2024 年 49 巻 p. 13-24
「認識的不正義の是正をめざす授業」とは,認識的不正義が生じるメカニズムの理解を促し,それに注意しながらコミュニケーションする方法やそのコミュニケーションがとれる制度・文化を形成する方法を習得させる授業である。しかし米国では,認識的不正義を是正する必要性が理解されなかったり,類似の問題意識をもつ授業が既に実践されていたりする。ゆえに本授業を開発・実践する必要性に関して合意が得られているわけではない。そこで本稿では,米国での認識的不正義や本授業を巡る学際的な議論を手がかりに,本授業の開発・実践を正当化する理論的根拠の解明をめざした。具体的には,認識的不正義の是正に教育で取り組む理由と既存の授業にはない「認識的不正義の是正をめざす授業」における授業構成の特質を明らかにする。
検討の結果,米国において認識的不正義の是正に教育で取り組む理由は,熟議民主主義の実現を阻害する根幹的な問題として認識的不正義を捉え,教育を通して,認識的不正義に注意しながらコミュニケーションすることに加え,それができる制度・文化を形成する市民育成をめざすべきとされたからであった。そして,既存の授業は,現実の人間の特性やコミュニケーションから乖離した想定に基づく授業構成となっていたが,「認識的不正義の是正をめざす授業」は,現実のそれらに即して目標の設定・授業の展開・学習過程の組織がなされていた。ここに本授業の特質がある。