抄録
霊長類は文脈に応じて多様な音声を発することが知られている。近年、数種の霊長類において、地域によって"方言"のように音声が異なることが報告され、住環境に適した音声を学習しているのではないかと考えられている。クモザル属4種は中南米に広く分布し、種間、種内共に大きな行動のバリエーションがあると予想されるが、ほとんど明らかにされていない。本研究では、クモザルの音声に見られる多様性を明らかにすることを目的として、同種内で音声に地域差がみられるのかを検討した。コロンビア・マカレナ、およびエクアドル・ティプティニの約370km離れた2ヶ所に生息するケナガクモザル (Ateles belzebuth belzebuth) を対象とし、多様な音声レパートリーの中で、500~800m届くような大きい音声である"long-loud call"を用いて検討を行った。マカレナ個体群の6頭以上の個体による29個、ティプティニ個体群の5頭以上の個体による18個の音声について、計25個の音響的特徴を比較した。音響分析の結果、いくつかの音響的特徴に明確な地域差が見られることが確認された。本研究により、クモザルの"long-loud call"には、同種内でも地域変異が見られることが明らかになった。離合集散するクモザルの社会においては、群れの他個体の位置を知る上で音声が重要な手がかりになると考えられ、住環境において遠くまで届きやすい周波数帯にスイッチしている可能性が考えられる。今回はティプティニからの音声が少ないため、個体数を追加して個体差を越える、あるいは個体差とは異なる地域差があるかを検討する必要がある。また、調査を行なった2ヶ所が370kmと離れており、遺伝的な隔離の影響については否定できない。ティプティニから75kmと比較的近いヤスニの同種個体群からの音声をすでに録音済みであり、追加検討を行ないたい。