抄録
(目的) 霊長目で最も古い時代に分岐した原猿類(原猿亜目)の系統進化を明らかにすることは、霊長目の起源を考えるうえで非常に重要である。現在、200種以上の霊長目が知られているが、ミトコンドリアDNA(mtDNA)全塩基配列の報告がある種はわずか13種である。我々は原猿類の系統進化を明らかにするため、mtDNA全塩基配列を用いた分子進化的研究を行った。
(方法) 原猿亜目キツネザル下目5種、ロリス下目3種、メガネザル下目1種、真猿亜目の新世界ザル1種、計10種のmtDNA全塩基配列を決定した。今回のデータに、すでに報告された霊長目とその他の哺乳類のデータを加えた36種の塩基配列をアラインメントした。mtDNAにコードされた13のタンパク質、2つのrRNAデータを利用し、塩基組成、非同義置換/同義置換比(Ka/Ks)など原猿類のmtDNAがもつ分子進化的特徴を解析した。さらに近隣結合法、最尤法による系統解析を行った。
(結果) 旧世界ザルに比べ原猿類、メガネザル、新世界ザルのタンパク質コード領域のコドン第3ポジションの塩基組成にCの減少・Tの増大がみられた。複合体IVサブユニット(COI, COII, COIII)のKa/Ksは、他の複合体より小さい値となり機能的により強い制約があることが示唆された。rRNA領域と、タンパク質コード領域のコドン第1、第2ポジションのトランスバージョンを用いた系統解析の結果、系統樹の再現性を表す確率値は霊長目内で高い値となった。キツネザル下目、ロリス下目はそれぞれ単系統となり、さらにそれらは原猿類として単系統となった。
(考察) 今回の系統解析では、近縁目であるツパイ、ヒヨケザルに対する霊長目の単系統性と、メガネザルと真猿類との近縁関係が示された。mtDNAによる先行研究が核DNAを用いた研究と対立していたこれらの点に対して、本研究では一致した結果を得た。