地方自治体は,法的権限の欠如を補うべく,公害防止協定という,規制対象企業との「合意」に依拠した政策手法を創造し,活用してきた。そして,この公害防止協定には,個々の規制対象の特性に応じた柔軟な規制が可能となる等の,法令に基づく規制にはない利点があった。しかしながら,規制対象企業の「合意」とは,結局のところは,自治体による公害規制権限以外の法的権限を用いたしっぺ返しに対する懸念や,地域世論の圧力によって強いられた「準合意」であり,そこに依拠することには,法治主義の理念から逸脱した「権限なき行政」としての不安定性が常に伴う。それにもかかわらず,多くの自治体が公害防止協定を活用した背景には,法を政策目的実現のための一手段と見なし,法が道具として役立つならば法を使うが,そうでなければ,法以外の道具を,たとえその法的地位が不安定なものであっても,独自に考案し,活用していくという,道具主義的な法意識の生成を読み取ることができる。こうした道具主義的法意識に基づいて自治体行政が行なわれるとき,垂直型の中央地方関係およびその法的現象形態としてのトップダウン型の法秩序の自明性は,大きく揺らぎ始め,ローカルに形成される多様な規範秩序が分立する,水平型の中央-地方関係が発展していく可能性が生じる。そうした意味において,公害防止協定は,中央-地方関係の新たなかたちを,萌芽的にではあれ顕現しているのである。