1996 年 2 巻 3 号 p. 125-131
マウスMHC内の組換え型ハプロタイプは, この領域の遺伝的構造や遺伝子機能の研究に大いに役立ってきた. 一方, MHCクラスII領域に含まれる組換え型ハプロタイプの組換え切断部位を詳細にマップしていったところ, 組換えがホットスポットと呼ばれる特定部位に限定して集中することが明らかとなった. その分子構造と生物学的意義, 特にMHC遺伝的多型性と組換えの関係について議論したい. 1. 免疫遺伝学と遺伝的組換え 古典的なメンデル遺伝学では, 減数分裂期の組換えに基づいた連鎖解析によって未知の遺伝子の存在を予測したりその遺伝子の染色体上での位置についての情報を得ることができる. 今や歴史となってしまった感もあるが, 免疫遺伝学においてもMHCの存在をはじめその遺伝的構造についての初期の知識は, 連鎖解析による古典的な遺伝学によって形成されてきた(1). マウスMHCに関する初期の研究では, MHC領域内で組換えを起こした多数の組換え型ハプロタイプが作成され, これらを用いた研究を基にしてクラスI移植抗原遺伝子や免疫応答を制御するクラスII抗原遺伝子の存在も明らかとなってきたのである. 現在では, いわゆるゲノム解析的手法によってクローン化されたDNA断片から直接新たな遺伝子が見出されるようになってきたが, 今でも, 古典的な連鎖解析法の有効性は否定されていない. さて, MHCに関する免疫遺伝学は, このようにMHCの遺伝的構造についての重要な発見の礎となってきたが, 実は, もう一つ思わぬ副産物をもたらした. それは, 遺伝学における中心的研究課題でもある減数分裂における組換え機構自体の研究分野に対するものであった. 今から15年ほど前になるが, 1982年の暮れにNature誌のarticleに一編の論文が掲載された(2). それは, 当時カリフォルニア工科大学でL. Hood研究室のポストドクをしていたSteinmetz博士らの論文である. 彼らは, マウスMHCのクラスII領域内における組換え型ハプロタイプを材料として組換え部位を分子レベルで詳細にマップした. この結果, 9つの組換えが全て約9.8kbのクラスIIEβ遺伝子の第2イントロンの中に存在することを発見した. この報告は, 哺乳類における組換えが特定の染色体部位で集中して起こる場合があることを分子レベルで示した最初の論文である. この組換え高発部位は, ホットスポットと呼ばれるようになったが, この論文がまさにマウスMHC領域内でのホットスポットの存在を明らかにした第一報であった.