「そらひびき」は,豆腐等に適した加工適性と米国品種の多収性を併せ持つ品種の育成を目標に,2024年に育成された品種である.2012年春季に農研機構作物研究所(現 作物研究部門)において,西日本地域の主力品種「サチユタカ」を種子親,米国の多収品種「LD00-3309」を花粉親とした人工交配を行い,F2以降は農研機構東北農業研究センターで選抜・固定を図り,2024年1月に品種登録出願を行った.秋田県大仙市で実施した生産力検定試験の結果から,「そらひびき」は耐倒伏性に優れ,多収性を有していた.また形態特性として,花の色は“紫”,毛じ色は“白”,熟莢の色の濃淡は“中”,難裂莢性で,子実の形質において子実の大きさは“中”,種皮の地色は“黄白”,へその色は“黄”である.粗タンパク質含有率は「リュウホウ」と同程度で,豆腐加工に適する.栽培適地は南東北・北陸地域で,同地域での大幅な生産性向上が期待される.
‘Sorahibiki’ is a new soybean [Glycine max (L.) Merr.] cultivar that originated from the cross between ‘Sachiyutaka,’ a widely grown cultivar in the Western Japan region, and ‘LD00-3309,’ a high-yielding cultivar in the United States. The cross was made in 2012 at the Institute of Crop Science, National Agriculture and Food Research Organization (NARO) to produce a high-yield cultivar and ensure its suitability for tofu processing. This cultivar was developed from the F2 generation by the Tohoku Agricultural Research Center, NARO, and released in 2024. Trial cultivation tests were conducted in Daisen, Akita (latitude 39° 32’ N, longitude 140° 22’ E), and they showed that ‘Sorahibiki’ has lodging resistance and high yield characteristics. ‘Sorahibiki’ has purple flowers, gray pubescence, brown pods at maturity, and pod dehiscence resistance. The seed traits are medium-sized and yellowish-white with yellow hila. This cultivar is suitable for tofu processing because the protein content is the same as that of ‘Ryuho,’ which is a widely grown cultivar in the Tohoku region. ‘Sorahibiki’ is expected to have high productivity and adaptability in the southern Tohoku and Hokuriku regions.
2019年における日本のダイズ生産量は21.7万トンであるが,2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」において,2030年のダイズ生産努力目標は34万トンに設定されており,これを達成するためには作付面積の拡大や単収の向上が求められる.しかしながら我が国における2013年から2022年までの10年間の平均単収は161 kg/10aであり世界平均の約6割にとどまっていることから(FAO 2024),品種の収量ポテンシャルを高めて単収を大きく向上させることが喫緊の課題である.一方,ダイズ生産主要国である米国では2013年から2022年までの平均単収は330 kg/10aで(FAO 2024),日本の約2倍の高単収を達成していることから,米国の多収品種を導入することで日本のダイズ生産量向上に大きく寄与することが期待される.しかし米国品種は主に搾油用に育成されているため,国産ダイズの主用途である豆腐の加工適性に影響するタンパク質含有率が一般的に低い傾向があることから(平 1983),米国の多収品種を国内に導入することは難しい.従って,高タンパク質で豆腐加工適性の高い日本品種と多収性を持つ米国品種を交配し,両品種の優れた特性を持ち合わせた品種の育成が望まれる.近年,農研機構作物研究部門では米国多収品種を交配親に用いることで多収性を付与した品種の育成が行われた.「作系76号」(後の「フクユタカA1号」)を種子親,米国多収品種「UA4805」を花粉親とする交配組合せから育成された関東から九州地域向けの「そらみずき」は,豆腐加工に適し,その単収は現地実証試験における機械刈りにおいて標準品種の約150%を達成したことから,本品種導入対象地域の単収向上が期待されている(加藤ら 2023).
東北・北陸地域は日本のダイズ作付面積の約3割を占める主要産地であり,これらの地域に多収品種を導入することで国内のダイズ生産量向上が期待される.また近年の国際情勢の不安定化等に伴う食料安全保障上のリスクの高まりによりダイズの国際価格が高騰していることから,単収が向上することで国産ダイズの安定供給が期待されるとともに,低迷している自給率の改善にも寄与する.しかしながら,南東北・北陸地域向けの多収品種はまだ育成されていない.そこで,高タンパク質で豆腐等への加工適性の高い日本品種「サチユタカ」と米国多収品種「LD00-3309」を交配し,南東北・北陸地域に適した多収で耐倒伏性等の機械収穫適性を有し,豆腐等の食品加工適性の高い品種「そらひびき」を2024年に育成した.本稿では,本品種の来歴,育成経過,特性等について報告する.
「そらひびき」は,2012年春季に農研機構作物研究所 畑作物研究領域 大豆育種研究分野(現 農研機構作物研究部門 畑作物先端育種研究領域 畑作物先端育種グループ)において,西日本地域の主力品種「サチユタカ」を種子親とし,米国の多収品種「LD00-3309」を花粉親とした人工交配を行い,以後,農研機構東北農業研究センター 水田作研究領域 大豆育種グループ(現 農研機構東北農業研究センター 水田輪作研究領域水田 作物品種グループ)で選抜・固定を図り育成した品種である(図1).2012年夏季にF1個体を農研機構作物研究所で養成後,農研機構東北農業研究センターに育成場所を移し,F2からF4まで集団育種法により世代を進め,2016年にF4集団から個体選抜を行って,以後,系統育種法により選抜・固定を進めた.2019年から「刈系1044号」として生産力検定予備試験,系統適応性検定試験等に供試し,多収性を有することが明らかになったため,2022年に「東北194号」の地方番号を付し,以後,生産力検定試験および奨励品種決定調査等に供試するとともに,病虫害抵抗性を評価する特性検定試験および加工適性評価試験に供試した(表1).また2023年に,主要な形質について系統間および個体間の変異を調査し,実用的に支障がない程度に固定していることを確認した(表2).2023年にF11世代で育成を完了し,本系統の南東北・北陸地域での普及を図るため,2024年1月に「そらひびき」の名称で品種登録出願を行った.なお,「そらひびき」(英語表記:Sorahibiki)(漢字表記:空美響)の品種名は,倒れずに「空」を向いて育った茎に多くの莢が実ってカラカラと揺れる音が「響き」渡る様子をイメージして命名した.
「そらひびき」の形態的特性(表3),生態的特性(表4)および品質特性(表5)は,普及見込み地域の南東北・北陸地域で栽培されている主力品種の「エンレイ」(御子柴ら 1974)および「里のほほえみ」(菊池ら 2011)を比較品種として,農林水産植物種類別審査基準(ダイズ)(農林水産省 2018)に従い,主に特性検定試験並びに育成地における生産力検定試験の成績に基づいて分類した.
注1)農林水産植物種類別審査基準(2018年10月)による.原則として育成地での観察・調査に基づいて分類した.
注2)下線は当該形質について標準品種になっていることを示す.
注3)「エンレイ」の既往の評価では種皮の地色は“黄”だが,育成地での評価では“黄白”の評価となった.
注1)農林水産植物種類別審査基準(2018年10月)による.原則として育成地での観察・調査に基づいて分類した.
注2)下線は当該形質について標準品種になっていることを示す.( )は既往の評価.
注3)「里のほほえみ」の既往の評価では莢の数は“少”だが,育成地での評価では“やや少”の評価となった.
注4)感受性で(M)はモザイク症状,(N)はネクロシス症状を示す.
注1)農林水産植物種類別審査基準(2018年10月)による.原則として育成地での観察・調査に基づいて分類した.
注2)下線は当該形質について標準品種になっていることを示す.
「そらひびき」の胚軸のアントシアニン着色の有無は“有”,その強弱は“中”である.伸育型は“有限”,分枝の数は“中”で,草姿は“直立~斜上”である(表3,写真1).茎の毛じの色は“白”,茎の長さは“やや短”,茎の節数は“やや少”である.葉の表面の凹凸の強弱は“弱”,側小葉の形は“鋭先卵形”,その大きさは“中”,小葉の数は“3枚葉”である.葉の緑色の濃淡は“中”,花の色は“紫”,熟莢の色の濃淡は“中”である.子実の大きさは「エンレイ」,「里のほほえみ」より小さく(表6)“中”,子実の形は「幅/長さ」および「厚さ/幅」比から“偏楕円体”に分類される(表7).種皮の色数は“1色”,その地色は“黄白”,へその色は“黄”,胎座残の色は“種皮と同じ”で,子実の子葉の色は“黄”である(写真2).
左:里のほほえみ,中央:そらひびき,右:エンレイ.
注1)2022年~2023年の2カ年平均.育成地の各試験50粒を1反復調査した.
注2)粒形の分類基準;“球”:幅/長さが0.85以上で厚さ/幅が0.85以上,“偏球”:幅/長さが0.85以上で厚さ/幅が0.84以下,“楕円体”:幅/長さが0.84 以下で厚さ/幅が0.85以上,“偏楕円体”:幅/長さが0.84以下で厚さ/幅が0.84以下.
注3)下線は当該形質について標準品種になっていることを示す.
左:里のほほえみ,中央:そらひびき,右:エンレイ.
「そらひびき」の開花始期は“中”,成熟期は“中”,生態型は“中間型”で,いずれも「エンレイ」と同じである(表4).最下着莢節位の高さは “やや低”,裂莢の難易は“難”,莢の数は“やや多”である.ダイズモザイクウイルスのA,A2,B,C,DおよびE病原系統に対して“感受性(モザイク)”である.ダイズシストセンチュウ(レース3)抵抗性は“弱”である.
3.品質特性種皮のパーオキシダーゼによる着色の有無は“無”,7Sタンパク質サブユニットの有無は“全有”,11Sタンパク質サブユニットの有無は“Ⅱa欠”,リポキシゲナーゼアイソザイムの有無は“全有”である(表5).子実の外観品質は“中の下”である.育成地における生産力検定試験結果から,「そらひびき」の粗タンパク質含有率は42~44%程度と「リュウホウ」や「タチナガハ」並みであることから,“やや低”に分類される(表8).粗脂肪含有率は20~21%程度と「里のほほえみ」や「スズユタカ」並みである.また,全糖含有率は20~21%程度で他の品種より低い傾向があり,普通畑晩播では「エンレイ」および「里のほほえみ」より1ポイント程度低い.
注1)2022年~2023年の2カ年平均.育成地産を各3反復調査した.
注2)分析は近赤外分光分析法による無水分中の含有率.窒素タンパク質換算係数は6.25.
注3)下線は当該形質について標準品種になっていることを示す.
第三者検査機関において2021年育成地産と2022年石川県現地実証試験産の生産物を用いた豆腐加工適性試験を実施した(表9).その結果,標準品種の「フクユタカ」と比較して豆乳においては抽出率が1ポイント程度低いが,色調(色差L値)や粘度に大差はなかった.豆腐のpHは同等で破断強度は同等かやや低く,官能試験では食感が軟らかい傾向があるとされたが外観,甘み,こく,不快味,おいしさを含め有意な差が認められず,「そらひびき」の豆腐加工適性は概ね「フクユタカ」並みであった.また,A社で2022年石川県現地実証試験産の生産物を用いて試験を行った結果,豆乳は「すっきりとした甘みがあり,雑味や青臭みが少ない」という評価が得られた.豆腐は凝固剤量を増減させても安定して凝固し,すっきりとした味わいで青臭みもなく,粘性や弾性等の力学特性を定量化するレオメーターの数値(相対値)はボイル後では「フクユタカ」より少し低めを示したが,「官能的には軟らかすぎることはなく,良い食感に仕上がる」といった,良好な評価が得られた(表10).さらにB社では,「里のほほえみ」と比較して豆乳の糖度や粘度は同等で,豆腐も「しっかりとした硬さと弾力があり食味も良い」といった,良好な官能評価が得られた(表11).
注1)第三者検定機関の標準品の「フクユタカ」を基準とした.
注2)豆腐官能試験の判定の「0」は,信頼区間に0を含むため5%水準で有意差がないことを示す.
注3)2021年産は育成地転換畑(秋田県大仙市),2022年産は現地実証試験転換畑圃場(石川県白山市)の「そらひびき」を用いた.
注4)ケルダール法による.窒素タンパク質換算係数は6.25.粗タンパク質含有率は無水物換算値でないため,他の近赤外分光分析法の結果とは異なる.
注5)豆腐官能試験は専門家パネル10名で実施した.
注1)「そらひびき」は2022年度現地実証試験転換畑圃場産(石川県白山市),「フクユタカ」は愛知県産を用いた.
注2) 工場内生産ラインにてダイズ90 kgを使用して通常製品と同様に加工した(浸漬:水温約20℃,約9.5時間,凝固剤: 遅効性にがり).
注3)レオメータ値はA社の比較対象商品との相対値である.
注1)「そらひびき」は2022年度現地実証試験転換畑圃場産(石川県白山市)を用いた.
注2)工場内生産ラインにてダイズ15 kgを使用して通常製品と同様に加工した.
C社において2022年および2023年石川県現地実証試験産の生産物を用いた納豆加工適性試験を実施した結果,C社で使用される「エンレイ」および「里のほほえみ」よりも官能評価値は高かった(表12).
注1)「そらひびき」は現地実証試験転換畑圃場産(石川県白山市),社内製品は「エンレイ」および「里のほほえみ」を用いた.
注2)官能評価は,標準サンプルの評価を3とした5段階評価.
(1)ダイズモザイクウイルス抵抗性
育成地におけるダイズモザイクウイルスの病原系統別接種試験では,A,A2,B,C,DおよびE病原系統に対して発病個体率88~100%でいずれも罹病したため,「そらひびき」はこれら病原系統に対して“感受性”であると判定された(表13).
注1)2022~2023 年の2カ年平均.
注2)検定は病原系統別の人工接種による.
注3)抵抗性判定は発病個体率による,0~10%:R(抵抗性),11~30%:(R)(やや抵抗性),31~50%:(S)(やや感受性),51~100%:S(感受性).
注4)下線は標準品種になっていることを示す(つるの卵1号はA2を除く).
注5)感受性でネクロシスの記載がないものはモザイク症状.
(2)ラッカセイわい化ウイルス抵抗性
農研機構西日本農業研究センターにおけるラッカセイわい化ウイルスの病原接種試験では,3回の試験で罹病しなかったため,「そらひびき」はラッカセイわい化ウイルスに対して“抵抗性”であると判定された(表14).
注1)検定はPSV-K病原系統の人工接種による.2023年(2回)および2024年(1回)の3回平均.ただし,2023年2回目の「そらひびき」の接種株数 は9株である.
注2)抵抗性判定は,接種後約1週間おきに3回病徴を観察し,発病株率を算出して行った.
注3)判定基準は,0~10%:抵抗性,11~50%:再検討,51~100%:感受性,低率でネクロシス個体が出現するもの:ネクロシス(N)とした.
注4)ラッカセイわい化ウイルスに対する抵抗性について,「つるの卵1号」および「フクユタカ」は“強”,「Peking」は低率で“ネクロシス”,「アキセ ンゴク」および「サチユタカ」は“弱”を示す品種である.
(3)ダイズシストセンチュウ抵抗性
北海道立総合研究機構農業研究本部 十勝農業試験場におけるダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines Ichinohe)抵抗性検定試験では,レース3の寄生指数が40.3で,抵抗性“弱”の標準品種「キタムスメ」並みであったことから,「そらひびき」のレース3抵抗性は“弱”と判定された(表15).
注1)試験は十勝管内レース3優占検定圃場(北海道河西郡更別村)で実施し(4反復),根部のシストの着生を観察した.播種日は2023年5月30日で,調査日は7月10日である.
注2)個体毎に根部に着生するシスト数に応じて0(無),0.1~1.0(微:シストの数1~10),1.5~1.7(少),2(中),3(多),4(甚)の階級値に判別し,各調査個体の階級値からシスト着寄生指数を次式より算出した.
寄生(着生)度指数={Σ(階級値×個体数)×100}/(4×全個体数)
注3)標準・比較品種のシスト寄生指数平均を参考に8段階の判定区分を以下のように割り振り,抵抗性を判定した.
極強(0.0~2.0),強(2.1~10.0),やや強(10.1~20.0),中(20.1~27.5),やや弱(27.6~35.0),弱(35.1 ~50.0),かなり弱(50.1~60.0),極弱(60.1 以上).
(1)ベンタゾン液剤に対する薬害耐性
育成地におけるベンタゾン液剤散布試験では,薬害程度の平均値は「そらひびき」では0.5であり,「タチユタカ」の3.0より明らかに小さく,「リュウホウ」および「里のほほえみ」並みに薬害は少なかった(表16).
注1)成績は2022~ 2023年の2カ年平均.
注2)品種差が明瞭になるように,薬害が発生しやすい気温が高い晴れの日に各液剤を散布した.
注3)ベンタゾン液剤の使用量は,薬量が150 mL/10a,希釈水量100L/10a.フルチアセットメチル液剤の使用量は,薬量が50 mL/10a,希釈水量100 L/10a.ブームスプレーヤでダイズの植物体に散布した.
注4)播種および散布日は,以下の通り.2022年:6月21日播種,7月27日散布.2023年:6月21日播種,7月21日散布(ベンタゾン液剤は7月25日散布).
注5)薬害程度は散布1週後に葉の褐変,黄化,退色,縮葉等による薬害程度を達観調査した.0:無,1:微,2:少,3:中,4:多,5:甚.
注6)各品種1区1畦,畦長2 m,畦幅75 cm,株間12 cm,1本立てとし,2反復で実施した.
(2)フルチアセットメチル液剤に対する薬害耐性
育成地におけるフルチアセットメチル液剤散布試験では,薬害程度の平均値は「そらひびき」では2.3であり,「タチユタカ」,「リュウホウ」および「里のほほえみ」並みに薬害が生じた(表16 ).
3)裂莢性
熱風乾燥処理による裂莢性検定試験(土屋,砂田 1978)の結果,「そらひびき」の裂莢率は2.0%で「里のほほえみ」並みであり,裂莢の難易は“難”と判定された(表17 ).
育成地において,普通畑標準播,転換畑標準播および普通畑晩播条件で2022年および2023年に実施した生産力検定試験の結果を表18に示し,それら試験の耕種概要を表19に示した.2カ年平均で普通畑標準播における「そらひびき」は「エンレイ」と比較して,開花始期は同じで7月22日,成熟期は8日早く10月7日,株当たり莢数は11莢多く,子実重は約2 kg/a重い25.4 kg/a,百粒重は約6 g軽い23.2 g,倒伏程度は“無”,子実の外観品質は同等の“中の下”であった.転換畑標準播における「そらひびき」は,「エンレイ」と比較して,開花始期は1日遅く7月28日,成熟期は5日早く10月16日,莢数は23莢多く,子実重は約10 kg/a重い47.0 kg/a,百粒重は7.4 g軽い28.4 g,倒伏程度は“無”,子実の外観品質は同等の“中の下”であった.普通畑晩播における「そらひびき」は,「エンレイ」と比較して,開花始期は1日遅く8月6日,成熟期は1日遅く10月24日,莢数は8莢多く,子実重は約3 kg/a重い22.4 kg/a,百粒重は約5 g軽い24.0 g,倒伏程度は“無”,子実の外観品質は同等の“中の下”であった.いずれの条件でも「エンレイ」および「里のほほえみ」より多収で,生育中にウイルス症状は観察されず,褐斑粒の発生も見られなかった.また「エンレイ」や「里のほほえみ」と比較して茎の長さは短く,倒伏や蔓化は見られず,青立の発生程度は低く,粒の障害では紫斑粒や裂皮粒の発生は同程度かやや多く,しわ粒の発生は同等か少ない傾向があった.立枯の発生程度は「エンレイ」と同程度であった.また最下着莢節位の高さは普通畑標準播で11.5 cm,転換畑標準播で9.5 cm,普通畑晩播で6.7 cmであり,「エンレイ」より低く,「ふくいぶき」並みであった(表20).
注1)2022年~2023年の2カ年平均.
注2)障害の程度は,無(0),微(1),少(2),中(3),多(4),甚(5)の6 段階評価.
注3)品質は,上上(1),上中(2),上下(3),中上(4),中中(5),中下(6),下(7)の7段階評価.
注4)子実重の標準対比は「エンレイ」を100とした.
2022年および2023年に,東北,北陸,関東の8県,10カ所,延べ19試験で奨励品種決定調査を実施した(表21,22).2022年において,「そらひびき」の子実重は26.9~47.1 kg/a,標準対比83~184%であり,播種後の降雨がその後の生育に大きく影響した宮城県における晩播試験を除き,いずれも標準品種を上回った.開花始期は,山形県および新潟県では「エンレイ」と比較してほぼ同等,石川県では2日遅く,宮城県では「タンレイ」と比較して2日早く,茨城県では「里のほほえみ」と比較してほぼ同等であった.成熟期は,山形県では「エンレイ」と比較して8~9日早く,新潟県では5日早く,石川県では4日遅く,宮城県では「タンレイ」と比較して標準播ではほぼ同等で,晩播では2日早く,茨城県では「里のほほえみ」と比較して2~4日早かった.2023年において,「そらひびき」の子実重は6.3~53.4 kg/a,標準対比57~202%であり,高温・干ばつの影響が見られた新潟県および石川県を除き,いずれも標準品種を上回った.開花始期は,山形県では「エンレイ」と比較して1~3日遅く,新潟県,福井県および石川県ではほぼ同等,福島県および栃木県では「里のほほえみ」と比較してほぼ同等,茨城県では同等または2日遅かった.成熟期は,山形県では「エンレイ」と比較して5~12日早く,石川県では10日遅く,福井県では18日早く,福島県では「里のほほえみ」と比較して約1カ月早く,栃木県では約1週間早く,茨城県では7~14日早かった.なお,2023年の新潟県では高温・干ばつによる青立の発生により「そらひびき」と「リュウホウ」の成熟期は2022年よりかなり遅れ,「エンレイ」および「里のほほえみ」では成熟期は判定できなかった.同様に石川県においても「そらひびき」,「エンレイ」および「里のほほえみ」の成熟期は2022年よりかなり遅れた.茎の長さは2023年の新潟県を除き,いずれの試験でも標準品種より短いか同等で,倒伏程度は全試験を通して“無”であった.
「そらひびき」の子実に関しては,粗タンパク質含有率は2022年では41.6~45.1%で,新潟県を除きいずれの試験においても標準品種より低かったが,2023年では42.7~47.8%で,福島県,栃木県および茨城県の一部試験において標準品種より高かった.百粒重は2022年では23.2~30.4 g,2023年では19.8~31.8 gでいずれの試験においても標準品種より軽かった.裂皮粒の発生は2022年の新潟県と石川県,2023年の茨城県と栃木県の一部試験で“多”または“甚”で,「リュウホウ」または「里のほほえみ」と比較して同等または1ランク劣った.子実の外観品質は宮城県,福井県および栃木県で標準品種に比べて一部試験で優れていたものの,多くの試験では裂皮粒が多く未成熟粒や青み粒も見られたため標準品種に比べて劣っていた.概評では,2022年はやや劣るまたは劣るとの評価が多かったが,2023年は山形県の一部試験を除き再検討と評価された.
注1)障害の程度は,無(0),微(1),少(2),中(3),多(4),甚(5)の6 段階評価.
注2)品質は,上上(1),上中(2),上下(3),中上(4),中中(5),中下(6),下(7)の7 段階評価.
注3)分析は近赤外分光分析法による無水分中の含有率.窒素タンパク質換算係数は6.25.
注4)-は判定できなかった,又は未測定であったことを示す.
注5)品種名で下線は標準品種,その他は比較品種を示す.
2022年に石川県白山市1カ所,2023年に石川県白山市2カ所,山形県鶴岡市1カ所,宮城県大崎市1カ所の延べ5カ所で現地実証試験を実施した(表23,24).2022年において,石川県白山市A地区における「そらひびき」の機械刈による子実重は22.6 kg/a,標準対比138%で,標準品種を上回った.2023年において,4カ所の「そらひびき」の機械刈による子実重は25.9~34.2 kg/a,標準対比106~152%で,いずれも標準品種より上回った.特に石川県白山市A地区では2カ年平均で標準対比の132%,2023年の宮城県大崎市では152%で多収であった.茎の長さはいずれの試験でも標準品種より10 cm以上短く,倒伏程度は“無”~“少”であった.成熟期は,石川県では「里のほほえみ」より2022年で8日早く,2023年で14~15日早く,山形県では「リュウホウ」より11日遅く,宮城県では「タンレイ」より3日早かった.
「そらひびき」の子実に関しては,粗タンパク質含有率は石川県の「里のほほえみ」および宮城県の「タンレイ」より低かったが,山形県の「リュウホウ」より高かった.また百粒重は2022年では23.9 g,2023年では21.1~26.1 gで,いずれの試験においても標準品種より軽く,粒度分布では,6.7~7.2 mmおよび7.3~7.8 mmが大半であった(表25).粒の障害について,「そらひびき」は紫斑粒の発生は標準品種よりやや多く,裂皮粒の程度はほぼ同等であった.褐斑粒の発生は見られなかった.子実の外観品質は標準品種と同等で“中の中”~“中の下”であった.
奨励品種決定調査等の成績の結果から,「そらひびき」の栽培適地は南東北・北陸地域と判断される.また,栽培の留意点は以下の通りである.
1)ダイズモザイクウイルスに対して“感受性”であるため,媒介するアブラムシ類を防除するとともに,ダイズシストセンチュウに対する抵抗性を持たないため連作やセンチュウ被害の発生履歴がある圃場での栽培を避ける.
2)難裂莢性を備えているが,成熟後の圃場での長期放置は品質低下をもたらすので,適期収穫に努める.また,最下着莢節位の高さが“やや低”であるため,機械収穫時には土の噛み込みによる汚損粒が発生しないよう刈り取り高さに留意する.
2013年から2022年までの10年間の,ダイズの全国平均単収は161 kg/10aであり,その単収を向上させるには日本のダイズ作付面積の約3割を占める主要産地である東北・北陸地域での収量水準の底上げが大きな課題である.しかしながら,2008年以降の平均単収は東北地域では140 kg/10a前後であり,全国平均を下回る水準で推移している(総務省統計局 2024).北陸地域では排水が不良で,湿害が助長されやすい強グライ土の占める面積割合が高く(古畑ら 2011),窒素固定の低下や落莢を引き起こしている可能性があるため(服部ら 2013),単収は年次変動が大きく不安定な状況で全国平均を下回ることがある(総務省統計局 2024).「そらひびき」の成熟期は東北地域の主要品種「リュウホウ」より遅く,北陸地域の主要品種「エンレイ」より早いため栽培適地は南東北・北陸地域と判断された.普及対象地域における奨励品種決定調査では「そらひびき」の子実重は宮城県における2022年の晩播試験,2023年の新潟県および石川県を除き,いずれも標準品種を上回った(表21).また石川県,山形県および宮城県における現地実証試験においても機械刈りで22.6~32.6 kg/a,標準対比106~152%であった(表23).これらの結果より,「そらひびき」は各県の標準品種より多収傾向があることが示され,本品種の導入により南東北・北陸地域での生産性向上が期待されるが,播種後の降雨や生育期間中の干ばつにより標準品種に比べて子実重が下回る事例があったことから,状況により圃場排水や畦間灌水などの対策は必要である.
「そらひびき」の花粉親である「LD00-3309」の多収要因についてはいくつかの報告がある.Fox et al.(2015)は「LD00-3309」の多収性に関して14番染色体上に有意なQTLを検出し,そのDNAマーカーは個体当たりの莢数の増加と有意な関係があることを明らかにしており,Matsuo et al.(2016)は米国ダイズ7品種と日本ダイズ5品種を供試し,「LD00-3309」の百粒重は13.2 gとかなり軽いが,単位面積当たりの莢数および一莢内粒数が「エンレイ」等日本品種より多いため多収になることを報告している.育成地における生産力検定試験の結果から,「そらひびき」の多収性について百粒重は23.2~28.4 gで「エンレイ」や「里のほほえみ」より軽いが,株当たりの莢数が多く(表18),「LD00-3309」の多収要因と類似しており,「LD00-3309」の多収要因が貢献していると考えられる.またKawasaki et al.(2016)は「LD00-3309」等の米国多収品種は地上部全乾物重や光合成速度と関連する日射利用効率が「エンレイ」等の日本品種より高いことを解明しており,「LD00-3309」の生産性に関わる生理的特性も「そらひびき」に引き継がれている可能性がある.今後は新たな多収品種育成のため,「そらひびき」の多収要因に関する遺伝学・生理学的研究を進める必要がある.
近年,経営体あたりのダイズ作付面積が拡大して栽培管理作業がひっ迫することがあるため,省力化が可能となる栽培技術の導入が行われつつある.畦幅を慣行の約半分の30~35 cm程度とする狭畦栽培は,中耕・培土作業が不要で,圃場が均平なため収穫時の作業性が向上するとともに,コンバイン収穫時の土の噛み込みが減少し,汚損粒の発生が抑制できる.また密植栽培は慣行栽培より最下着莢節位の高さが高まる傾向があることが知られており(松永ら 2003,池尻ら 2007),この要因として密植による節間の伸長(土屋ら 1986)並びに下位節における相対照度の減少による結莢率の低下(中野ら 2001)が考えられている.藤田ら(2017)は「エンレイ」と「あやこがね」を供試し,慣行栽培に比較して狭畦栽培では3カ年平均で最下着莢節位の高さが3~4 cm高まり,密植栽培を組み合わせることで10 cm程度まで高まると報告している.また狭畦栽培では無培土であるため,培土を行う慣行栽培よりも低い位置で刈り取ることが可能である.「そらひびき」の最下着莢節位の高さはやや低いので(表20),下位節の莢の刈り残しが生じやすいと考えられるが,最適な栽植密度および狭畦条件を組み合わせることでこの問題を回避できる可能性がある.狭畦密植栽培では茎の長さも伸びるため倒伏が懸念されるが(藤田ら 2017),栃木県の奨励品種決定調査(表22)や石川県および宮城県での現地実証試験(表24)では狭畦密植栽培に取り組んでおり,倒伏程度は“無”~“少”で,茎の長さが比較的短い「そらひびき」は倒伏を回避できていた.これらのことから,「そらひびき」は標準的な慣行栽培だけではなく密植条件を含めた狭畦栽培への利用も期待できる.今後は普及対象地域でその収量性を最大限発揮できるよう,最適な栽植密度・狭畦条件に関する研究を推進していく必要がある.なお,「そらひびき」は難裂莢性であることから(表17),規模拡大で収穫期の刈り遅れによる自然裂莢やコンバイン収穫時の衝撃による脱粒を抑えることも期待できる.
豆腐加工適性において,タンパク質含有率は豆腐の歩留まり,加工のしやすさおよび硬さに影響することが知られ,特に硬さは豆腐の崩れによる不良品率や食感への影響が大きい.谷藤,加藤(2004)は豆腐の破断強度は子実の粗タンパク質含有率と正の相関があり,粗タンパク質含有率が高いほど硬い豆腐ができること,Wang et al.(1983)もタンパク質濃度が高い豆乳は豆腐が硬くなりやすいことを報告している.しかし,粗タンパク質含有率以外にも,ダイズタンパク質の11Sグロブリンと7Sグロブリンの比率のうち,11Sグロブリンの比率が高いと豆腐が硬くなりやすいことや(Saio et al. 1969),ダイズ成分のフィチン酸が多いと破断強度が低下するため必要な硬さにするには凝固剤を多く添加する必要があること(Ishiguro et al. 2006)等の報告がある.このように豆腐の硬さは粗タンパク質含有率に大きく依存するが,他の要因も複雑に関係していることから総合的に考慮する必要がある.一方,食味については粗タンパク質含有率が高まるに従って全糖など旨味関連成分が減少する傾向があることも報告されている(橋本 1984,谷藤,加藤 2004).石川県現地実証試験産の生産物を用いた「そらひびき」の豆腐加工について,A社の評価では「ボイル後のレオメーター値はやや低いが官能的には軟らかすぎることはなく」,また「凝固剤量を増減させても安定して凝固しやすい」とされ(表10),B社においても「里のほほえみ」と比較して硬さに関する欠点は指摘されなかった(表11)ことから,豆腐製造時の凝固性や作業性は良好と考えられる.「エンレイ」や「里のほほえみ」と比べて,「そらひびき」の子実の大きさは小さく粗タンパク質含有率はやや低い傾向があるが,他の子実成分の効果により許容範囲内に収まったのではないかと推察された.また,納豆の加工も適していることから(表12),栽培適地で生産が安定することで実需への安定供給につながると期待される.
病虫害抵抗性について,「そらひびき」は全国で広く発生し収量の減少や褐斑粒による外観品質の低下を引き起こすラッカセイわい化ウイルス(Saruta et al. 2012)に対する抵抗性を有するという利点がある.また北陸から山形県にかけて発生している葉焼病は早期落葉による減収および小粒化を引き起こすため問題となるが,近年特定されたRxp遺伝子(Taguchi-Shiobara et al. 2024)の近傍DNAマーカーを用いた解析で,「そらひびき」が葉焼病抵抗性を持つことを示唆する結果を得ている.一方で既存品種の多くが有するダイズモザイクウイルスやダイズシストセンチュウ(レース3)に対する抵抗性を備えていない.ダイズモザイクウイルスによるモザイク病はほぼ全国で発生し,感染すると10~75%減収するとともに種皮に褐斑を呈するため外観品質が著しく低下する(柚木,長沢 1978).また東北地域において発生が認められるダイズシストセンチュウの大部分はレース3とされており(氣賀澤 1988,1990),重要な土壌害虫で根に寄生することで葉が黄化して生育不良となり減収する(串田 2012).本研究では,現地実証試験等複数の栽培試験における慣行での農薬防除で褐班粒の発生はほとんど見られず,またダイズシストセンチュウによる被害も見られなかったことから,化学的防除や発生圃場での作付け回避により対応は可能であると考えられる.しかし,本品種のような多収品種を広域的に普及させるためにはこのような病虫害抵抗性も付与していくことが重要である.抵抗性を制御する遺伝子座として,ダイズモザイクウイルス抵抗性はRsv1,Rsv3,Rsv4の3座,ダイズシストセンチュウ抵抗性はRhg1,Rhg2,Rhg4の3座が存在することが知られており(Cook et al. 2012,Liu et al. 2012,Kato et al. 2016,加藤ら 2017,Liu et al. 2017,Ishibashi et al. 2019,Suzuki et al. 2020),これらの抵抗性遺伝子座の原因遺伝子または近傍の配列に基づいて開発されたDNAマーカーを利用した選抜が有効である.このため戻し交配を行い,効率的に病虫害抵抗性を付与しつつ多収性を維持した品種育成を進めており,早期の品種化を目指している.
本品種の育成は農林水産省の「革新的技術開発・緊急展開事業(うち先導プロジェクト)」の「海外遺伝資源等を活用した極多収大豆育種素材の開発」(2016~2020年度)および「国際競争力強化技術開発プロジェクト」(うち「輸出促進のための新技術・新品種開発事業」)の「大豆生産基盤強化のための極多収品種の育成」(2021~2023年度)の支援の下で実施された.現地実証試験の一部は農林水産省「令和5年度農林水産研究の推進(委託プロジェクト研究)」の「子実用とうもろこしを導入した高収益・低投入型大規模ブロックローテーション体系の構築プロジェクト」(JPJ012038)の下で実施された.また,本品種の育成にあたっては,奨励品種決定調査,特性検定試験等を実施していただいた各育成地,各県および実需の関係者には多大のご協力をいただいた.さらに,農研機構の業務関係職員各位には育種試験を支える圃場管理,調査等にご協力いただいた.ここに記して深く感謝する.
すべての著者は開示すべき利益相反はない.