教育方法学研究
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明治末期における鹿児島県師範学校附属小学校の自習法研究
深谷 圭助
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2006 年 31 巻 p. 97-108

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抄録

本研究では,明治末期,特に,1904(明治37)年から1910(明治43)年にかけて木下竹次が指導していた鹿児島県師範学校附属小学校の自習法の実践を取り上げ,その実際と方法原理について,明らかにすることで,明治末期における自学主義教育の意義を再検討することを目的とする。明治末期,自習法と呼ばれる教授方法が全国各地の小学校で実践された。自習法という学び方が,実際に授業の中で指導されたという事実は,児童を学習者としてとらえて指導していたということに他ならない。明治末期における自学主義教育(自習法)の教育実践が,後年の大正新教育運動における奈良女子高等師範学校附属小学校主事木下竹次が提唱した「学習法」の方法原理に大きな影響を与えたと考えられる。ところが,この時代の自習法指導の実態については,これまでの先行研究では十分に明らかにされていない。また,木下の「学習法」研究は,鹿児島県師範学校時代にすでに始まっていたとされているが,研究の実際は,十分明らかにされていない。そこで,本稿では,木下竹次が明治末期に所属し,教育方法改善に尽力した鹿児島附小の自習法カリキュラムを分析し,そのカリキュラムおよび教育方法の構成原理について解明することにしたい。木下が,鹿児島で構想し,実践した自習法が,どのようなものであったのか,そしてどのような方法原理により構築されていたのかを明らかにしたい。

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© 2006 日本教育方法学会
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