抄録
自家不和合性は,自家受精を抑制するシステムの一つで,雌ずい,花粉双方に存在する自他識別因子のS遺伝子型が一致した場合に不和合となる.雌雄両因子をコードする遺伝子は強く連鎖し,かつ集団中に多数の対立遺伝子を有することが知られているが,筆者らはS遺伝子をヘテロに持つアブラナ株において,花粉側因子であるSP11がいずれのアレルも機能的なSP11をコードしているにもかかわらず,片方の認識物質の形質が完全に消失してしまう現象を見出した.そしてこの自他識別因子のアレル間で認められる優劣性は,劣性側のSP11のプロモーター領域が,この自他識別因子が発現する葯タペート組織において特異的にメチル化され,発現が抑制されることに起因することを明らかにした.本総説では,自家不和合性という植物が持つ自殖を抑制する現象を通じて,対立遺伝子間の優劣性発現調節にDNAメチル化というエピジェネティックな遺伝子発現制御機構が関与することを紹介する.