2014 年 63 巻 6 号 p. 30-42
本稿は『支那游記』の夏丏尊(xia mianzun)抄訳「中国遊記」について、これまで参照されてこなかったいくつかの同時代的批評を取りあげ、その中国における受容のされ方について考察したものである。中国人読者が「中国遊記」を読んで示した反応は、批判と共感という相反するものであった。本稿は、この相反する文章のなかに夏丏尊の抄訳が与えた影響を確認した。
そのなかから、「中国遊記」の批判に共感する受け止め方を取り上げ、『支那游記』から読み取れる芥川の中国観との間の齟齬を明らかにした。そのような齟齬から、「中国遊記」が目標言語環境の中国で獲得した、西洋化を批判して東方的伝統を擁護する『支那游記』とは異なった、中国伝統批判と西洋化推賞という新たな意味を浮かび上がらせた。