抄録
2007年7月および2008年7月に北海道利尻島の海浜で海泡を採取し,それに含まれる胞子を単胞子分離して,未知の海生不完全菌株を多数得た.海水コーンミール寒天培地で培養すると,本菌はシンポジアルに伸長する分生子形成細胞上に,棍棒型で1~3隔壁の分生子を次々と形成する.分生子は成熟すると隔壁部で容易に分離し,分断される.また,分生子形成細胞そのものも隔壁部で分離して菌糸から離脱する.シンポジアル型の分生子形成様式と棍棒型の分生子は,海生不完全菌Varicosporina ramulosaやV. proliferaの分生子形成様式と未熟な分生子に一見似るが,本菌はVaricosporina属菌のように分生子が分岐して3次元立体構造となることはなく,棍棒型の分生子が成熟形である.LSU rDNAのD1D2領域に基づく系統解析の結果,本菌は海生子嚢菌Corollospora属(Halosphaeriales, Sordariomycetes)の系統群に属し,そのアナモルフであるVaricosporinaやSigmoidea属菌と近縁であることが示された.これまでに明らかにされているCorollosporaのアナモルフがすべてシンポジアル型の分生子形成様式を示すことからも,分子系統解析によって示された本菌の系統位置は支持される.なお,本菌は培養によって菌核様構造(sclerocarp)を形成するものの,子嚢殻の形成は観察されていない.本菌は,演者らのこれまでの日本各地での海生菌調査においても,利尻島以外から見いだされておらず,冷温帯海域に分布する海生菌である可能性が高い.なお,本研究は,財団法人発酵研究所の研究助成を受けて実施中の研究,「我が国における微生物の多様性解析とインベントリーデータベースの構築 -亜熱帯域と冷温帯域の比較から」(代表:関達治)の一部としておこなった.