HLA遺伝子座の多型は, 多数の対立遺伝子が長い期間保有されてきたという点で, 他の常染色体上の遺伝子座とは異なる特色をもち, その維持には明らかな自然選択の関与がある. この自然選択の強度は高だか数%にすぎないが, 進化的な時間スケールでは顕著な効果をもたらした. このような多型が数千万年の時間単位で維持され続けてきたことは人類の歴史を推論する手がかりを与える. ここではHLA遺伝子座の多型と機能の関連を集団遺伝学の視点から考察するとともに人類進化との関係を述べる. MHC分子は, T細胞受容体・免疫グロブリンとともに脊椎動物に特徴的な免疫系を構成している(1). MHC分子の機能は抗原分子(ペプチド)を結合しT細胞に提示することである. パラサイト由来の非自己ペプチドを結合したMHC−ペプチド複合体をT細胞受容体が認識すると, 抗体(免疫グロブリン)産生や感染細胞の除去などの免疫応答が開始される. 脊椎動物の免疫系では未知の外来抗原にも適応できるよう, 受容体分子は個体内で多様性を維持しておく必要がある. この多様性は, T細胞受容体(Tcr)や免疫グロブリン(Ig)ではT細胞やB細胞が分化しクローン化する過程で起きる遺伝子の再編成によって獲得される. このため異なるクローン細胞は異なる分子を発現している. MHC分子はクラスIとクラスII分子の2種類に大別される. 典型的なクラスI分子はほとんどの体細胞で発現しているが, クラスII分子の発現はマクロファージやB細胞などに限られている. しかし, いずれのクラス分子でもTcrやIgの様な遺伝子の再編成を起こすことはない. 多様な外来抗原に対するしくみは, 個々のMHC分子が多種類のペプチドを結合すること, および各MHC遺伝子座で多数の対立遺伝子を維持することによって成り立っている. MHC遺伝子座の多型に特徴的な他の性質は, その対立遺伝子の分岐が種の分岐より古いことである. MHC分子の機能から類推すれば, この古い多型は特定のパラサイトとの長い期間にわたる共進化を示唆する. 本稿では, ヒトMHC(HLA)遺伝子座の多型に関わる自然選択の作用と多型を通して知ることのできる「ヒト集団の歴史」を集団遺伝学の視点から概説する.