2020 年 22 巻 4 号 p. 294-303
高分子化学ポテンシャルを全原子モデルで計算するための chain increment 法を開発した.この手法は周囲 の分子と着目した高分子の間の相互作用をモノマー毎に順次導入していくという特色を持ち,「高分子は同じ 構造を持つ repeated monomer の連なりでできている」という構造的特徴に立脚している.chain increment 法で 自由エネルギーを効率よく数値計算するために,溶液理論に基づく自由エネルギー近似計算手法であるエネ ルギー表示(ER)法と全原子分子動力学シミュレーションを組み合わせる.ER 法では,着目したモノマーを “溶質”,それ以外の分子を“溶媒”と見なし,この溶質の溶媒和自由エネルギーを着目したモノマーの incremental free energy として定義する.polyethylene(PE)水溶液,および PE, polypropylene(PP), poly(methyl methacrylate) (PMMA), polyvinylidene difluoride(PVDF)の 4 種の単成分高分子溶融系について chain increment 法を用いて incremental free energy を各モノマーについて計算した.PE 水溶液系については端の部分のモノマ ーを除いた全てのモノマーの incremental free energy が 0.2 kcal/mol の範囲で一致することが分かった.また, 高分子溶融系においても incremental free energy が大多数のモノマーについて一定の値をとる.さらに重合度 100 の高分子について計算した結果,端部分以外のモノマーは 0.2 kcal/mol の範囲で一定の値をとることが分 かった.高分子全体の溶媒和自由エネルギーはモノマーの incremental free energy の総和であり,様々な鎖長 における高分子全体の溶媒和自由エネルギーは重合度にほとんど依存しない.今回の研究より,重合度数十 程度の高分子の全原子モデル自由エネルギー解析計算が可能であることを示すことができた.