抄録
外傷による耳小骨連鎖離断ではキヌタ骨が障害されることが最も多く, 転位を来たしやすい。しかしながら, キヌタ骨が鼓室外へ完全脱出することはほとんどなく, 渉猟しえた限りでは過去に1例の報告があるのみである。今回, 交通外傷による側頭骨骨折に伴い, キヌタ骨が鼓室内から外耳道へ完全に脱出した極めて稀な症例を経験したので報告する。症例は26歳の女性で, 交通外傷後より右耳の難聴を訴えていた。初診時の鼓膜所見にて外耳道後壁上方から鼓膜後上部にかけて骨性の隆起を認め, CT検査の結果から側頭骨骨折に伴い鼓室より脱出したキヌタ骨であると診断した。聴力改善目的に手術を施行したところ, 術中所見においても鼓室狭部方向へ向かう外耳道後壁の骨折と骨折線上に脱出したキヌタ骨の存在を認めた。キヌタ骨を摘出し, アブミ骨とツチ骨の間でinterpositionによる再建 (III-i型) を行った。術後鼓膜所見は正常化し, 聴力も著明に改善した。今回の症例のようにキヌタ骨が外耳道内へ完全に脱出するには, 側頭骨骨折による骨の解離と同時にキヌタ骨の転位に伴う脱出が起こらなくてはならなく, よほどのタイミングが合わないと起こりえないものであると考えられた。