次世代薬理学セミナー要旨集
Online ISSN : 2436-7567
2025 名古屋
セッションID: 2025.1_AG5
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座長:衣斐 大祐(名城大・薬・薬品作用学)、大垣 隆一(大阪大・院医・生体システム薬理学)
リン酸化プロテオミクスが紐解く情動学習の分子基盤と精神疾患病態
*船橋 靖広Ahammad Rijwan Uddin張 心健河谷 昌泰吉見 陽坪井 大輔西岡 朋生黒田 啓介野田 幸裕山田 清文崎村 建司永井 拓山下 貴之内野 茂夫貝淵 弘三
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抄録

NMDA型グルタミン酸受容体(NMDAR)の機能異常は統合失調症、うつ病、認知機能障害などの精神・神経疾患と密接に関連しており、これらの疾患ではシナプス形成異常が認められる。NMDARはグルタミン酸によって活性化され、細胞内へのカルシウムイオンの流入を引き起こす。このカルシウム流入はCaMKIIなどのリン酸化酵素を活性化し、多様なタンパク質のリン酸化を誘導する。このリン酸化カスケードは神経細胞の興奮性、可塑性、遺伝子発現を制御し、学習・記憶の形成に寄与すると考えられるが、その全容は未解明である。本研究では我々が独自に開発した高感度リン酸化プロテオミクス法を用いて、マウス脳の線条体/側坐核におけるNMDAR下流のリン酸化反応を網羅的に解析し、100種類以上のタンパク質とそのリン酸化部位を同定した。パスウェイ解析により、NMDAR関連経路として低分子量Gタンパク質RhoA関連経路を特定し、NMDARの下流でCaMKIIがRhoAの活性化制御因子をリン酸化することを明らかにした。これらのリン酸化がRhoAの活性化を促進し、Rho関連キナーゼ(ROCK/Rho-kinase)を活性化することも示した。マウスに忌避刺激を与えた際、側坐核のドーパミンD2受容体発現神経細胞(D2R-MSN)においてCaMKII-RhoA-ROCKシグナル経路が活性化することを見出し、D2R-MSN特異的にROCKを抑制または欠損させると、シナプスの密度低下、長期増強の不安定化、忌避学習能力の低下が認められた。また、ROCKによってリン酸化されるタンパク質を網羅的に同定し、ポストシナプスタンパク質SHANK3のリン酸化依存的に、シナプス形態および忌避学習能が制御されることも明らかにした。さらに、NMDAR拮抗薬を連続投与した統合失調症モデルマウスでは忌避学習能が低下し、忌避刺激後のD2R-MSNの一過性発火が抑制され、NMDAR-CaMKII-RhoA-ROCK経路の活性化が抑制されることが判明した。これらの知見は、統合失調症などの精神疾患におけるNMDAR機能異常の分子メカニズムの理解を深め、新たな治療標的の同定につながる可能性がある。また、本研究で得られたリン酸化タンパク質データを、独自のデータベース「KANPHOS」に登録し、公開した。このデータベースの活用により、精神・神経疾患研究のさらなる進展が期待される。

COI:発表内容に関連し,筆頭および責任発表者の過去3年間,開示すべきCOI関係にある企業などはありません。

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