抄録
近年、自動運転システムの技術開発が進み、その社会実装について活発に議論されている。自動運転技術は、交通事故や運転手不足などの様々な交通問題を解決できると考えられていることから、自動運転技術への期待が高まっている。一方で、そうした期待は、今日早急に対応すべき交通問題から目を背けさせることに繋がる可能性が懸念される。こうした問題は、気候工学の分野で検討されているある種の「モラル・ハザード」と呼ぶことができる。本研究では、情報提示を伴うアンケート調査を行い、ランダム化比較試験により、情報提示がもたらすモラル・ハザード意識の醸成可能性について検証する。分析の結果、情報提示のない対象群と比較して、自動運転が順調に社会に受容されているということのみを情報として提示した群では、「バス・トラックの運転手不足」や「人間の操作ミスによる自動車事故」という問題は、自動運転技術によっていずれ解決するのだから大きな問題ではない、というモラル・ハザード意識が統計的に有意に高いことが確認された。一方で、そうした情報に加え、まだ人の操作が介入せざるを得ない局面があることなども提示した群では、対照群と比較して、モラル・ハザード意識の統計的有意差は検出されなかった。自動運転技術の情報提示の仕方によっては、モラル・ハザード意識の醸成、すなわち現存する交通問題に対する責任感の希薄化が生じうる可能性が示された。