農研機構研究報告
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総説
日本における未利用資源からのリンの再生利用
三島 慎一郎
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2020 年 2020 巻 4 号 p. 1-9

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Abstract

日本の食飼料生産において,多量要素である窒素とカリウムの見かけの利用率はそれぞれ 66%,69% と高いが,戦略資源になっているリンは 17% しか利用されない.農地に投入されたものの作物に吸収されないで農地で余剰となるリンは OECD 加盟国内で最も多い.日本は肥料用のリンを全面的に輸入に頼っているが,元素 P としてみると食飼料の形でも輸入しており,また鉄鉱石の夾雑物としても輸入している.既に営業運転に入っている下水からのリン回収事業や家畜ふん炭化物からのリン回収,実験段階であるが製鉄で出るスラグからのリン回収技術を組み合わせていくと,消費・精錬により排出されたリンの回収量は化学肥料に仕向けられるリンを賄うことができる.ただし,必要となる設備投資・メンテナンス・設備更新といった経済的事由や下水由来と言う時のネガティブな印象など普及に向けた課題もある.他方で SDGs の目標 12,15 の実現に向けた資源的な裏打ちは必須であり,地産地消を基盤にした循環型社会・経済の実現に向け,リンの循環利用の取り組みは食飼料生産の持続性を担保するために必要である.

はじめに

リン鉱石の主要産地である中国の四川省で発生した大震災により,中国は急遽リン製品とリン鉱石の輸出を停止した.これに起因して 2008 年にリン・ショックが発生した.これは日本国内の食飼料生産に必須のリン肥料価格を高騰させた.肥料の小売価格で見ると,2007 年に過リン酸石灰が 1,176 円,高度化成肥料が 2,190 円であったが,2008 年にはそれぞれ 1,869 円(+59%),3,838円(+75%)へと高騰し,2016 年になっても 1,609 円(+37%),3,185 円(+45%)と小売価格の自然増からは不自然な高止まりと言ってよい状況にある(図1農林統計協会(2003, 2019),農林水産省統計情報部(2019)より作成).需要量も 2007 年の 212,330 Mg から 2008 年の 123,678 Mg へと激減した.その後も価格の高止まりを受けて 2016 年でも需要量は 130,849 Mg と減ったままである(図 1).

リン・ショック以前,日本は品質の良い(リン含有率が高くカドミウム等重金属やウランなど放射性物質の少ない)中国産のリン鉱石を主体的に使用してきた.リン・ショック後には南アフリカ,ヨルダン産リン鉱石を中心として利用している.しかし今後,グローバルな埋蔵量の 75% を占める品質の低いモロッコ産リン鉱石を使用せざるをえなくなる可能性がある.こうして品質が下がっていくリン鉱石からクリーンなリン肥料を製造・供給し続けられるかは不透明である.また,品質を下げつつもグローバルな可採年数は300 年以上あるとされるが(Tolcin 2019),リン産出国はリン鉱石の採掘権を自国に持つことはもちろん,リン鉱石としての輸出を止めるか渋り,付加価値を付けたリン酸アンモニウム等としての輸出を指向している(山本ら 2016, 大竹 2017).既にリン鉱石は資源ナショナリズムの下で戦略資源として位置づけられており(山本ら 2016, 大竹 2017),供給リスクはむしろ高まったと言える.

リンをその経済圏内で産出しない欧州連合は,「資源効率の良い欧州」というイニシアチブと「クリティカル・ミネラル」の指定を行い,政策的に「循環経済」を推進することで,リン資源の自給化を目指すこととした( European Commission 2018脚注.一方で同じくリンを産出しない日本は相変わらずリンの輸入を続け,OECD 加盟国内でもっとも多くのリンを農地で余らせている(OECD 2008, 2019).

よって,後の世代のためのリン資源の適切な利用について再考することは,持続的食飼料生産のために必須である.本稿では先ずリン等の肥料利用と食飼料生産を概観し,リンの需給の現状と国内資源の賦存量,その利用法と自給可能性についてレビューする.最後に日本型の循環型社会に資するリンの循環利用方法に関して論じることとする.

日本における食飼料生産でのリン利用量と利用率

肥料の三大要素は窒素・リン・カリウムである.これらは主に窒素・リン・カリウムの成分比率を持った化学肥料,あるいは家畜ふん尿を原料とする堆肥や液肥の形で農地に施用される.化学肥料に関しては,窒素は大気中の窒素から熱エネルギーを使ってハーバー・ボッシュ法で工業的に生産されて肥料原料となる.リン・カリウムは鉱石あるいはリン酸アンモニウム・カリウム塩の形で肥料原料として輸入され,加工されて化学肥料となる(農林統計協会 2019).

2010 年日本全体で見たときの化学肥料の需要量は,窒素 409,590 tN, リン 168,042 tP, カリウム 257,254 tK(農林統計協会 2019)であった.家畜ふん尿として排泄された量は窒素 665,400 ~ 1,201,000 tN,リン 107,200~ 192,000 tP,カリウム 369,000 tK と推計された(長田 2010, Mishima et al. 2015, 図 2.).これは資源量であり,全量が利用可能ではなく,堆肥化過程等で何らかの損失が発生する.施肥された肥料成分は食飼料となって国内で消費される.食飼料には窒素 400,000 tN,リン 45,000 tP,カリウム 303,000 tK が含まれる( Mishima et al. 2015, 図 2.).食飼料となった窒素・リン・カリウムを化学肥料・家畜ふん尿堆肥中の窒素・リン・カリウムで除した見かけの利用率は,窒素で 66%,カリウムで 69% であるが,リンは 17% しかない(Mishima et al. 2015).Sheldrick et al.(2002)は,グローバルに見た場合に施用した肥料成分の作物による見かけの利用率は,窒素で 60%,リンで 40%,カリウムで 75%であるとしている.日本の食飼料生産では窒素・カリウムは充分に利用しているかもしれないが,リンに関しては半分以下と低い.利用されないリンの多くは土壌に固定される.

日本の畑地の半分はリンを多く吸着する黒ボク土が占めている.また,過去にはリン肥沃度の低さが食飼料生産の制限要素になっていた(吉池 1983).その対策として,リンの多量施用が行われてきた(松坂・栗原 1994).その結果,農地の作物により利用可能と考えられるリン(可給態リン)濃度は上がり(小原・中井 2004),リン過剰による生理障害(田中・小久保 2004岡本・山田 2009 等),土壌病害の発生(村上ら 2004)が見られるようになった.後年,改定された地力増進基本指針(農林水産省生産局 2008)により,土壌に存在する作物に利用可能とされるリン(可給態リン)の濃度によって施用の削減・無施用の指針が提示されている.実例として,土壌中にトルオーグ法(pH 3 の硫酸酸性緩衝液で抽出されるリン)で測定される可給態リンが十二分に存在していれば新たなリンの施用がなくても北海道でタマネギ生産が可能であるとする現場の報告がある(稲垣・目黒 2016).

欧州各国は,農地へのリンの多投入により土壌のリン肥沃度を上昇させた後に投入量を減らし(西尾 2002),食飼料としての持ち出しと同じ量のリンを施用するリン均衡施肥(Verloop et al. 2010)を行う方向に舵を切った.OECD 各国に関して農地土壌表面でのリン収支(農地に投入したリンと収穫物として農地から持ち出したリンの差)をみると,欧州 15 カ国では 1990-1992 年において 18 kg ha-1,2002-2004 において 10 kg ha-1 の余剰と減少し,2016 年には余剰がほぼ 0 となり,投入と持ち出しが均衡した肥培管理が行われている(OECD 2008, 2019).Verloop et al.(2010)は,オランダにおいてリン均衡施肥を行っている耕地土壌に含まれるリンをモニタリングし,経年的に可給態リンは変化しないものの,難溶性リンは減少傾向にあることを示している.土壌に含まれるリン全体を見た時にリンが減っていくのであれば,持続的な食飼料生産には全リンの減少を補うことも考慮した土壌肥沃度のモニタリングと土壌肥沃度の管理法の開発を行うことが必要であろう.

国内のリン肥料資源の賦存量,再生利用量と必要量

日本はリンを産出していない.そのため,日本は肥料として 53,300 tP,肥料原料等として 141,100 tP,リン鉱石として 101,400 tP を輸入している.それに加えて食飼料として 163,100 tP,鉄鉱石の夾雑物として 137,600 tP のリンを輸入している(Matsubae et al. 2011,図3.).これまで肥料学的な研究では,飼料が消費されたのちに排出される家畜ふん尿中のリンは注目されてきたが,食料を消費した後の食品廃棄物や下水,鉄鉱石の夾雑物中のリンに関しては資源として余り注目されてこなかった.ここでは下水,食品廃棄物,製鉄で出るスラグの中のリンの賦存量と再生利用可能量を推計し,国内の食飼料生産に必要なリン推計量と比較する.

下水道に関しては,2006 年には 55,000 tP が流入し,公共用水域に排出・拡散する分を除くと下水汚泥肥料或いは埋め立てなどとなっている 42,000 tP が資源量となる(Matsubae et al. 2011).食品廃棄物に関しては 26,000 tP との報告がある(Matsubae et al. 2011).下水汚泥焼却灰からのリン回収ではアルカリ抽出法では概ね 40%と低いものの(国交省 2010),鉱石由来の肥料より亜鉛・銅・カドミウム・ヒ素といった重金属濃度は低く(水ing 2014岐阜県岐阜市 2019),肥料としての転用が期待できる.酸アルカリ抽出法では回収率は 80% と高いものの,重金属類の混入問題があるとも言われるが,pH 調整を上手くコントロールすることで回避できるとの報告がある(関戸ら 2008).食品廃棄物の焼却灰については情報が得られないが,下水汚泥焼却灰と同じと設定すると,生活系から排出されるリンのうち回収可能な量は,27,200 ~54,400 tP となる(図 3).下水の処理水過程でヒドロキシアパタイト(HAP),リン酸マグネシウムアンモニウム(MAP)としてのリン回収も行われている(水ing 2014).下水と下水汚泥焼却灰で 2 段階のリン回収をした場合のリンの収率は不明であり,技術開発が必要であろう.

鉄鉱石中にもリンが含まれ,日本国内で製鉄の過程で発生するスラグは 93,070 tP を含有する(Matsubae et al. 2011).実験室条件でのスラグからのリンの回収率は磁気分離法で 62%,キャピラリー分離で87%という値が提示されている(三木 2017).よって供給可能量は 57,703 ~ 80,971 tP となる(図 3.).

現在の食飼料生産にどれ程のリンが必要であるか,それをリン肥沃度と作物要求の面から追求した研究例は少ない(Mishima et al. 2017).食飼料生産でのリン利用率を 28.4% として(高橋・中野 2011),食飼料中のリン量(45,000 tP)から逆算すると 214,313 tP となる.下水,食品廃棄物,スラグから可能なリン回収量を合計すると 84,903 ~ 135,371 tP となり,家畜ふん尿のリン(107,200~ 192,000 tP)を加えると 192,103 ~ 327,371 tP となる(図 3).この潜在的リン供給可能量は必要量の 90 ~ 153%であり,国全体で見るとリン肥料はかなりの量を循環利用で賄える可能性があると考えられる.

リン再生利用に関する技術開発と社会実装の現状および問題点

先に記した様に,日本はリン鉱石や肥料原料としてリンを別枠で輸入することなく再生利用できる可能性がある.ただしそのためには技術開発とともに,コストなどを考慮した上で社会実装というハードルを越える必要がある.下水処理,食品廃棄物処理,製鉄といった産業において,技術と社会実装上考えられる問題として,以下のようなものが考えられる.

日本国内では循環型社会の一つの要素として下水からのリン回収は始められ,既に自治体直営 58 ヶ所,民間委託 835 ヶ所の処理場でおこなわれている(国土交通省 2018図 4).リン回収設備への投資が必要になるものの,下水道処理施設の運転経費が安くなったという報告は多い(国土交通省 2018).これは,配管に付着し流路を狭窄するリン酸由来のスケールを少なくすることで設備の運転期間を長期化できる,汚泥の脱水を良くすることで後の焼却にかかる費用を抑えられる,と言った理由による(工藤ら 2012).他方で流域下水道のような複数の自治体を跨がる場合にリン回収施設の導入には,初期の設備投資額が高くなるため,意思統一を行うことが問題になるとの声もある.また,下水処理施設の改修・更新時に費用がかさむことからリン回収を止める例もある(国土交通省 2018).下水汚泥焼却灰からのアルカリ抽出法によるリン回収に関しては,薬品として購入する水酸化ナトリウムの代わりにエッチングなどから発生する廃アルカリを用いる岩手方式(工藤ら 2012)では,設備投資の減価償却は可能であるという試算もされている.現在,回収したリン肥料と鉱石由来のリン肥料の価格はほぼ同等である.しかし本格的に新規参入するならば,回収リンの売価を現在のリン肥料原料の半額程度に抑えることが必要との声もある.国土交通省の進める下水道資源を有効利用する「BISTRO 下水道」,下水処理過程から得られる下水道資源を用いて生産した農作物である「じゅんかん育ち」と言ったイニシアチブ,ブランド化は進められており一定の市場は開かれている(国土交通省 2018).しかし,肥料原料として一般化するには価格を含めハードルがある.また,肥料のネーミングに下水・下水汚泥と言った廃棄物的な響きが入ることにより,肥料の品質には問題が無くても風評上問題になる.ここで副産リン酸のようにネガティブな印象を与えない区分との抗しがたい差別が発生していることも問題である.

食品廃棄物に関しては,地方自治体,廃棄物処理業者,食品関連事業者など様々な主体が肥料(主に堆肥)としての利用を行っている(環境省環境再生・資源循環局 2018).食品リサイクル法では食品循環資源の再生利用等の促進に関する基本方針を設定し目標も掲げている(農林水産省食料産業局 2017).2017 年において日本国内で発生した事業系の食品廃棄物 17,670,000 t は,70%が飼料化され,肥料化は 12% と報告されている.飼料としての再利用は家畜排せつ物としてのリン利用に繋がっていることから,飼料化する部分を減らして肥料化に仕向ける意義は低いかもしれない.国内で生活系の食品廃棄物についてみると,山形県長井市のレインボープラン(山形県長井市 2019)では,家庭生ごみの堆肥化とこの堆肥を使った農産物をブランド化している.インタビューを行ったところ,根源的な理由は不明であるが市民の意識の高さがレインボープランを生んだとの事である.またレインボープラン農作物の認証制度があり,市民が優先的に購入する対象になっており,生産者側からも食品廃棄物由来の堆肥の利用を希望していると言う.現状では国内で発生する食品廃棄物を含む多くの生活系の廃棄物は収集され,80%は焼却処分されている(環境省環境再生・資源循環局 2018).食品廃棄物の発生が多く見込まれる国内の人口密集地においては,食品廃棄物の分別収集がされるのであれば堆肥化,他の生活系廃棄物と共に焼却されるのであれば焼却灰からのリン回収を行うことでリンの回収・肥料利用につながると考えられる.

リンは極めて微量でも鉄を脆くする敵対元素であるため,高炉・転炉・脱リン炉においてスラグに徹底して排出することが良い鉄を作ることにつながる(長坂 2016).現在日本はリンの少ない高品位な鉄鉱石を使用している.しかし,今後は日本も埋蔵量が多くリンを多く含む低品位の鉄鉱石の利用に迫られることが予見されている(山末 2019).鉄鉱石の形態でより多くのリンを輸入することは,製鉄で発生するスラグからのリンの供給ポテンシャルが増えることを意味する.実用化における課題は,スラグからのリンの分離技術の開発はあくまでもスラグに含まれるリンをあまり含まず鉄を多く含む部分を鉄資源として再度使うことが主目的となっていることから,どういった日本国内の産業セクターがリンを多く含むスラグ残渣の処理を担っていくのかが,現時点では不透明な点である.

家畜ふん尿を循環利用するための技術と課題

家畜ふん尿の堆肥化は最も安価で現実的な利用を前提とした処理方法と考えられてきた.家畜ふん尿堆肥は土を肥やし作物の品質向上に役立つものの,重く嵩張り,散布する面積が広くなればマニュアスプレッダのような農業機械も必要になる.困難さはあってもある程度の面的広がりを持って,その地域内で堆肥を利用すること,次いで堆肥を受け入れる余裕のある周辺地域で利用してもらうことが必要となる.松本(2000)は,茨城県内でも偏在する家畜ふん尿堆肥の広域流通・利用に向けた課題を提示している.さらに広く家畜ふん尿堆肥の流通利用を行うために,どこにどれだけの堆肥が必要であるか,欲しい種類の堆肥を欲しいだけ調達できるか,といった情報を明らかにすることが必要となる.それを実現するネットワーク化の嚆矢には,1995 年から運用を開始した千葉県の「家畜ふん尿堆肥利用促進ナビゲーションシステム」が挙げられる(相川 2006).このシステムでは千葉県内での家畜ふん尿堆肥の分布からどこに堆肥を求めればよいかを知らせることで流通を促進するとともに,耕種農家にとって不確定要素であった堆肥中の成分分析を早くから行い,堆肥を利用した施肥設計法を提供している.当時はインターネットの黎明期であるが,現在に通じるこのようなネットワークシステムを構築したことは特筆すべきである.畜種別に家畜ふん尿堆肥の肥料成分を見ると,牛ふん尿由来ではカリウムが多く豚ふん尿・鶏ふん由来ではリンが多い(古谷 2005).こうした肥料成分のアンバランスを是正する方法として,化学肥料を堆肥に混合した混合堆肥複合肥料が 2014 年から肥料取締法の公定規格が改正により新設された(農林水産消費安全技術センター 2015).加えて低水分のペレットにすることで流通しやすくしたペレット堆肥も開発されている(水木ら 2016).

宮崎県では南国興産とみやざきバイオマスリサイクルにおいて県内で発生するブロイラーふん全量を,岩手県では県内の半数の肉用鶏を生産する「十文字チキンカンパニー」が自社で発生する肉用鶏ふんをサーマルリカバリーに仕向け,リンに富む焼却灰を肥料業者などに移出・輸出している(甲斐 2007, 薬師堂 2007).焼却灰中にはカルシウム分が多く強アルカリのため農業者が直接購入し継続的に農地に施用できる資材ではないが,これを解消する技術も南国興産で行われている(三島 2014).

家畜排せつ物法施行とともに堆肥化設備の整備がなされ,堆肥センターもまた多く設置され,流通の促進が可能な環境が整えられてきた.他方で会計検査院(2003)は 15 道県において事業計画通りに利用されているかどうか等を検査したところ,110 施設で効果が十分発揮できていないと公表した.また,飼養している家畜頭数から推定された堆肥化施設の規模自体が小さく見積もられてしまったために処理しきれない,運転自体をしていない,堆肥を十分に腐熟が出来ていない,といった調査研究も報告されている(谷川ら 2007村上・吉田 2009).加えて施設とそこに配備されている機材には耐用年数があり,早晩改修や再整備が必要となってくる.これらの課題にどう対処するかが供給側の問題である.バイオマス(ビジネス)タウンに指定された宮崎県小林市(2007,2015, 2016)では,堆肥センター強制通気発酵させた豚ぷんの堆肥化物を炭化し,炭の表面に析出するリンを多く含む部分(濃リン炭)を物理的に回収し,肥料資材として供給するシステムを導入している(図 56).このような設備を新設した理由は,宮崎県小林市では堆肥化設備の更新が滞ることを見込んでいるからである.

おわりに

食飼料生産にかかわる様々な情報の見える化(平栗ら 2016),スマート農業(渡邊 2018)を内包し,IoT やマーケットイン方式を指向する Agriculture 4.0(三輪ら 2016)は生産中心の考え方が基本となっており,風土とそれに適した作物・品種を用いることで如何に賢く食料を生産するか,生産性や品質のパレート改善を行うか,といった戦術に秀でた手法である.しかしその裏にどのような資源のサプライチェーンが存在しているか,そして生産後に何が残るか,といったことには考察が必要である.

従来からある日本型の 3R は,大量生産・大量消費に対応した大量リサイクル産業の勃興とこのサイクルを志向する社会を醸成するものでしかない,という批判もある(山本 2001岡田 2003).また,単純に現在のリサイクルシステムを稼働することは,農地を有機性廃棄物のゴミ箱にするのか,と言う批判につながる.

これまで国内での地域ブランド化・産地特産化と生産性向上の結果として国内的に畜産や特定の作物が偏在し(Mishima 2001),結果的に肥料投入と農地での余剰養分の大きなばらつきが発生することに至っている(Mishima et al. 2010).地域的な偏りを考慮しつつこれを均平にする方向で,全体として過剰養分を減らすと言う考え方(OECD 2000)は,大局的に資源の供給・循環をマクロに改善する方法の一つの解である.ここで県のような行政区会で過剰養分を減らす戦術として,ICT で情報が共有され容易に得られることと,これに IoT を連動させたロジスティクスは,肥料をはじめ様々な資源利用の効率化において有用なツールになると考える.家畜ふん尿堆肥のペレット化や堆肥と化学肥料の混合した混合堆肥複合肥料により肥料成分を補正した肥料は,輸送に適し耕種農家に使いやすい肥料資材である.しかし,県内で消費しきれない食品廃棄物・家畜ふん尿のような重く嵩張る物を,県を跨いでより広く流通させるには炭化・灰化が有利である.技術開発とともに,地域特性に適した様々な技術のインベントリを如何に組み合わせるかへと繋いで行くことが必要である.その計画と検証において,物量のバランスシートの作成とマテリアルフロー解析の実施が必要がある.

ありがたくも循環型社会という言葉は好意的に受け取られている.農地土壌の健全性を担保しながら物質循環を適正に行うという社会的なアクションを,民意として如何に醸成するか,民意を受けていかに実行するかが今後一層重要になるであろう.

脚注

「資源効率の良い欧州」は,欧州連合域内に入るバージン素材を出来る限り減らし循環利用することである.「クリティカル・ミネラル」は欧州連合域内で産出しないが産業のために必須な鉱物資源に重要度を順位付けして指定したものでありリン鉱石と黄リンが含まれている.「循環経済」は資源の 3R を内包して新規の資源消費を可能な限り少なくした循環型社会で資源消費と経済成長を切り離した経済概念である.

謝辞

本研究は農研機構生研支援センターイノベーション創出強化推進事業 28005A の一部として行われました.また,下水道・鉱工業等に関する情報は早稲田大学リンアトラス研究所と(社)リン循環産業振興機構の活動やセミナーでの発表を基としています.農業の現場に最も近い位置で北海道岩見沢農業高等学校での省リン栽培に関する研究は非常に貴重であり,土壌の健全性と共にリン資源を大切にすることを日本土壌肥料学会で身近に提供して頂けたことに深謝します.本稿作成においてコメント頂いた橋本知義領域長と阿部薫専門員に感謝いたします.

利益相反の有無

開示すべき利益相反はない.

引用文献
 
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