澁澤龍彥「画美人」では、無数の典拠が組み合わせられているが、それは引用と反復と差異の記号論的考察を無効化してしまう過剰なコラージュであり、錯覚とその要因である認知機構の欠陥を暗示するだまし絵的テクストの領域へと踏み込んだものである。「画美人」のヒロイン翠翠は、男の諸々の妄想的欲望の結節点であるが、同時にそれが錯覚であることは、エッシャーの造形芸術に類比的な内容上の矛盾によって示唆されている。現代思想に距離を置くようになった澁澤は、そこに示されていた女性観にも両義的な立場を取るようになっており、「画美人」においては、女性を一方的な客体としてのみ見做す姿勢への批評が、主人公への哄笑として顕在化している。