2022 年 32 巻 3 号 p. 320-327
中耳外傷により耳小骨まで損傷が及ぶ例は多くなく,特にアブミ骨底板が卵円窓に陥入したという報告は外傷性耳小骨損傷の7.7%~19.0%と比較的少ない.今回,左耳かきによりアブミ骨が卵円窓へ陥入し外リンパ瘻を伴った症例を経験した.術前に55 dBの混合性難聴を認め,激しいめまい症状を認めた.来院当日に手術加療を行い,術中はアブミ骨が卵円窓へ深く陥入し整復困難であったため摘出し,アパセラム耳小骨Cにて伝音再建を行った.術後めまいは速やかに改善し,聴力も徐々に改善した.アブミ骨の卵円窓への陥入が軽度な症例は,アブミ骨の整復のみで治療が可能という報告があるが,本症例のようにアブミ骨が深く卵円窓へ陥入している症例に関しては,アブミ骨摘出を伴う伝音再建術が必要となる.アブミ骨摘出を要する症例では術後聴力改善が得られない症例も少なくなく,術前から聴力予後が悪い可能性についての説明が重要であると考えられた.