実践政策学
Online ISSN : 2189-1125
Print ISSN : 2189-2946
瀬戸大橋架橋30年の影響に関する事後評価
国土計画上の整備目的に関する達成状況について
波床 正敏
著者情報
ジャーナル フリー

2019 年 5 巻 1 号 p. 23-30

詳細
抄録
交通基盤整備後1~2年もすると、当初の需要予測が正しかったかがマスコミ等で話題となるが、社会基盤整備の影響は社会変化を経て具現化するため、適切な評価が可能となるにはかなり長期を要する。一連の全総では四国は開発対象地域の一つとされ、瀬戸内海という地理的障害の克服を目的として連絡橋が整備されたが、瀬戸大橋が1988年に開通してから30年以上、他ルートも開通から20年以上を経て、ようやく適切な事後評価ができる時期になってきた。そこで、本研究では山陰(島根+鳥取)、山陽(広島+岡山)、四国の瀬戸内側(愛媛+香川)、四国の山地より南側(高知+徳島)の4つの地域における人口および県内総生産の長期推移を分析した。分析では全国的な傾向を除去するとともに、地域の人口や経済の規模を考慮した上で増減傾向を明らかにした。その結果、架橋ルート決定時期頃から四国地方の人口減少傾向が緩和され、架橋後は中国地方よりも人口の減少傾向が弱まったことがわかった。また、瀬戸大橋の開通を機に四国地方の県内総生産の推移はそれまでの長期減少傾向を脱し、全国的な推移と比べて同等もしくは好ましい傾向を示すような地域変化が見られた。しかしながら、1992年頃以降の全国的な経済活動の低迷のために四国地方の絶対的な県内総生産は頭打ち状態であり、これが一因で四国地方の絶対的な人口の減少傾向にも明確な歯止めがかかっていないと考えられる。
著者関連情報
© 2019 実践政策学エディトリアルボード
前の記事 次の記事
feedback
Top