1894 年、 日清戦争が始まった。日本は初めての対外戦争に挙国一致で臨み、勝利を収めた。国木田独歩は『国民新聞』の特派員として従軍し、『愛弟通信』という従軍記を残した。その中で、国木田独歩は戦死者を見つめ、「戦」は人間を破壊し尽くす「魔物」だという事実を認めた。この視座を獲得した従軍記者は日清戦争を通じて国木田独歩くらいのものだ。この点からすると『愛弟通信』は評価されるべき作品だ。しかし、この従軍記は当時昂揚した国家が個人を優越するナショナリズムから決して自由ではなかった。日本国民とキリスト教徒との立場から、日清戦争を「文明の義戦」として受け入れ、隣国侮蔑の忠君愛国主義から逃れることはできていなかった。