抄録
子育て期の母親である起業家20人へインタビューを行い、母の役割、起業家の役割、自分の区別に着目し、それぞれにおいて他者との関係を維持・形成しながら成熟していくプロセスをC.ギリガンによるケアの倫理に基づいて検証し、できること(can)、求められていること(should)、やりたいこと(will)という要素を成熟プロセスに当てはめて分類し、タイプごとの傾向を考察した。起業家の役割を通して、他者と互いに取り替え不能の非対称な関係を形成する中で「他者の他者としての自分」を見出す。そして、自分の気持ちを尊重することが母の役割を通して家族にもいい影響を与えることに気づく。各役割への時間の配分において葛藤が生じるが、起業に取り組むことは子育てに正負両面の影響を与えるという複雑な影響の構造の中で、それぞれに与える影響の大きさを考慮しながら自分が納得できる選択を模索し決断できるようになっていると考えられた。本来対称的関係が中心で公正志向が支配的であるはずの起業活動において、他者と取り替え不能な「非対称的関係」を形成しながら取り組まれる起業活動は思いやり志向が特徴的であり、「思いやり志向の起業」と呼ぶことにする。起業家として事業に取り組む中でも母親の役割を犠牲にしないでいいような対策や配慮が重要で、そのためには思いやり志向の起業についての理解を広めることが重要である。事業に取り組む中で発生する環境の変化やモチベーションの低下などの変化に対してスムーズに対処するためには、shouldの要素が重要となる。特にcanがきっかけとなり起業したタイプにおいては、他者に対して実際にサービス等を提供し非対称的関係をつくりながら感触を確かめるという小さな実践の機会を早い段階から設けることが必要になると考えられた。