本論では,書き言葉の「会話文」にあたるものが話し言葉でどのように表現されるかという問題意識のもと,奈良田方言の昔話の音声資料を用い,物語の登場人物の発話がどのように引用して表現されるのかを記述・考察する。対象資料に関して次のことを指摘する。(1)物語中の人物の発話の多くは引用副詞句で表される。(2)奈良田方言の引用副詞句では,発話の引用か思考の引用かにより異なる引用標識を用いる。(3)発話の引用句では,奈良田方言の感動詞や終助詞を駆使して現実の発話らしく表現する一方,奈良田方言では通常用いない人称代名詞で物語中の発話者や舞台の異質性を表す。また,音声での物語や話し言葉一般における発話の引用に関して,現実の発話らしい表現と原発話の忠実な再現は別であること,引用標識の後接という文法的手段では引用句の開始位置は特定できない場合があることを指摘する。