日本橋学館大学紀要
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『リブッサ』 - グリルパルツァーの黙示録 -
阿部 雄一
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2014 年 13 巻 p. 3-12

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抄録

フランツ・グリルパルツァーの遺作には、『リブッサ』のほかに『ハプスブルク家の兄弟争い』と『トレドのユダヤ女』があり、それらには宗教と信仰、権利=正義(レヒト)、19 世紀のオーストリア社会という共通テーマがある。だが、各作品によって核心が異なる。『ハプスブルク家の兄弟争い』は国家形態と19 世紀におけるオーストリアの生き延びる道を熟慮する歴史劇である。『トレドのユダヤ女』では個人の内面が探求され、自己実現への努力とその挫折が表現される。『リブッサ』の核心は人間とその世界の概略を描くことだが、どのように作品化されているのか、その戦略を探究し、それによって作者の思想を理解することが本稿の目的である。、19 世紀のオーストリア社会という共通テーマがある。だが、各作品によって核心が異なる。『ハプスブルク家の兄弟争い』は国家形態と19 世紀におけるオーストリアの生き延びる道を熟慮する歴史劇である。『トレドのユダヤ女』では個人の内面が探求され、自己実現への努力とその挫折が表現される。『リブッサ』の核心は人間とその世界の概略を描くことだが、どのように作品化されているのか、その戦略を探究し、それによって作者の思想を理解することが本稿の目的である。グリルパルツァーは創世神話のリブッサ伝説を換骨奪胎する。第一幕でリブッサはプリーミスラウスと出会い、天上から境界を越え、人間の世界に入り込む。中間の第二・三・四幕で、人間社会の根本問題であるジェンダーを考察することを通して、母権制から父権制への移行が歴史の始まりであることを作者は示す。移行の契機となったのは、人々がおのれの「権利=正義」(レヒト)を主張するようになり、女性支配の原理「幼子のような信頼」が保てなくなったことである。このような状況の下で、男性が実質的権力を握る有史時代に入るのである。その始まりとして、プリーミスラウスはプラハを建設しようとし、リブッサが祝福を与えることになる。だが本来の霊力を取り戻すことによって、彼女は祝福を与えるのではなく、人間界にこれから連綿と続く悪夢の歴史を予言してしまう。その予言は19 世紀から見れば過去の歴史である。その起点がカール五世の時代であるのは、グリルパルツァーにとって最も重大な歴史の転換点が宗教改革だからである。ルターの闘争によってキリスト教は人々の畏怖すべき慣習とならず、人々から畏怖の念が失われていった。畏怖の念が弱まるにつれ、人は上昇志向に冒され、人間としての幸福をやむことなく追求する。それが人間の運命である。そして、畏怖の念が失われてゆく過程がグリルパルツァーにとっての人間の歴史なのである。最後に人間が「謙虚」を神とし、リブッサの時代に回帰する希望が語られる。それが実現可能か考えるのではなく、信じることが必要だと、作者はさしあたり予言者の口を借りて語っていると思われる。このようにしてグリルパルツァーはリブッサ伝説を、人類の過去を振り返ることによって未来を予測し、先行き暗い人類がいつか最後に到達すべき行く先を示す黙示録に仕立て上げたのである。

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