2023 年 25 巻 2 号 p. 158-166
著者は,これまで開発してきた量子分子動力学法に,フェルミオンの核スピン統計を満たす核量子回転を取り入れる拡張を行うことで,量子回転分子動力学法と呼べる新手法を開発した.これにより,フェルミオン水素核ペアが反対称核スピンを持ち対称な核量子回転を有するパラ水素と,対称核スピンを持ち非対称な核量子回転を持つオルソ水素の分子エネルギー差(170 K)や,遠心力によるH-H 結合長差・振動数差,水素分子種ごとに定性的に異なる比熱や,温度に依存して変化する各水素分子種の存在比までを再現した.特に,カーボンナノチューブ内で吸脱着を繰り返すパラ水素やオルソ水素の実時間ダイナミクスを計算することに初めて成功し,「電子状態は同じであるにも関わらず,核量子回転が励起するほど水素分子の並進・配向ダイナミクスが促進され,H-H 振動数はredshift しつつ振動強度は増幅する」と結論付けた.このような動的知見は,静的な量子化学計算や従来の経路積分分子動力学法では得ることができない.量子回転分子動力学法は,計算手法自体が確立していなかったオルソ水素の初めての量子動力学法であるだけでなく,電子励起状態ではなく核励起状態において実時間の分子ダイナミクスを追える初めての量子動力学法である.