抄録
本稿では、今日の土木技術者に対する日本における社会的認識の根底の一端を探ることを目途として、土木工事の際に働かされた人形の成れの果てが河童であるという河童人形起源譚の民話の背後にある民俗的事実について、非農業文化研究の先駆者とも言える若尾五雄の研究を踏まえつつ考察した。議論の前提として、民俗学における土木技術者に関する研究のレビューを行い、土木技術者が、民俗学研究の基本的対象であった常民の枠から外れた者として分類され、特殊職業民、漂泊民、被差別民などの非常民として理解されていることを指摘した。その上で、河童人形起源譚の背後には、非常民である河原者や非人、黒鍬などの土木技術者が河原を拠点として治水工事などに関わっていたという民俗的事実が存在していた可能性があることを、具体的事例を引合いに出しながら指摘した。また、河童人形起源譚における河童は、人形流しの民俗儀礼における、ケガレを背負わされ川に捨てられる人形のような存在として語り継がれていることから、こうした民話には、土木技術者を「不浄」とする常民の差別意識の存在が窺えることを指摘した。こうした差別意識は、現今における土木を「不浄」とする意識と通底していることが考えられよう。