抄録
経済政策を立案する者は、経済論理から逃れえない。誰もが何らかの経済論理の下僕である。しかし、同時に彼は現実とも向き合わざるを得ない。一定期間の後、政策効果が統計数値によって明かされるからである。もしも経済学が最新の一学説に収斂されているならば、政策立案前の経済論理の選択は不要となり、彼の肩の荷は半分降りたことになる。彼に残された仕事は、経済論理と現実の齟齬を如何に取り繕うか、すなわち如何なる言い訳をするかだけとなろう。実際、現代経済学の数理的体系を指して、経済学は一体化されたと考える経済学者も多い。しかし、それは経済学が社会科学の一員たることを忘れた者たちの誤解である。自然科学と同様の普遍性を経済学に求めることは、経済学から現実性(特殊性)を奪うことを意味する。現代の主流派経済学は新古典派理論の後継の諸学説であり、現実性を無視し、論理的厳密性を重視する立場である。それは非現実的な論理の楼閣に過ぎず、現実からの砲撃に堪え得るものではない。しかし、その非現実的論理に基づき政策を立案しているのが日本の行政府の現況なのである。その一例として、この小論では、安倍政権下における日本銀行の金融政策が当初の目標を全く達成できていない理由について考察する。日銀が金融政策の論拠としてきたリフレ派理論および現代マクロ経済学の現実経済への非適合性を具体的に説明することで、金融政策の限界を明らかにする。手順としては、先ず日銀とリフレ派の関係および変転する金融政策の内容を概観し、次に論理的背景を詳らかにする。