1990年代後半から2010年代末まで,わが国の名目賃金は総じて停滞局面にあったが,その内実をみると3つのフェーズ(第1フェーズ=1997~2002年,第2フェーズ=2003~2012年,第3フェーズ=2013~2019年)に区分される。3つのフェーズ毎に賃金低迷の原因は異なり,いわば「経路依存的」に賃金低迷が続いてきた。注目すべきは,第2フェーズで労働需給が改善したにもかかわらず賃金が伸び悩んだことで,中国の台頭により世界経済のコスト構造が下方にシフトしたことが契機になった。加えて,①正規・非正規の二重構造,②大企業・中小企業の二重構造,③中心部分での雇用維持重視の慣行,をセットとする日本型雇用システムのあり方が決定的な影響を及ぼした。
第3フェーズにおいては,労働力が供給の天井に徐々に近づくにつれ,日本型雇用システムは変質を余儀なくされた。その結果,コストダウン対応力は低下していき,2020年代に入り世界経済におけるコスト構造が上方にシフトしたことが決定打となり,長らく続いた名目賃金の低迷局面は終息したとみられる。半面,実質賃金については長期の停滞局面を脱し切れたとは言えず,その要因として交易条件の悪化傾向が見逃せない。この背景には,輸出の非価格競争力の低下と化石燃料輸入への過度な依存という産業構造・エネルギー構造転換の遅れが無視できない。
実質賃金の上昇には労働生産性の引き上げが必須であり,その方策として注目される雇用の流動化策については,雇用維持の利点も無視できず,悪い雇用維持を減らし良い雇用流動化を増やすことを個別具体的に考えていくという発想が必要である。労働組合の発言効果にも注目すべきで,賃金面での労働組合の交渉力を高める政策的な支援も重要である。