抄録
「生きている」システムおいて広く成り立つ法則にはどのようなものがあるのだろうか。物理学が伝統的にターゲットとしてきた系とは異なり、生命システムは多種多様な構成要素が非線形に絡み合い、幅広い時間スケールが相互作用し、さらに千差万別の姿形を持つ、いわゆる「複雑系」の最たるものである。多様な生命システムに通底する法則を見出すことが、「システム生物学」や「普遍生物学」と呼ばれる若い学問領域が目指すもののひとつである。
本集中ゼミでは、増殖している単細胞微生物において成立する細胞のマクロ現象論的法則や、ミクロ状態の予測手法について概説する。具体的には、細胞の自己増殖能を担う分子の濃度が、多くの環境条件で細胞の成長速度と相関するという実験事実の紹介とその数理的な導出、最適化理論に基づいた細胞代謝状態の予測手法などを解説する。加えて、実験事実としては知られているが数理的な導出がまだ成功していない現象論的法則もいくつか紹介する。
最後に、上述したマクロ現象論が成立するためには細胞の「増えている」ことが極めて重要であるという理論研究を紹介し、細胞が増えてない状態ではこれらの法則がどのように破れるのかを解説する。細胞が増殖を止めた「休眠相」や死にゆく「死滅相」で実験的に見つかった法則についても、時間の許す限り議論したい。