson have integrated development and design to create products and services with excellent values. The following factors are responsible for effective design use: appointment of a design manager, incorporation of design into a company-wide strategy, and strengthened authority of the design department. However, there are various cultural differences depending on the size of the company, and these factors do not take these differences into consideration. In this study, we evaluated the characteristics of large and small businesses in which the design manager participates in management. The results showed that large businesses tend to employ design organizations that are responsible for formulating visions and instilling designs within the company. Conversely, small businesses tend to utilize more concrete methods, such as activating discussions with prototypes and introducing agile processes into usability testing. Thus, in order to utilize design, it is necessary to use appropriate approaches based on the scale of the organization.

I. はじめに

かつて,日本の製造業は,高い技術力から生み出される性能や耐久性の高さを武器として,世界市場をリードしてきた。しかし,業績悪化の際にも研究開発投資に高水準の投資を維持してきたにもかかわらず,近年は競争力が低下している(Sakakibara, 2005)。その一方で,Apple,Samsung,Dyson,Starbucksなどデザインやユーザー経験(User eXperience, UX)を重視した企業が台頭している。この要因の1つには,性能等の機能的な要素から,デザインやUXといった感性的な要素に競争力の源泉が遷移していることが挙げられる。つまり,消費者にとって価値のあるコンセプトを定め,高いデザイン性と快適なUXを具備して一貫性を持って具現化することが,消費者の購入意向・支払意思額に貢献する。Starbucksを例に挙げると,ゆったりとした雰囲気の中でくつろげる空間“third place”のコンセプトに基づき,自然光やアースカラーで暖かみを演出するデザイン,緩やかなBGMや音が鳴らない紙コップで心地よさを醸成するUXを具現化している(Kusunoki, 2010)。

中でも,消費者の目に最も触れるデザインが与える影響は大きい。デザインは,購入意向や支払意思額に影響を与え(Homburg, Schwemmle, & Kuehnl, 2015),企業の利益に貢献する(Hertenstein, Platt, & Veryzer, 2005)。よって,企業規模の大小を問わず,有力企業はデザインを戦略の中心に据え,製品・サービスの価値を高めている。

ただし,日本においても,松下幸之助は,1951年の時点で「これからはデザインの時代である」と言ったとされ(Kamijyo, 2000),本田宗一郎は「メーカーの注意が実用的価値を卒業して,美しさにまで到達したときに商品といわれるのである」と述べていることから(Honda Motor, 1953),その重要性は長らく認識されてきた。それにもかかわらず,以前として開発とデザインの溝が深く,デザインが企業経営に活かせていない企業が多い。設計開発と生産を統合した日本企業は,生産性や品質を強みとする。それに対し,デザインに優れた製品・サービスの創出には,デザインとエンジニアリング(設計開発・生産)の統合が求められ,AppleやDysonが先行している(Nobeoka, 2016)。こうした背景から,日本におけるデザイン関連産業の市場規模は,2000年から2010年にかけてむしろ縮小傾向すら見られる状況に陥っている(Washida, 2014)。

そこで,経済産業省・特許庁は,企業価値向上のためにデザインを活用する「デザイン経営」と呼び,その必要性を訴えている。デザイン経営と呼ぶための必要条件は,デザイン責任者が経営に参画しており,事業戦略構築の最上流からデザインが関与することと定義している(Ministry of Economy, Trade and Industry, & Japan Patent office, 2018)。学術研究では,デザイン活用のためには,全社戦略にデザイン戦略を組み込むこと(de Mozota, 1998; Dumas & Mintzberg, 1989; Joziasse, 2000),デザイン責任者を設置すること(Ignatius, 2015),部門間調整においてデザイン部門の妥協を減らすこと(Kanno & Shibata, 2013),などが貢献すると報告されている。しかし,これらは企業規模による差異が考慮されていない。本研究では,まだ議論が不十分である,デザイン責任者の経営参画する組織の特徴を大企業と中小企業別に評価した。本研究によって,デザイン経営の推進に取り組む企業に対して,企業規模に応じた組織構築に関する示唆を提供できると考えている。なお,本研究におけるデザインの領域は,主に製品・サービスのデザインを指している。

II. デザインの効果と企業組織への浸透

業界問わず,デザインが競争において果たす役割は大きい(Roy & Potter, 1993)。消費者行動の観点では,購入意向・口コミ・支払い意向金額に影響を与えることが実証されている(Homburg et al., 2015)。ブランドイメージの観点では,デザインは消費者が有する企業ブランドイメージに影響を与えることが示されている(Orth & Malkewitz, 2008)。そして,利益の観点でも,デザインへの投資は,売上高利益率と総資本利益率の向上に貢献することが明らかにされている(Hertenstein et al., 2005)。したがって,特にコモディティ化した市場では,性能や耐久性による差別化には限界があるため,デザインによって差別化し,ブランドを構築すべきである。

このように多岐に渡る効果を持つデザインを有効に活用するため,多様な観点での研究がされている。1つ目に挙げられるのは,デザイン責任者の適切な配置である。従業員の満足度と生産性はリーダーシップに影響されるが(Chiok Foong Loke, 2001; Stewart, 2006),デザイン組織においてもリーダーシップは創造的なパフォーマンスに影響を与える(Lee & Cassidy, 2007)。産業界に目を向けると,PepsiCoは,2012年にMauro Porcini氏を同社初のchief design officer(CDO)に起用し,経営に深く関与することで,デザイン主導の会社への転換を図っている(Ignatius, 2015)。Samsungでも,デザイン重視経営を導入し,2001年にCDOを配置している(Hyungoh, 2004)。

2つ目は,全社戦略との統合である。優れたデザインを生み出すには,デザインを全社戦略に組み込み,組織全体に浸透させることが重要である(Dumas & Mintzberg, 1989)。全社戦略として実行されることで,企業のあらゆるレベルの戦略と関係して現場で実行され(Joziasse, 2000),その結果企業ブランドの構築に貢献する(de Mozota, 1998)。

3つ目は,デザイン部門の権限である。他部門との整合の際,デザイン部門の妥協が減少する場合に,デザインアウトプットの統一性・独自性が高まる。そして,調整の結合性が高い場合には,デザインの顧客志向性が向上すると示されている(Kanno & Shibata, 2013)。

4つ目は,具体的な手段やプロセスである。近年は,デザイン部門だけでなく,デザインの原則を多様な業務に適用する,デザイン思考と総称される原理原則の導入が進んでいる。複雑化が増すソフトウェアとハードウェアの技術を統合し,シンプルで心地良いデザイン・UXを具現化するため,ユーザーに共感し,失敗に寛容になり,スピーディにプロトタイプで議論しながら開発を行う(Kolko, 2015)。デザイン思考に基づいた開発には,従来のウォーターフォール型ではなく,アジャイル型が適用されることが主流である(Schön, Thomaschewski, & Escalona, 2017)。例えば,AppleのiPod touchは,コンセプトの正当性を細かく刻みながら立証するアジャイル型プロセスである。2007年の発売時は,カレンダー,Youtube,時計,計算機の4つのアプリケーションのみであった。しかし,その4ヶ月後には,メール,マップ,株価,メモ,天気が追加され,発売当初に購入した消費者は,iTunes Storeでアップデートができた。一方で,日本企業は,完璧に開発を仕上げてから世に出す傾向が強く,開発期間が長期化し,商機を逃すケースが多い(Tago & Tago, 2019)。他にも,ペルソナ(So & Joo, 2017)やストーリーテリング(DeLarge, 2004)など,多様な手段が提唱されている。

しかし,これらは企業規模による差異が考慮されていない。そこで本研究では,以下に示す4つの仮説を導出し,その検証を行った。

大企業では,マインドセットが全体ではなく部門志向になり,かつ意思決定では個人よりも部門の方針が優先される傾向にある(Ghobadian & Gallear, 1996)ことを踏まえ,仮説H1を立案した。

H1:大企業ではデザイン推進組織の設置がデザイン責任者の経営参画に貢献する

特に日本の大企業では,総合職として新卒一括採用する制度が一般的であるため,潜在的な職務能力が重視される(Mugiyama & Nishizawa, 2017)。しかし,デザインは専門的な職務能力であるため,それに特化した採用・育成プログラムが効果的だと推察され,仮説H2を立案した。

H2:大企業ではデザイン人材の採用・育成プログラムがデザイン責任者の経営参画に貢献する

一方,中小企業では,定期採用ではなく,欠員補充や増員の必要に応じて募集するため,即戦力人材を求める傾向が強い。大企業では活動目的ごとに組織を設置することが可能だが,経営資源が限られる中小企業では難しく,特定のチームや個人が複数の役割を持たなければならない(Lubatkin, Simsek, Ling, & Veiga, 2006)。そこで,仮説H3を立案した。

H3:中小企業ではデザイナーの開発最上流からの参画がデザイン責任者の経営参画に貢献する

中小企業において,専門能力を備えた人材が開発に参画する場合,当然ながら専門的な技術やプロセスが活発に適用されることが想像され,仮説H4を導出した。

H4:中小企業ではアジャイル型開発プロセスの導入がデザイン責任者の経営参画に貢献する

III. 評価方法

本研究では,大企業と中小企業におけるデザイン責任者が経営参画する組織の特徴を共分散構造分析によって評価した。データは,特許庁による「我が国のデザイン経営に関する調査研究事業」の中で,2019年10月9日から11月8日に実施したオンライン調査の結果を使用した(Institute of Administrative Information Systems, 2019)。本調査は個人ではなく企業としての回答を得るために,1社につき1件の回答を依頼している。よって,回答者個人の性別や年代等の情報は確認していない。275社に回答を依頼した結果,製造,IT,金融といった業界を中心に,大企業64社,中小企業32社の計96社から有効回答を得た。なお,資本金及び従業員数に基づき,中小企業基本法の定義に合致する企業を中小企業,それ以外を大企業と定義した。回答者の属する部門は,デザイン38人,経営23人,研究開発10人,マーケティング・広告宣伝8人,他17人である。本研究の仮説を踏まえ,デザイナーの最上流からの参画,デザイン推進組織の設置,アジャイル型プロセスの開発,デザイン人材の採用・育成,そしてデザイン責任者の経営参画の5区分の設問を使用した。聴取した項目をダミー変数化し,基本統計量を算出した結果を表1に示す。

表1

変数一覧と基本統計量

次に,分析手順を説明する。まず,表1の観測変数から,探索的因子分析によって因子を抽出した。因子数は,固有値の大きさをプロットし,推移がなだらかになる前までを抽出するスクリー基準に基づき,5つに決定した。因子間の相関が明らかにゼロでないと仮定される場合には,直交回転ではなく,斜交回転にすべきゆえ(Yanai, 2000),プロマックス回転を適用した。この時,モデルの適合性を高めるため,変数選択を行うことが一般的である。方法としては,因子負荷量が0.3程度の基準を下回る観測変数を削除する,2つ以上の因子に大きな因子負荷量を持つ観測変数を削除する,各因子の因子負荷量が大きな観測変数3つ程度に絞る,等が挙げられる。本研究では,サンプルサイズが限られていることから,シンプルなモデルにするために,すべての変数を使用したModel 1に対し,各因子の因子負荷量が大きな観測変数3つに絞ったModel 2を構築した。表2に示すとおり,各因子は,設問区分でまとまっていることがわかる。そして,信頼性係数であるクロンバックのα係数(Cronbach, 1951)を算出した結果,一般的に基準とされる0.7以上を満たしていることを確認した。なお,人材採用・育成のみ,変数が3つの場合は0.693と条件を満たさなかったことから,因子負荷量の上位4つの変数を使用している。

表2

探索的因子分析の結果

次に,確証的因子分析を実施した。適合指標は,代表的なCFI(comparative fit index),GFI(goodness of fit index),AGFI(adjusted goodness of fit index),RMSEA(root mean square error of approximation),SRMR(standardized root mean square residual)を使用した。CFI,GFI,AGFIが0.90以上,RMSEA,SRMRが0.05以下を基準とすることが一般的だが,本研究のように観測変数が30個以上の場合は,適合度が悪くなる傾向がある。その際,適合度の見栄えを良くするために,意義のある変数をむやみに削除するべきではない(Toyoda, 2002)。よって,CFI 0.982, GFI 0.883, AGFI 0.831, RMSEA 0.040, SRMR 0.058と,概ね適合性を満たすModel 2を採用した。

デザイン責任者の経営参画因子に対する4つの因子(デザイナーの最上流からの参画因子,デザイン推進組織の設置因子,アジャイル型プロセスの開発因子,デザイン人材の採用・育成因子)の影響を多母集団同時解析によって企業規模別に評価した。そして,大企業と中小企業それぞれにおいて,5%水準で有意な因子に絞ってモデルを確定させた。なお,社会科学や行動科学の分野では2値データを扱うことは一般的であり,共分散構造分析にも適用できる。多母集団同時解析によって,各2値データを分析することも可能ではあるが,対象のサンプルサイズが少なくなるため,ダミー変数として適用する方が望ましい(Asano, Suzuki, & Kojima, 2005; Toyoda, 2014)。分析環境は,統計解析ソフトRにおけるlavaanパッケージを使用した。

IV. 結果と考察

多母集団同時解析の結果を図1に示す。図中の文言は簡略化し,かつ観測変数は省略している。パス係数は非標準化推定値である。大企業では,デザイン推進組織の設置因子(H1)のパス係数が0.561(p値=0.001)と,唯一有意な値を示している。デザイン人材の採用・育成因子(H2)は,−0.359(p値=0.232)となった。中小企業では,デザイナーの最上流からの参画因子(H3)が0.538(p値=0.001)とアジャイル型プロセスの開発因子(H4)が0.308(p値=0.039)と,有意に推定されている。次に,上記で有意な影響を確認した因子に絞ってモデルを推定した。図2に示す大企業の分析結果を見ると,デザイン推進組織の設置因子(H1)のパス係数が0.603(p値=0.000)と有意な値を示している。また,図3に示す中小企業の分析結果を見ると,デザイナーの最上流からの参画因子(H3)が0.531(p値=0.001)と最も寄与し,次いでアジャイル型プロセスの開発因子(H4)が0.324(p値=0.025)となっている。以上より,H1, H3, H4は支持され,H2は不支持となった。

図1

多母集団同時解析の結果(左:大企業,右:中小企業)

図2

大企業における共分散構造分析の結果

図3

中小企業における共分散構造分析の結果

大企業では,異なる目的意識を有する複数の組織と連携してプロジェクトを動かす必要があるため,ビジョンの策定や社内への啓蒙を担う専門組織が重要である。一方で,中小企業では,小さな体制でスピーディに開発を進めることから,個々のデザイナーや具体的な手段の方が寄与すると推察される。本研究では,大企業の人材採用・育成に有意な影響が見られなかった原因としては,推進組織の設置に比べると研修プログラムの影響が相対的に小さいこと,または調査時点での研修プログラムの内容に改善の余地があること,等が考えられる。

以上のように,企業規模によって,デザイン責任者が経営参画している組織の特徴が異なることが明らかになった。デザイン責任者を配置して経営への関与を強めていくには,企業規模を踏まえ,適切な対策を実施すべきである。大企業では,デザイン組織を構築し,ビジョンを策定して全社に発信する前に,具体的な手段を導入しても効果が見込みにくい懸念がある。ただし,本研究には,主に2つの限界がある。1つ目は,調査回答者の部門や職位が企業によって異なることである。各企業において,回答人数を複数とし,回答者の属性を揃えることが理想である。2つ目は,評価対象が企業の認識するデザイン活用にとどまることである。これらは,今後の研究課題とする。

V. おわりに

本研究では,企業規模別にデザイン責任者が経営参画する組織の特徴を評価した。その結果,大企業ではデザイン推進組織の構築,中小企業では開発プロセスの上流から参画するデザイナーとアジャイル型開発の実践という特徴が読み取れた。デザイン責任者を配置して経営に関与していくには,企業の規模を踏まえて,適切な対策を実施することが有効である。今後は,デザイン経営によって経済的な効果を創出するための要因を評価する。

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