一九四二年前半は、アジア・太平洋戦争で日本軍が制圧地域を拡大した時期である。と同時に、論壇に〝軍人を藝術家と見なす論調〟が目立ち始めた時期でもあった。このような論調に異議を唱えることは、いかにして可能だったのか。本稿は、この問いを念頭に置く。そして、〝軍人を藝術家と見なす論調〟に〝抵抗〟する作品として、坂口安吾の小説「真珠」を読み変える。具体的にはまず、作品の前半部から、海軍軍人である「あなた方」と文学者である「僕」の対照的な関係を抽出した。次に、後半部から、両者を関係づける言語戦略を抽出した。その上で最後に、分析結果を同時代状況に接続した。そして「真珠」が、「軍人は藝術家である」という判断の妥当性を、揺さぶり、突き崩す可能性を持つ作品であることを結論づけた。