抄録
本稿は、宮台が構想する「権力の予期理論」について、権力現象の背後にある個々人の「了解」の構造に着目することにより、予期理論の方法論を支えている理論的基盤を析出することを目的とする。予期理論の最大の特徴は、権力現象に対してある1人の個人の了解に準拠して接近するという理論上の戦略にある。しかし、社会状況のもとでは、個々人の了解の相互的な読み込みということが生じるがゆえに、この予期理論の戦略は無条件には成立しない。本稿では、まず、「共有知識」という概念についてのAumannの定式化に依拠して、予期理論の戦略が成立するための一般的な条件を考察する。その際、個々人の個別的な了解から、了解の相互的な読み込みを通じて、全ての個人の「共有了解」が導出される過程を記述するための形式的なモデルを提示する。そしてそれに基づいて、予期理論の戦略が成立するための条件は、個人の内的宇宙において、自己の了解が全ての個人の共有了解になっていることであることを論証する。しかし、このことから逆に、現実の社会状況において個人が自己の了解に基づいて行為を選択することは、一般的には不可能であるという結論が導出されてしまう。したがって結局、予期理論の戦略の有効性は、共有了解に関する疑似的な解決の可能性に依存することになる。