「みどりの食料システム戦略」に代表されるように,農業生産においても環境負荷の低減は世界的に重要な行動規範となった.ハダニ類は増殖が早く薬剤抵抗性も発達しやすい非常に管理が難しい害虫だが,果樹の生産においては,「天敵を主体としたハダニ防除」への取組が環境や生物多様性への影響という観点から病害虫防除全体を見直す良い入口となる.こうした背景を下に,果樹園にもとから生息する土着天敵と製品化された天敵製剤のダブルの天敵を合理的に活用するための“<w天>防除体系”が確立され,現在,リンゴ,オウトウ,ナシ,施設ブドウ,施設ミカンを中心に生産現場で普及が進められている.同体系のフレームワークは「天敵に配慮した薬剤の選択」「天敵にやさしい草生管理」「補完的な天敵製剤の利用」「協働的な殺ダニ剤の利用」の4つのステップから構成され,各樹種をはじめ,それぞれの地域や園の環境,栽培様式や管理方法にフィットした最適な形を探る技術と手順を提供する.体系導入の手引きにはマニュアルや標準作業手順書などが公開されている.今後,ハダニ問題の根本的解決とともに,環境と調和した果樹生産構築のきっかけになると期待される.
Environmental impact is now a key consideration in agricultural production, even in Japan, as exemplified in the Sustainable Food System Strategy “MIDORI”. Spider mites are a particularly challenging pest to control due to their rapid reproduction and ability to quickly develop resistance to various synthetic pesticides. In fruit production, focusing on the utilization of natural enemies to control spider mites is a good first step in reconsidering the entire pest management system in terms of its impact on the environment and biodiversity. Against this background, a new strategy has been established to rationally incorporate indigenous and/or commercial natural enemies for controlling spider mites in fruit orchards. This strategy is commonly referred to as “Double natural enemy” or “Dabuten" in Japanese abbreviation for “double tenteki (natural enemy)”, and systems based on this strategy are currently being promoted primarily for apples, cherries, Japanese pears, greenhouse grapes, and greenhouse satsuma mandarins. The framework of “Dabuten” consists of four steps: “selective use of less harmful pesticides to natural enemies,” “natural enemy-friendly undergrowth management,” “complemental use of commercial natural enemies,” and “cooperative use of acaricides”. It provides techniques and procedures for finding the optimal approach tailored to each tree species, as well as to the specific environmental conditions, cultivation styles, and management practices of each region or orchard. To assist with the practice of these systems based on “Dabuten”, a manual and standard operating procedures have been made available. This initiative is expected to serve as a catalyst for both fundamentally solving the spider mite problem and establishing environmentally friendly fruit production in the future.
今,「みどりの食料システム戦略」(農林水産省 2021)に代表されるように,日本の農業生産においても,環境や生物多様性への配慮という観点から病害虫防除の見直しが強く求められている.
ここで問題となるのは,アプローチ,「どう見直すか」だが,生物多様性や生態系サービスの指標としての長期的側面と当座の防除という短期的側面をあわせ持つ「天敵」の利用は,その良い指針となる.果樹においては,ハダニ防除の再構築が,まさにその機会となる.
様々な作物を加害するハダニ類は,非常に薬剤抵抗性を発達させやすく,果樹においても最も厄介な害虫の一つである.体長約0.5mmと微小で肉眼で確認しにくいことに加え,極めて高い増殖力を持つことから,防除はもっぱら化学合成殺ダニ剤(以下,「殺ダニ剤」と呼ぶ)に依存してきたが,上市されてから数年で効力を失う剤も珍しくないなど,長らく新剤開発に頼る状況が続いている.
しかしながら,今後もこうした均衡が維持されるという保証はない.化学農薬に対する規制も厳しさを増す中,新剤の上市速度は鈍りつつあり,抵抗性管理を考えればすでに十分な剤の確保が難しくなってきている.その一方で,昨今の顕著な温暖化は薬剤抵抗性の発達に拍車をかけかねない.気温の上昇はハダニ類の増殖を速め,長引く高温は発生期間を延ばす.
そこで期待されるのが,天敵を利用した防除である.現在も改良・開発が進められている現在進行形の技術だが,実用化という第一目標を達成し,普及活動も活発に進められている(草間,山中 2020).果樹のハダニ問題は,慣行防除による環境負荷の表出として,園の生物相の貧困化,農業生態系のバランスの崩れという側面を持つ.その根本的な解決策として,天敵の利用を模索する過程は,まさに生産性の維持と環境負荷低減の両立を探る過程に他ならない.
本稿では,<w天>防除体系として体系化された「天敵を主体とした果樹ハダニ防除」の基本,そして現状を概説し,果樹のハダニ防除における天敵利用の現在地を示したい.
体長約0.5mmの微小な害虫だが,増殖が速く,しばしば大発生に至る(図1 ).高温乾燥下で急増しやすく,梅雨明け以降の盛夏期,雨よけ栽培期間,施設栽培では特に発生動向に注意が必要となる.
果樹で問題となるのは主に6種(表1 )で,種によって防除対策も異なるため主要加害種の把握が重要となる.Tetranychus属のナミハダニTetranychus urticae(図2 )やカンザワハダニTetranychus kanzawaiがリンゴ,ナシ,オウトウ,モモ,ブドウなどで,Panonychus属のミカンハダニPanonychus citri(図2)やリンゴハダニPanonychus ulmiがそれぞれカンキツとリンゴで問題となる.その他,クワオオハダニPanonychus moriがナシやモモで,オウトウハダニAmphitetranychus viennensisがバラ科果樹で問題となることがある.Tetranychus属やAmphitetranychus属のハダニ類は,天敵等から身を守る不規則で立体的な網を作りながら,その中で増殖する.一方,Panonychus属のハダニ類は網を作らない(Saito 1985).
ハダニ類の特徴として薬剤抵抗性の発達が顕著であることが挙げられるが,果樹においてはナミハダニとミカンハダニの薬剤抵抗性が特に深刻である(刑部,上杉 2009,舟山 2018,増井ら 2018).
落葉による二次発芽が見られる.
カブリダニ類(図3)は,ハダニ密度が低いうちから活動がみられ,増殖もハダニ並みに速いなど,生産現場が求める低密度での防除でも効果を発揮することから,利用に関する研究も古くから精力的に行われてきた(Helle and Sabelis, eds. 1985,天野 1999).
世界中で2500種以上,また日本国内では90種以上のカブリダニ類が報告されているが(Demite et al. 2024,江原,後藤編 2009),これらは食性を中心とした生活様式の違いから4つのタイプ(TypeⅠ~Ⅳ)に大別することができる(McMurtry and Croft 1997).TypeⅠ,Ⅱに分類される種は,網を形成するTetranychus属のハダニ類を特に好んで捕食し,「ハダニスペシャリスト」と呼ばれる.これに対し,TypeⅢ,Ⅳに分類される種は,ハダニ類の他,フシダニ類,アザミウマ類などの微小昆虫類から花粉まで幅広く餌とし,「ジェネラリスト」と呼ばれる.
その餌利用特性から,ハダニスペシャリスト種は移動性が強く,ジェネラリスト種は定着性が強い傾向がある.こうした生活様式の違いから,ハダニ類の天敵としてもそれぞれが異なる特性を示す.
果樹園にも様々な土着天敵が生息し,園の生態系の一部を成す.カブリダニ類についても複数の種の発生がみられる(図4 ).
国内の果樹園で観察される主要種では,ニセラーゴカブリダニAmblyseius eharai,ミチノクカブリダニAmblyseius tsugawai,コウズケカブリダニEuseius sojaensis,およびフツウカブリダニTyphlodromus vulgarisがジェネラリスト(TypeⅢ,Ⅳ)に分類される.生息場所に対する選好がそれぞれで異なり,ニセラーゴカブリダニは樹上でも下草でも観察されるが,フツウカブリダニやコウズケカブリダニは樹上,ミチノクカブリダニは下草に多い.一方,ケナガカブリダニNeoseiulus womersleyiやミヤコカブリダニNeoseiulus californicusはハダニスペシャリスト(TypeⅡ)に分類される.いずれも,ナミハダニやカンザワハダニなどの立体的な網を張る種を特に好んで捕食し,それらハダニ類の動態を追った発生がみられる.
ハダニ類の密度抑制では,ジェネラリスト種とハダニスペシャリスト種が相互補完的に働くと考えられている.様々な餌を利用するジェネラリスト種は,ハダニ類がごく低密度な時から植物上に常駐し,侵入してくるハダニ類を捕食することで,それらの初期の定着を妨げる(図5 ,農研機構 2021a).ただし,ナミハダニやカンザワハダニに対しては,その立体的な網を苦手とし,増殖が進みコロニー化したような場所では十分な働きを期待できない.これに対し,ハダニスペシャリスト種は,立体的な網を全く苦にしない.一般にハダニスペシャリスト種の発生はハダニ類の発生に遅れる傾向にあるが,コロニー化が進むようなジェネラリスト種では手に追えなくなった場所に集まり,ハダニ密度を一気に下げる(図6 ,Kishimoto 2002).果樹園においても,特徴の異なる複数のカブリダニ種がそれぞれの特性に応じた役割を果たすことでハダニ類の密度抑制が実現される.
2007 年長崎県南島原市(旧口之津町)カンキツ園での調査事例.
1999 年茨城県ナシ園での調査事例.
果樹での登録には,立体的な網を張るナミハダニやカンザワハダニに対してハダニスペシャリスト種のミヤコカブリダニとチリカブリダニ,ミカンハダニに対してジェネラリスト種のスワルスキーカブリダニがある(表2 ).天敵としては,前者が探索型,後者が定着型の特性を有す.
ミヤコカブリダニとスワルスキーカブリダニの利用が多く,パックに小分けされた製品「バック製剤」が主に使用される.パック製剤は,カブリダニ類と一緒に餌とふすまが同封されており,内部でカブリダニが増殖しながら放出が進む徐放的特徴を有す.扱いやすさに加え,風雨や農薬散布の影響を受けにくいなどの長所がある.外的要因からの保護では,パック製剤をさらに外装するバンカーシート®と名付けられた箱状の資材をセットで提供する商品もある.バンカーシート®の外装により,雨や農薬散布はもとより,ネズミやナメクジなどの食害からも製剤を守る.また,製剤とともに中に入れる高分子吸水ポリマーの効果もあり,繁殖に適した温湿度条件を保持することができ,結果的にカブリダニ類の放出量が増加する(Shimoda et al. 2019).
果樹でのハダニ問題の根本的解決に向け,天敵利用の実用化を目標に,平成28年度から30年度にかけて「土着天敵と天敵製剤<w天敵>を用いた果樹の持続的ハダニ防除体系の確立」(平成28~29年度農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業,平成30年度農研機構生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」)(外山,岸本 2022)が実施された.同コンソーシアムには,農研機構,秋田県,山形県,千葉県,島根県,佐賀県,石原産業(株)/石原バイオサイエンス(株),大協技研工業(株),宇都宮大学が参画し,全国農業協同組合や全国の公設試験場の支援を受けながら,9作目29都府県で実証試験が実施された.
同プロジェクトで確立された管理戦略や体系構築のノウハウ,モデル体系は,一般呼称として,“<w天>防除体系”(だぶてんぼうじょたいけい)と名付けられた.<w天>防除体系は,化学農薬依存に代わる戦略的なハダニ管理として,「豊かな土着天敵相をベースに,足りない部分を天敵製剤で重点的にカバー,そして殺ダニ剤で防除効果を安定化」することを提案する.
同体系のフレームワークは以下の4つのステップにより構成される.
「天敵を主体としたハダニ防除体系」の検討は,まずカブリダニ類をはじめとする土着天敵が十分に活躍できるよう園内環境を整えることから始まる.とりわけ,各種病害虫の防除では,カブリダニ類に対する農薬の影響に配慮が必要となる.
各種農薬の影響については,感受性試験結果に基づく評価がリストで公開されている(農研機構 2021a,2021b,2021c,2021d,2022,2024).リストに掲載がない薬剤については,作用機構に基づき分類されたIRAC(Insecticide Resistance Action Committee)コードやFRAC(Fungicide Resistance Action Committee)コードが参考になる(クロップライフジャパン 2024).同じコードに属す剤は概ね同様な影響を示す.
傾向としては,殺虫剤では,有機リン系殺虫剤や合成ピレスロイド系殺虫剤,スピノシン系殺虫剤がカブリダニ類に悪影響が大きい.これに対し,選択性殺虫剤のIGR剤,ジアミド剤,BT剤は悪影響が小さい.ネオニコチノイド系殺虫剤は種類により各種カブリダニに対する影響が異なるが,ジノテフランやチアクロプリドはいずれの種に対しても比較的悪影響が小さい.殺菌剤については,その多くが天敵との併用に問題はないが,無機・有機硫黄系殺菌剤,ベンゾイミダゾール系殺菌剤の悪影響が大きく,使用には注意が必要となる.
見直しにあたっては,悪影響が小さい剤の選択を中心に,交信撹乱や多目的防災網などの化学農薬に代わる技術(耕種的防除法,物理的防除法,生物的防除法)も積極的に取り入れる.ハダニ防除の要所,つまりそれぞれの時期のハダニ多発生リスクと防除上の重要度を明確にし,薬剤の選択にもメリハリをつけることも病害虫防除全体のバランスを考える上で重要となる.
具体的には,チョウ目害虫に対しては,IGR剤,ジアミド剤やBT剤,合成性フェロモンを利用した交信攪乱剤により防除体系を組み立てる.カイガラムシ類に対しては,冬~早春期のマシン油乳剤,およびIGR剤(ブプロフェジン),スルホキサフロル剤,ネオニコチノイド剤の中でもカブリダニ類に影響が少ないジノテフラン剤で対処する.カメムシ類,コガネムシ類,カミキリムシ類に対しても,ネオニコチノイド剤のうち,ジノテフラン剤やチアクロプリド剤から検討する.カメムシ類については多目的防災網も有効である.アブラムシ類やカスミカメ類にはフロニカミド剤も選択肢となる.アザミウマ類の対策では,ピリフルキナゾン剤,フロメトキン剤やジノテフラン剤を優先する.オウトウショウジョウバエ対策では,IBR剤,ジアミド剤,およびジノテフラン剤で防除体系を組み立てる.その他ダニ類では,チャノホコリダニにはキノキサリン剤,アセキノシル剤,またはシエノピラフェン剤が有効である.一方,ニセナシサビダニの防除では,カブリダニ類に悪影響がある化学農薬以外に選択肢がない.このため,ナシでは防除期の発芽時期から6月上旬くらいまで,カブリダニ類に対する防除の影響を考慮に入れる必要がある.
2.天敵にやさしい草生管理果樹園の下草は,カブリダニ類にとって生息場所や薬剤散布時の避難場所,餌である花粉の供給源になるなど,その保全に重要な役割を果たす.また,微小で移動能力が小さい生き物にとって,下草除草は行為自体が劇的な環境撹乱となることから,天敵保全の観点からは,除草を控え出来るだけ下草を残すことが望ましい.野菜などの一年生作物では,天敵保全にインセクタリープランツなどの導入も進められているが,栽培面積の広い果樹では,自然草生が技術の中心となる.具体的な管理手法としては,「高刈り」や「株元草生」(図7 )などが提案されている.
高刈りは,草刈機の刈高を高く設定する方法である(岸本ら 2020).除草による撹乱を緩和し,下草に生息するジェネラリストカブリダニ類の密度低下を抑える.図8 は,一般的な刈り込み高の10 mm,40 mmで除草した場合と80 mmで除草した場合でカブリダニ密度を比較したものである.80 mmという高さは,あくまで使用した除草機械の最高値にすぎないが,管理方法やスケジュールはそのままに刈る高さを少し高くするだけでも天敵保全に有効であることを示している.
株元草生は,樹の周りだけ除草を控え下草を残す方法である(中井ら 2022).もともと株元は機械での除草が困難で,あらためて除草剤が散布されることも多い(「部分草生」と呼ばれる管理).ならば刈りにくいところはそのまま残そうという,減農薬,省力の観点からも評価される手法である.刈り残す範囲としては株周り半径50 cm程度が一つの目安とされるが,小さなカブリダニ類にしてみれば,これだけでも保全に一定の効果がある.また除草に伴って起こるとされるハダニ類の樹上への移動を抑える緩衝帯としての働きも期待できる.
省力の観点からは,ロボット草刈り機の普及もみられる.今後,機種の改良も進み,ますます利用が広がると考えられるが,植生の変化や頻繁な刈り込みの影響など,天敵類の保全に対する影響や効果については今後の評価が必要である.
2018 年岩手県盛岡市での試験事例.草刈り直前に各刈り高区のシロツメクサ群落3 カ所を掃除機で1 分間吸引(草刈り実施日:5 月29 日,7月6 日,8 月6 日,9 月11 日).
潜在的に土着天敵の密度が高い環境では,1,2のステップにより土着カブリダニ類の働きを最大限に引き出すことで,十分な防除効果が期待できる.しかしながら,土着天敵の生息が限られる施設栽培では,それらを土台とする防除は難しい.また露地栽培でも,環境や時期,雨除けやマルチングなど栽培管理上の制約,他の病害虫防除に悪影響の大きい薬剤を使わざるを得ない場合もあるなど,カブリダニ類の発生が限られる状況も間々ある.
こうした土着カブリダニ類によるハダニ防除効果が十分に見込めない,あるいは不安定な場合には,市販のカブリダニ製剤の「補完的な利用」を検討する(図9 ).
ミヤコカブリダニ製剤は,ナミハダニ,カンザワハダニに有効である.樹種では,オウトウ,ナシ,施設ブドウなどが対象となる.ハダニ類の急増を抑えることを目標とし,ハダニ密度が低いうちに放飼する.
スワルスキーカブリダニ製剤はミカンハダニに有効である.樹種ではミカンを始めとする施設カンキツが対象となる.本剤もハダニ密度が低い状態で設置する.すでに密度が高い場合には,設置前に殺ダニ剤で密度を下げる必要がある.
供給を輸入に頼る現状では発注から入手までに時間を要するため,ハダニ類の発生に応じた臨機応変な放飼は難しく,基本的に予め決めたスケジュールに従って放飼する.パック製剤の場合,樹全体への拡散にかかる時間に加え,設置からカブリダニのパックからの放出までに要する時間も考慮に入れた計画が必要となる.また,放飼時期の検討においては,なるべく長く効果を期待したいところだが,効率を考えれば最も放飼密度が高くなる時期を最も重要な時期にあわせることが必要である.
殺ダニ剤の即効性や安定性は,天敵を主体とした防除体系においても有用である.ハダニ多発年や多発環境において,天敵類の足りない部分を補うという観点で効果的・効率的な使用を考える.
殺ダニ剤と天敵の併用には相互補完的な作用が期待できる.殺ダニ剤は,天敵だけでは抑制が追いつかないハダニ優勢の状況で力を発揮する.一方,天敵は,殺ダニ剤で問題となる散布ムラや抵抗性による残存個体の一掃に力を発揮する.具体的には,カブリダニ類は餌のハダニ類に遅れて増えるため,ハダニ類の増殖が速い状況や,既に多発した状況では捕食・繁殖が追いつかず,ハダニ類の密度抑制効果が不安定になる場合がある.こうした時に,殺ダニ剤を併用することで安定した防除効果を得ることができる.
殺ダニ剤の使い方を用途と使用場面で大別すると,カブリダニ製剤を放飼する前にハダニ類の先行的な増殖を抑える放飼前防除,ハダニ類の急増が予測される時期にスケジュール的に散布する補完防除,ハダニ密度が一定の目安を超えた場合に天敵を保護しつつ実施するレスキュー防除,ハダニ類の一掃を最優先の目標とするリセット防除がある.リセット防除を除き,カブリダニへの影響が小さい剤(表3 )を使用することで,天敵との協働を図る.
5.手引き体系の導入にあたっては,各ステップの検討を通じ,樹種はもとより,それぞれの地域や園の環境,栽培様式や管理方法にフィットした最適な形を築く.その手引きとして,農研機構から「天敵を主体とした果樹のハダニ類防除体系標準作業手順書」5編(基礎・資料編,リンゴ編,オウトウ編,ナシ編,施設編)が公開されている(農研機構 2021a,2021b,2021c,2022,2024).病害虫の専門家のみならず,生産現場でも使える内容になっている.
一方、「新・果樹のハダニ防除マニュアル-天敵が主役の防除体系-【第三版】」(農研機構 2021d)は,病害虫防除の専門家向けで,ポイントがコンパクトにまとめられている.
また,露地ミカンでの天敵利用については,「土着天敵を活用する害虫管理 最新技術集(2016年版)」(農研機構 2016)がある.
ハダニ問題が深刻な5つの樹種,リンゴ,オウトウ,ナシ,施設ブドウ,施設ミカンで<w天>防除体系のモデルが作られ,改良しながら普及が進められている.各ステップとその体系化は樹種ごとの病害虫発生状況や栽培様式の違いに応じてアレンジされ,樹種ごとに土着天敵と天敵製剤の利用度合いも異なる.それぞれの樹種での体系の特徴と状況について以下に概説する.
1.リンゴリンゴ園にはカブリダニ類をはじめとする多様な土着天敵が生息し,それらの保全を進めることにより,シーズンを通してハダニ類の多発生を十分に抑制することができる.
病害虫防除の見直しでは,ハダニ類以外に,チョウ目害虫(ハマキムシ類,モモシンクイガ,キンモンホソガ),カイガラムシ類,アブラムシ類,カメムシ類の対策に検討が必要である.
下草管理では,除草による撹乱をなるべく小さくしたいが,冷涼なリンゴ産地では,定期的な草刈りによりシロクローバーの優占を促すことができる.シロクローバーは匍匐性が強く草丈も高くならないため,イネ科などの雑草に比べ管理がしやすい.維持管理では,刈り込み過ぎない高刈りが有効で,カブリダニ類の温存に効果が認められる.こうしたマイルドな草生管理は,比較的導入しやすいこともあり,生産現場での理解や普及も進んでいる.
ハダニ類で問題となるのは,ナミハダニとリンゴハダニである.特に,ナミハダニは薬剤抵抗性が発達しやすく防除が難しい.いずれも高温乾燥下で増えやすく,梅雨が明ける頃から多発しやすくなる.この時期にハダニ類の急増が見られる場合は,土着カブリダニ類の働きをサポートするレスキュー防除を実施する.また,秋はカブリダニ類が休眠に入り密度抑制能力が低下するため,ハダニ密度が高い場合は殺ダニ剤によって越冬密度を低下させる.また,リンゴハダニは樹上で卵越冬するため,早春期のマシン油乳剤散布が有効である.これらの防除によって冬~早春期のハダニ密度を下げておくと夏以降の管理がしやすくなる.保全が進み安定して土着カブリダニ類が発生するようになると,殺ダニ剤散布回数のさらなる削減が可能となる.
体系構築事例として,秋田県が作成したモデル体系がある(農林水産省 2021,農研機構 2021c).
2.オウトウオウトウ栽培では,果実肥大期の雨除け被覆と着色促進用の反射シートを敷設する.そのため,高温・乾燥になりやすく,下草もなくなることから,土着カブリダニ類を補完するミヤコカブリダニ製剤の利用が必要となる.
病害虫防除の見直しでは,ハダニ類以外に,ウメシロカイガラムシ,オウトウショウジョウバエ,ミダレカクモンハマキ,コアオカスミカメ,コスカシバについて検討が必要である.
果実着色期には地表に反射シートが敷設されるが,土着天敵類の保全にはシーズンを通した下草管理も重要となる.シート除去後の管理として,刈りすぎに注意し,株元を中心に適度に下草を残す自然草生が推奨されている.
ハダニ類では,薬剤抵抗性が発達しやすいナミハダニが問題となる.雨除けを被覆する頃から,気温の上昇とともに増加しやすくなり,夏から秋にかけ多発しやすい状態が続く.カブリダニ製剤の設置は,雨除け被覆前の5月中旬から下旬頃が目安とされる.気温の上昇や乾燥によりハダニ類の増殖が製剤の抑制効果に勝る場合は,カブリダニ類に影響が小さい殺ダニ剤でレスキュー防除をする.気門封鎖剤は薬剤抵抗性が発達しにくく残留農薬のリスクが低い一方で,果実に薬害が出る懸念があるため使用時期には注意が必要となる.
収穫後の管理としては,夏のハダニ類の増殖を放置しないことが重要とされる.シート除去後は土着カブリダニ類の働きも期待できるが,最盛期には天敵だけでは抑制できないことも多いことから,多発時は殺ダニ剤も利用する.
体系構築事例として,山形県が作成したモデル体系がある(農林水産省 2021,農研機構 2024).
3.ナシ露地栽培におけるハダニ防除では,土着カブリダニ類の保全が土台となる.ナミハダニの薬剤抵抗性が発達している地域や,都市近郊など住宅地が近く農薬のドリフトが問題となる地域など,殺ダニ剤によるレスキュー防除が困難な場合は,カブリダニ製剤も利用されている.
病害虫防除の見直しでは,ハダニ類以外の主要害虫に,カイガラムシ類(コナカイガラムシ類,ナシマルカイガラムシ),チョウ目害虫(ハマキムシ類,シンクイムシ類),カメムシ類,ニセナシサビダニ,チャノキイロアザミウマ,アブラムシ類が挙げられる.
下草管理も重要である.草が刈りにくい株周りには除草剤が散布されることも多かったが,作業の邪魔にならない限り,そのまま草を残す株元草生が提案されている.天敵の温存に加え,除草による撹乱効果が直接樹上に及ぶことを緩和する緩衝帯としての効果も期待できる.省力という側面もあり,生産現場にも浸透しつつある.
ハダニ類で主に問題となるのは,ナミハダニとカンザワハダニである.いずれも高温乾燥条件下で増えやすく,梅雨空け近くから多発しやすくなる.この時期は,ニセナシサビダニ防除の影響が残り,土着カブリダニ類密度が低い場合もあるため,カブリダニ製剤や殺ダニ剤の使用も検討し,ハダニ類の急増を防ぐ.その後は,秋にもハダニ類が増加しやすくなるが,土着カブリダニ類の発生も増えるので,状況を見ながら殺ダニ剤の要否を判断する.
体系構築事例として,千葉県が作成したモデル体系が公開されている(農林水産省 2021,農研機構 2021b).なお,施設栽培では,露地よりも高温乾燥条件になりやすく,よりハダニ類も発生しやすく管理も難しくなる.土着カブリダニの発生も限られるため,カブリダニ製剤の活用について試験が行われている.
4.施設ブドウ施設栽培では高温乾燥からハダニ類の増殖に好適な条件となりやすい.また,露地栽培に比べて土着天敵の働きが制限されるため,ミヤコカブリダニ製剤の活用が体系の中心となる.
病害虫防除の見直しでは,ハダニ類以外の主要害虫として,チャノキイロアザミウマ,コナカイガラムシ類,ハマキムシ類,コガネムシ類,ブドウトラカミキリの検討が必要となる.また,ハスモンヨトウが問題となることもある.
ハダニ類では,ナミハダニとカンザワハダニが発生する.特に,ナミハダニは殺ダニ剤への抵抗性が発達しやすく管理が難しい.いずれの種も高温乾燥条件になりやすいジベレリン(GA)後期処理前頃から増えやすくなる.天井ビニルを周年被覆している場合,多くの個体が施設内で越冬するため,展葉初期から被害がみられる場合もある.ミヤコカブリダニ製剤は,GA前期処理の時期を目安に設置する.設置に先んじてハダニ類の発生が見られる場合は,天敵製剤の効果が出るまでの時間を考慮して,殺ダニ剤を散布する.製剤で十分に抑制が効かない場合は,カブリダニ類に影響が小さい殺ダニ剤でレスキュー防除する.なお,無袋栽培では,果実汚損の影響も考慮して殺ダニ剤を選択する.
施設内で特にも草生管理をしている園では土着カブリダニ類の発生が見られる.これらの生息は,ハダニ類が多発しにくい環境作りに貢献すると考えられ,定着促進に下草の維持が提案されている.
島根県が普通加温デラウェア用として作成したモデル体系が公開されている(農林水産省 2021,農研機構 2022).また,ハダニ類の発生が多いシャインマスカットで,体系の開発・普及が進められている.
5.施設ミカン施設栽培環境で降雨の影響がなく高温乾燥となることに加えて,加温する場合,開花~果実生育期は冬~早春期となるため土着天敵の働きをほとんど期待出来ない.このため,スワルスキーカブリダニ製剤の活用が体系の中心となる.
病害虫防除の見直しでは,ハダニ類以外の主要害虫として,コナカイガラムシ類,アザミウマ類,チャノホコリダニについて検討が必要である.
問題となるハダニ種は,ミカンハダニである.ミカンハダニは休眠することなく一年を通じて繁殖を続けるため,長い期間での防除が必要となる.特に,高温乾燥条件になる栽培中期から後期にかけた水切り期に増えやすくなる.製剤の設置は,水切り期1か月前(満開3週間後)を目安とする.水切り期の乾燥条件下で,製剤だけではハダニ類の増殖を抑えきれない場合には,殺ダニ剤によるレスキュー防除を検討する.
土着カブリダニ類の発生が散発的に見られる場合もあるが,施設ミカンでは,剪定後からビニル被覆までの期間,徹底した病害虫防除が実施されること,水切り期に乾燥しやすいことから,安定した密度維持が難しい.このため,現状では土着カブリダニ類の活用は難しいが,定着促進のための草生管理についても研究が行われている.
体系構築事例として,佐賀県上場営農センターが作成したモデル体系がある(農林水産省 2021,農研機構 2022).施設ミカンのミカンハダニは薬剤抵抗性発達が深刻で,有効な殺ダニ剤が限られることから,主産地での普及が進められている.他のカンキツでは,作期が短いスダチでの普及がみられる他,作期が長いデコポンなどでも,放飼期間の延長や定着性の改善などについて研究が続けられている.
繰り返しになるが,果樹のハダニ防除における天敵利用は,現在進行形の技術である.広く一般生産者への普及を考えれば,取り組むべき課題も少なくない.国産カブリダニ製剤の開発もその一つである.現状はほとんど全てを輸入に頼るが,利用にあたっては経費や利便性に大きな制約がある.今後の技術の発展性も含め,国産製剤に対する期待は大きい.在来種・在来系統を使った国内ニーズに即した製剤の開発が望まれる.
土着天敵の保全技術については,安定化,強化という点で課題が残る.そもそも,そこにいる土着天敵の動態や維持メカニズムに関する知見が不足している.これら自然個体群の生態解明は,保全のみならず,製剤の利用についても定着や維持の促進に有用である.微小な対象を追うのは困難が大きいが,調査手法も含め,今後の研究の進展に期待したい.
施設での天敵利用では,湿度管理が課題となる.カブリダニ類は総じて乾燥に弱く,乾燥は施設で天敵利用が失敗する主な原因の一つとなる.高湿を避けたい病害防除や,水切りによる品質管理と矛盾しない,総合的温湿度管理技術の開発が求められる.
また,生産者にとって,病害虫防除はやらずに済むならやりたくない作業である.こうした中で広く使ってもらうためには,支援技術の開発も重要である.「総合的病害虫・雑草管理(IPM)」は,多様な個々のケースに対する最適化を目標とするが,実行はそれほど容易ではない.果樹のハダニ防除でも,体系の構築や精度の高いモニタリングには相応の専門知識と労力的負担を要する.体制構築や,経験の共有はもとより,先端デジタル技術の活用など新たな展開が期待される.
温暖化の影響についても記しておきたい.近年は,栽培期間中の高温傾向が顕著な年が増えており,ハダニ類の発生消長についても,急増時期が早まる,秋の発生期間の延伸などの変化が見られる.またそれに伴い年次変動も大きくなると予想される.当然ながら影響はハダニ類に限らず,病害虫管理はますます複雑さと難しさを増すだろう.これまでの知見をベースにしながらも,想像を越える変化に,柔軟に,そして迅速に対応できるよう備えたい.
本来ハダニ類には多くの天敵が存在する.生産環境におけるハダニ類の多発生は,これら天敵相の脆弱化による機能不全に起因するところが大きい.ハダニ問題の根本的解決とは,病害虫防除の環境への影響を見直し,こうした生態系サービスとも呼ばれる自然の機能を回復(施設栽培であれば創出)する過程に他ならない.眼前のハダニ問題への取組が,自然との調和をベースにした果樹生産構築のきっかけになることを願いたい.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.