日本歯周病学会会誌
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症例報告
非外科的歯周治療により改善した薬物性歯肉増殖を伴う慢性歯周炎の一症例
田中 吏絵金子 高士
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2020 年 62 巻 2 号 p. 96-106

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要旨

降圧剤の一種のカルシウム拮抗薬を服用している患者は歯肉増殖を高頻度に発症することが知られている。歯周治療に際し,内科医に降圧剤の変更を依頼することもあるが,症例によっては血圧のコントロールや副作用などから変更が困難なこともある。また歯肉増殖は歯周基本治療で改善しない場合も多く,その場合歯肉切除などの歯周外科処置を応用することも珍しくない。

本症例は多発性嚢胞腎に伴う高血圧症のためカルシウム拮抗薬を服用し,慢性歯周炎と薬物性歯肉増殖を併発していた。歯周組織検査の結果,4 mm以上の歯周ポケットが55%,6 mm以上は28%であった。歯肉の増殖は上下顎の頬舌側歯間部に見られた。初診時口腔清掃状態が不良であったので口腔衛生指導やスケーリング・ルートプレーニング(SRP)などの歯周基本治療を徹底して行った。その結果,歯肉増殖は消退し,4 mmの歯周ポケットが1ヵ所に減少したため,歯周外科を行わずサポーティブ・ペリオドンタル・セラピー(SPT)に移行した。SPT開始後,約3年が経過しているが,現在も歯周組織状態は良好に保たれている。本症例からカルシウム拮抗薬による薬物性歯肉増殖を伴う慢性歯周炎患者に対し,服用薬の変更を行わずとも,SRPとプラークコントロールの維持により非外科的歯周治療で歯肉増殖と歯周組織の炎症は改善されることが分かった。

緒言

高血圧は,脳卒中(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血など),心臓病(冠動脈疾患,心肥大,心不全など),腎臓病(腎硬化症など)および大血管疾患の重大な原因疾患である。高血圧は生活習慣や遺伝要因により発症する本態性高血圧と他の疾患が原因で血圧が上昇する二次性高血圧に分けられる。国内の高血圧患者数は年々増加傾向にあり,約4,300万人と推定されている。高血圧の治療薬はそのメカニズムから種々に分類されるが,カルシウム拮抗薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬,アンジオテンシン変換酵素阻害薬,利尿薬,β遮断薬が主要降圧薬と位置付けられている。中でもカルシウム拮抗薬は治療効果の高さと副作用の少なさから第一選択として処方されることが多い。その一方,カルシウム拮抗薬は副作用として薬物性歯肉増殖が発症することが知られており,とくにジヒドロピリジン系薬剤であるニフェジピンの発症頻度が高い1,2)。発症メカニズムとしてはコラーゲンの分解抑制3,4),線維芽細胞の増殖促進5),薬物に対する遺伝的反応性の違い6,7)などが考えられるが,詳細な発症機序は明らかでない。さらに,薬物の影響だけでなく,口腔清掃の不良も歯肉増殖を促進すると考えられている8,9)

歯周治療に際し,内科主治医に降圧剤の種類変更を依頼することもあるが,症例によっては変更が困難なこともある。また,薬剤変更後に血圧が上昇して元の薬剤に戻さざるを得ないこともある10)。一方,降圧剤服用期間の長期化や服用量増加によって歯肉増殖が重症化する傾向があり,歯肉切除などの外科的処置を行うことも少なくない。しかし外科的治療を行わず徹底的な基本治療で歯肉増殖を消退させられることも報告されている10-12)

多発性嚢胞腎は両側の腎臓の皮質と髄質に多数の嚢胞が形成され,実質の萎縮と線維化を生じる疾患である。多発性嚢胞腎により医療機関で受療している患者数は,人口2,000-4,000人に1人である。嚢胞による血管系の圧迫によって腎局所が虚血に陥り,その結果としてレニン分泌や交感神経活性が更新することが高血圧の発症に関与すると考えられている。本症例は多発性嚢胞腎に伴う二次性高血圧症のため,カルシウム拮抗薬を服用し,慢性歯周炎に加え薬物性歯肉増殖を発症していたが,降圧剤の変更を行わず非外科的歯周治療のみで良好な結果が得られたので,その治療経過を報告する。

症例

1. 患者

患者年齢:44歳 性別:女性

初診年月:2015年10月

主訴:右下歯茎が腫れて歯がぐらぐらする。

現病歴:初診の1~2年前から下顎左側小臼歯部歯肉の腫脹と上顎右側臼歯部の出血を自覚するも放置していた。最近45の動揺が気になってきたため福岡歯科大学口腔医療センターを受診。

歯科的既往歴:歯周治療の既往はない。かかりつけの歯科医院はなく症状があるときのみ歯科受診していた。最近数年間は歯科治療を受けていない。

既往歴:10年前から多発性嚢胞腎および高血圧症の治療を受けている。また10年前より貧血の治療も受けている。初診時の血圧は140/90 mmHg,血清クレアチニン値は1.3 mg/dlであった。

服用薬剤:1)アテレック(シルニジピン)20 mg/日

2)ニフェジピンCR(ニフェジピン)80 mg/日

3)クエン酸第一鉄100 mg/日

家族構成:夫と二人暮らし

家族歴:特記事項なし

喫煙歴:なし

2. 現症

1に初診時の口腔内写真,10枚法デンタルエックス線写真,歯周組織検査結果を示す。

図1

初診時(2015年10月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

1) 口腔内所見

上下顎臼歯部,上顎前歯舌側歯肉に発赤が認められた。また全顎の頬舌側歯間乳頭および辺縁歯肉は線維性に歯肉増殖しており,16,15,14間,21,22間,44,45間に歯間離開が認められた。26は数年前カリエスにより抜去され,両隣在歯を支台としたブリッジが装着されていた。上下顎の隣接面と下顎の頬側,舌側の歯頸部にプラークが多く付着しており,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)は59%であった。また咬合は,両側AngleIII級で,左側臼歯部は交差咬合であった。顎位は安定せず,15,45に中心咬合位における早期接触,27,38,37に左側臼歯部に側方運動時(作業側,平衡側)の早期接触を認めた。前歯は咬合接触がなく開口しており,そこに舌先が入り込んでいた。

2) エックス線所見

デンタルエックス線では全顎的に中等度の水平性の骨吸収が認められ,骨頂部の歯槽硬線は不明瞭であった。15,25,45には歯根膜腔の拡大と歯槽硬線の肥大を,47には不良根管充填および根尖病巣と思われる根尖周囲の骨吸収を認めた。多数歯に縁下歯石の付着を認めた。図2に両側顎関節のパノラマ4分割写真を示す。両側関節頭の吸収が認められた。

図2

両側顎関節のパノラマ4分割写真

3) 歯周組織検査結果

歯周ポケットのプロービング深さ(PPD)は2 mmから8 mmの範囲で4 mm以上の部位が55%,6 mm以上の部位は28%あった。ブリーディングオンプロービング(BOP)陽性率は66%であった。PISAは1823.8 mm2であった。15,35,45にMillerの分類2度の動揺を認めた。また47の舌側中央部にはLindheの分類2度の根分岐部病変を認め,深い垂直性のグルーブに沿って7 mmの歯周ポケットが形成されていた。

3. 診断

薬物性歯肉増殖を伴う広汎型重度慢性歯周炎,歯内―歯周病変(47),咬合性外傷(15,27,38,37,45),舌習癖,両側顎関節症

4. 治療方針

多発性嚢胞腎に伴う二次性の高血圧症であり,カルシウム拮抗薬を2種類(シルジニピンとニフェジピン)それぞれ最大容量服用し,血圧は約140/90 mmHgにコントロールされている。問診では内科医による血圧のコントロールが難しく,やっと現在の服用薬に落ち着いたとのことであった。薬剤変更による血圧の変化や副作用の出現を考慮し,降圧剤変更の依頼は行わず,歯周基本治療を進め,内科医への薬剤変更の依頼は原因因子除去治療による歯周組織の反応性を診てから判断することにした。また歯周基本治療を行った後も,線維性の歯肉増殖の改善が診られないようであれば歯周外科処置も検討することとした。

5. 治療計画

1)歯周基本治療

(1)口腔衛生指導

(2)弄舌癖の修正

(3)スケーリング・ルートプレーニング(SRP)全顎

(4)感染根管処置47

(5)抜歯28

(6)咬合調整15,27,38,37,45

(7)CR充填13(中心咬合位での接触と側方の誘導を付与するためコンポジットレジン盛り足し)

2)再評価

3)歯周外科処置PPD5 mm以上の部位に対してフラップ手術

4)再評価

5)口腔機能回復治療47クラウン

6)再評価

7)サポーティブ・ペリオドンタル・セラピー(SPT)

6. 治療経過

治療開始前に十分な説明を行い,治療期間,治療内容等について合意を得た後,歯周治療を開始した。

1) 歯周基本治療(2015年10月~)

(1)口腔衛生指導,歯肉縁上スケーリング

患者は歯周病についての知識がなかったため,歯周病の発生と進行について,併せてカルシウム拮抗剤が歯肉にもたらす作用について説明した。過去に口腔衛生指導も受けたことがなかったためプラークコントロールの重要性について説明した。患者の口腔内の現在の状態,歯周組織検査結果やPCRの結果を画像管理説明システム(ビジュアルマックス,メディア株式会社,東京)を用いて説明した。当初,患者はブラッシング時の出血によりブラッシングを行う事に迷いがあった。そのため最初は,腫脹した歯肉溝へ軟毛の歯ブラシ(ルシェロ歯ブラシP-20S,株式会社ジーシー,東京)を使用しバス法を行う事,フロッシング(ルシェロフロスミントワックス,株式会社ジーシー)を行う事を習慣づけた。増殖した歯肉に対し誤ったブラッシングを行うと擦過傷を起こしやすいため歯ブラシのストロークやブラッシング圧を確認しながら指導をした。二回目のTBIでは,PCRが42%であった。主に,プラークの残っていた舌口蓋側と隣接面の指導を行った。歯ブラシが届きにくいブリッジや舌側の歯間部に対してはワンタフトブラシ(ピーキュアソフト,株式会社オーラルケア,東京)をブラシ圧に注意しながら歯頚部に沿わせるよう指導した。三回目のTBIでは,PCRが31%となった。最初の目標として20%切ることを患者に意識付けていたため患者のモチベーションが上がり,自宅で磨き残しを確認できるようにプラーク染色液(DENT,リキッドプラークテスター,ライオン歯科材株式会社,東京)を購入された。またこの時から歯間ブラシの介入を行った。歯間ブラシ(DENT,EX歯間ブラシ4S,ライオン歯科材株式会社,東京)は挿入可能な部位から使用した。口腔衛生指導と並行して歯肉縁上スケーリングを超音波スケーラーと鎌形スケーラーにて,機械的歯面清掃(PMTC)をロビンソンブラシとラバーカップ,ラバーチップと研磨ペースト(クリーニングジェル,ウェルテック株式会社,大阪)を用いて行い,歯肉縁上歯石等のプラーク保持因子を除去した。プラークコントロールの改善とともにブラッシング時の歯肉からの出血はなくなっていった。また舌習癖の指導も行った。閉口時に舌が前歯部舌面に押さえつけられている状態を手鏡にて認識させ,舌習癖が開口の原因になることを説明し,閉口時や嚥下時に舌尖は上顎口蓋鄒壁部に位置させるように指導した。

(2)SRP(2015年12月~)

3にSRP開始時の口腔内写真,歯周組織検査結果を示す。プラークコントロールが改善し,PCRが20%以下になってから,歯周組織検査を行い,PPDが4 mm以上の部位に対してSRPを行った。SRPはオーラ注歯科用カートリッジを用いた浸潤麻酔下にて全顎を6ブロックに分けて,グレーシー型キュレットスケーラーと超音波スケーラー(ソルフィー,株式会社モリタ,東京)のペリオチップとファーケーションチップを用いて実施した。SRP後は線維性の歯肉腫脹は改善し,歯間ブラシの挿入が可能になった部位も増え,歯間ブラシ(4S 2S)も併用するようにブラッシング指導を行った。

(3)抜歯(28)

SRPと並行して,27頬側遠心面に近接して萌出していた矮小歯である28は27遠心面の清掃性の改善のために抜歯した。

(4)感染根管処置(47)

SRPと並行して47の感染根管治療を行った。樋状根であったためマイクロ検鏡下にて感染象牙質を拡大し,根管充填後,暫間被覆冠を作製し,右下臼歯部ブロックのSRPを行った。

(5)咬合調整(13,27,38,37)

SRP後に再度咬合検査を行い,側方運動時の作業側,平衡側の早期接触が認められた27,38,37の咬合調整を行った。13には中心咬合位での接触と右側作業側における犬歯の誘導を付与するため口蓋側にコンポジットレジンを盛り足した。初診時に2度の動揺があり,中心咬合位での機能的動揺が認められた15,45は,口腔衛生指導とSRPによる炎症の消退により,動揺度0に改善し早期接触も無くなったため,予定していた咬合調整は行わなかった。

(6)カリエス治療(17)

歯周基本治療期間中に17のFMCがメタルコアごと脱離したため,メタルコアと暫間被覆冠を作製した。

(7)再評価(2016年7月)

(8)再SRP(46,47,48)

4 mm以上のPDが46,47,48にみられたためSRPを行った。

(9)口腔機能回復治療(2016年7月)

クラウン(17,47)

図3

SRP開始時(2015年12月)

口腔内写真(A),歯周組織検査(B)

2) 再評価(2017年4月)

3) SPT(2017年4月~)

4にSPT移行時の口腔内写真,10枚法デンタルエックス線写真,歯周組織検査結果を示す。歯肉の増殖はほぼ完全に消失し,前歯部や小臼歯部には2S,Sサイズ,大臼歯にはMサイズの歯間ブラシが挿入できる状態になった。全体的に骨頂部の歯槽硬線が明瞭になり,45に認められた歯根膜腔の拡大と歯槽硬線の肥大は改善した。また,47の根尖の骨吸収像も縮小していた。PPDはほぼ全ての部位で3 mm以下,BOPは3%に改善したが,47舌側のみ6 mmのポケットが残存した。この時PISAは45.5 mm2であった。口腔衛生状態も改善し,PCRは8.3%であった。動揺度は,ほとんどみられなくなったが,21が1度であった。また21の捻転が改善された。16,15,14間,44,45間の歯間離開は消失した。21,22間には空隙が若干残ったものの減少した。

現在は,歯間ブラシのサイズの確認を来院毎行い,25の遠心と22,47の舌側に使用するワンタフトブラシの角度や下顎の舌側などの歯ブラシの位置や角度を確認しながらSPTを継続させている。

SPT中も左側臼歯部(27,38,37)の咬合調整を度々行っていたが,咬合面が穿孔した27がカリエスになったため,2017年7月にブリッジの再製作(25,26,27)を行った。図5に最新(2019年5月)の口腔内写真,10枚法デンタルエックス線写真,歯周組織検査結果を示す。歯間部の歯肉や辺縁歯肉の腫脹は改善され,デンタルエックス線所見では全顎的に骨頂部の歯槽硬線は明瞭化しており安定している。PPDもほとんど変化なく,BOPも2%,PISAは41.2 mm2と歯周の状態は良好に保たれている。47舌側に4 mmの歯周ポケットが残存しているため来院時にセルフケアの重要性を再確認させ,繰り返しの口腔衛生指導と清掃,咬合確認を行っている。顎関節症においては症状も安定しているため,経過観察中である。引き続き経過を確認しながら今後はナイトガードの使用なども視野に入れ3か月毎のSPTを引き続き行う予定である。

図4

SPT移行時(2017年4月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

図5

SPT時(2019年5月)

口腔内写真(A),エックス線写真(B),歯周組織検査(C)

考察

カルシウム拮抗薬による歯肉増殖では,内科に薬剤の変更を依頼することも多い。その際には歯肉増殖の報告のないβブロッカーやACE阻害剤への変更や,より歯肉増殖症の発症率が少ないカルシウム拮抗薬(venapamil,isradipine)への変更がなされるが,血圧の変動,副作用などが問題となり服用薬の変更は行わずにそのまま歯周治療を行うことも珍しくはない。本症例は,多発性嚢胞腎に伴う高血圧症のため二種類のカルシウム拮抗薬の投与を受けていた。多発性嚢胞腎はpkd1あるいはpkd2遺伝子の変異が関与しており,これらの遺伝子がコードするpolycystin-1あるいはpolycystin-2の複合体は尿細管の繊毛において尿流を検知するセンサーとして機能し,尿細管の径を調整しているが,遺伝子の変異によりこの機能が喪失すると,尿細管由来の嚢胞が両腎に多発し増大することが知られている。進行性に腎機能が低下し70歳までに約半数が末期腎不全に至るが,高血圧症はもっとも頻度の高い合併症の一つである。血圧をコントロールし,腎糸球体の破壊を防ぐことが将来的に腎機能を保存していくのに重要とされているが12),血圧のコントロールは困難で患者は多数の降圧剤を服用していることが多い。本症例は,血清クレアチニンは1.7 mg/dlで腎機能はまだ維持されており,歯科治療を行う上で腎臓に対する特別な配慮はまだ必要なく,また現在服用しているカルシウム拮抗薬が奏功し血圧のコントロールも安定しているとのことであった。そこで今回は,薬剤の変更による血圧のコントールが困難になるリスクを考え,薬剤の変更は依頼せず,カルシウム拮抗薬を継続した状態で通常の歯周治療を行うこととした。

患者は多量のカルシウム拮抗剤の服用を継続していたが,約2か月間の厳密な口腔清掃指導と歯肉縁上のスケーリング,機械的歯面清掃により,歯肉増殖に改善がみとめられた(図3)。そしてその後のSRPを含む基本治療を行う事によりさらに改善がみられ,歯肉増殖はほぼ消失した(図4)。一般的にプラークコントロールを含むSRPは薬剤性歯肉増殖を構成する炎症性成分と線維性成分のうち炎症性成分を減少させるが,残存した線維性の歯肉増殖には歯肉切除やフラップ手術などの外科処置が必要と考えられている。本症例では歯周基本治療のみで歯肉増殖も消失する事ができたが,これは歯肉増殖おける炎症性成分が大きかったためかもしれない。同様に過去には非外科的歯周治療により良好な結果を得ているケースも多数報告されている。さらにプラークコントロール単独13)あるいは全身的な抗菌薬の使用により薬剤性歯肉増殖が減少すること14-16)から,重篤な歯肉増殖のケースで歯周外科処置が必要であっても,歯周基本治療で徹底的なプラークコントロールや抗菌治療により歯肉増殖が縮小,部位的に消失させることができれば,引き続く歯周外科手術でも施術範囲や侵襲を減少させることができると思われる。

本症例では口腔清掃の重要性,さらに薬剤による歯肉増殖についても丁寧に説明することから開始した。特に治療開始直後は歯肉が腫脹しており,歯ブラシで傷つけないよう軟毛の歯ブラシを使用したり,歯間部の清掃はデンタルフロスを使用するなど指導した。また,毎回来院時に患者の口腔内状態を説明し口頭だけではなく,写真を使用したり描画を行うことで患者の理解が得られ,治療に対するモチベーションが高まっていったと考えられる。歯肉の状態が改善してくると,ワンタフトブラシや歯間ブラシを指導し,徐々に清掃のテクニックを向上させていった。患者は歯肉の腫脹が消失していることを実感し,初診時に行っていなかった歯間部の清掃を1日2回行う習慣が付いていった。SRPなどの治療が進むにつれ歯肉増殖も改善し,患者のモチベーションはさらに高まっていった。歯間部の清掃も容易になり,PCRも12%,PISAは1823.8 mm2から41.2 mm2まで改善した(図5)。このように,十分な説明,歯肉の変化に合わせた清掃指導,歯肉を傷つけないよう順序だてた口腔清掃,徹底したプロフェッショナルクリーニングにより,今回の良好な治療経過が得られたと考えられる。

しかしながら患者は,降圧剤の服用量も増加することが予測され,歯肉増殖のリスクが高まることが考えられる。歯肉増殖症の再発にはプラークはきわめて重要な因子であるため,今後も良好な口腔衛生状態を維持していくことが必要と思われる。また47には現在4 mmの歯周ポケットが残存しており歯科衛生士としてセルフケアの管理や来院時の歯肉縁下のプラークコントロールなどのSPTを継続させていく予定である。

結論

多発性嚢胞腎に伴う二次性高血圧症のため,カルシウム拮抗薬を服用し,薬物性歯肉増殖を併発していた慢性歯周炎患者に対して,降圧剤の変更を行うことなく,厳密なプラークコントロール下による非外科的歯周治療を行うことで良好な結果を得ることができた。

本報告は第60回秋季日本歯周病学会学術大会(2017年12月17日,京都)において発表した内容に一部追加,改変して掲載した。

謝辞

本稿をまとめるにあたり,丁寧なご指導,ご助言をいただきました福岡歯科大学総合歯科の米田雅裕教授に深く感謝申し上げます。また本稿を進めていく上で,協力していただきました当センターの津江文武講師をはじめとするスタッフの皆様に心より感謝申しあげます。

今回,日本歯周病学会の学会誌で症例報告を行うことに関して患者の同意を得ている。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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