抄録
出生時の仮死状態の脳発達過程に及ぼす影響の研究を行ない, 特に出生時仮死状態が脳の蛋白質代謝障害を示すことを見出した. 実験動物としては, 次の3群のラットを用いた.
A群満期仮死群: 満期対照群
正常満期出産により, 最初の仔1匹を娩出させたあと帝王切開をおこない, 胎仔を含んだ子宮を母ラットから切り離し, 仮死状態で一定時間室温に放置した. 処置をおこなわない仔ラットを満期対照群とした.
B群早産仮死群: 早産対照群
自然分娩の予定時刻より3-6時間前に帝王切開をおこない, 仔ラットの半分を仮死状態で10分間子宮内に放置したあと呼吸を開始させた. 他の半分の仔ラットは速やかに子宮からとり出し直ちに呼吸を開始させた. 後者を早産対照群とした.
C群低蛋白仮死群: 低蛋白対照群
妊娠ラットを9%の蛋白質を含む餌で飼育し, 以下の処置はA群と同様に行なった. 処置を行なわない仔ラットを低蛋白対照群とした.
これら3群の動物を用いて, 生後3日目のラットについて脳蛋白質へのC14-ロイシンのとりこみ率を測定した.A群のとりこみ率は, 仮死状態が30分に及んでも変化がなかったが, B群およびC群の仮死群においては各対照群に比してとりこみ率は著明に低下した.
またC14-ロイシン及びC14-リジンを用い, 生後3日, 7日, 14日, 53日の早産仮死群について脳蛋白質のハーフライフを測定した.早産仮死群のハーフライフは満期対照群に比して著明に延長した. 即ち, 発達時の脳蛋白質代謝の阻害が見出されたのである.
これらの蛋白質代謝の阻害の化学的背景の一つとして, これらの阻害がエネルギー源の減少にもとつくか否かを知るために, 出生直後の脳のATP量を測定した結果, ATP量との関連はみとめられなかった. 幼弱動物は無酸素症に対して高い抵抗性をもつというのが一般的な概念であるが, 一方我々の実験において, 早産または低栄養の胎仔の場合は出生時仮死に対して脆弱であることを, 蛋白質代謝阻害の側面から見出した.