霊長類研究 Supplement
第22回日本霊長類学会大会
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公開シンポジウム
  • 中道 正之, 松岡 悦子, 西澤 哲, 根ケ山 光一, 中野 良彦
    p. 1
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    集団で暮らすサルや類人猿にとって、出産も子育ても集団のメンバーとの社会的関わりの中で行われる。母ザルは子ザルに授乳し、ぬくもりを与える存在だが、時には子ザルの求めを拒否して、子ザルの独立を促す。赤ん坊を持つ母ザルは、集団メンバーの注目を集める魅力的存在となり、子ザルたちは母ザル以外の個体との関わりも広がる。他方、社会で育ったメスの中にも、子ザルに過度の攻撃を加えるなどの「問題行動」をするサルがいることもわかってきた。
    本シンポジウムでは、まず、「進化の隣人」であるサルや類人猿の子育てを紹介する。その後に、現代社会での人の子育てに焦点を当てる。日本だけでなく、諸外国での出産事情と母の出産・子育てへの取り組みについて、文化人類学的な観点から紹介する。そして、臨床心理学の立場から、「幼児虐待」の実像を、虐待する親と虐待されながら育つ子どもの両側から検討する。最後に、発達行動学の立場から、サルの子育てと人の子育ての類似点、相違点を整理し、多様な視点から子育てを見ることの重要性を検討する。
    講演者による講演の終了後には、来場者の皆さんから質問やご意見をいただき、活発な議論を行いたい。

    中道正之「サルの子育てから分かること」
    松岡悦子「異文化の出産・育児から見えてくるもの」
    西澤 哲「虐待傾向のある保護者の心理的特性と子どもへの心理的影響について」
    根ケ山光一「サルを通してヒトの子育てを理解する: 「子別れ」からの子育て再考」

    司会:中野良彦
一般(会員企画)シンポジウム
  • 俣野 彰三, 平崎 鋭矢, 友永 雅己, 竹本 浩典, 中務 真人
    p. 2
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    人類の起源を探る上で類人猿の進化を解明することの重要性は言うまでもなく、従来、さまざまな分野で研究が進められてきた。国内においても、現生/化石、野外/実験室を問わず、多彩な研究者によって類人猿研究がおこなわれ、年々、類人猿進化に関する知見が蓄積されている。類人猿進化に関する重要なトピックは多々あるだろうが、形態的な側面でいえば、姿勢・運動様式の大きな変化が挙げられよう。現生類人猿はすべて木の枝からぶらさがる懸垂型であるが、中新世前半の化石類人猿では一般的な樹上性四足歩行が主流であった。明確な懸垂型の類人猿が化石記録に現れるのは中新世も後半になってからの事であり、中新世末期には人類の祖先が直立二足歩行という大変革を成し遂げた。一方、我々人類を特徴づけるもののひとつが卓越した認知能力であり、その萌芽と発展はやはり類人猿進化の文脈の中に求められるべきものである。また、認知能力と深く関連するのが人類のもつ複雑な言語である。言語の獲得は我々の祖先にコミュニケーション能力の飛躍的な拡大をもたらした。言語の進化は、もちろん、認知能力の増大に支えられているが、同時に、音を生み出す発声器官というハードウェアの進化にも依拠している。さらに、運動、認知、音声などに関する能力の基盤として脳の進化という視点も欠くことができない。大型類人猿の脳は、現生人類の巨大な脳に比べれば三分の一程度とはいえ、他の霊長類に比較すれば際立って大きい。脳の大型化、からだの大型化、運動様式の変化、認知能力の発達、音声器官の変化などは互いに影響を与えながら進化してきたはずである。今回のシンポジウムでは、4人の講演者にそれぞれの分野から話題を提供してもらい、類人猿進化に関する議論を深めたい。
    俣野彰三・平崎鋭矢 脳の進化:かたちを中心に
    友永雅己 心の進化:ヒトの心の類人猿的起源
    竹本浩典 発声器官の進化:最近の音声生成研究の成果をふまえて
    中務真人 化石から見た解剖学的特徴の進化:運動、サイズ、成長
自由集会
  • 室山 泰之, 古市 剛史, 松沢 哲郎
    p. 3
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    野生霊長類をめぐる状況は,年々厳しいものとなっている.このような状況の中,世界各地で地域個体群の保全が図られている.この自由集会では,各地域における保全や保護活動の現状を報告するとともに,共通する問題点や各地域の個別の問題点について議論し,日本霊長類学会としての取り組みを再検討することを目的としたい.
  • 吉川 泰弘
    p. 4
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトの一環である「大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)」は、前身である「チンパンジー研究利用に関するフィージビリティースタディ」の成果を引き継ぎ、大型類人猿飼育施設と研究者とのネットワークを作成し、研究サンプルや情報といったリソースの流れを双方向に作り出すことを目的としている。本集会では、GAINの現状、GAINを利用した研究の現状、協力研究施設における研究の現状、飼育施設の現状をそれぞれ報告する。まず、GAINの理念とシステム、これまでの活動の概況を示す。特にシステムの変遷と現状、情報整備について報告する。次に、これまでのGAIN利用研究者から、GAINを利用しておこなわれた研究概要を報告してもらう。GAINを利用することでおこなうことができた研究の説明を中心に、今後実行可能になると考えられる研究内容などについても話題提供してもらう予定となっている。また、直接GAINからのサンプル分与を受けてはいないが、GAINと協力関係にある研究施設においておこなわれた大型類人猿研究についてもその概要を報告してもらう。最後に、これまでリソース配布や情報提供などで協力があった飼育施設から、現状報告や、GAIN、研究者への要望、意見などの話題提供を予定している。こうしたGAIN、研究者、飼育施設の三者からの報告をふまえて、大型類人猿研究の現状と将来展望、GAINの研究支援システムや情報整備の問題点などについて検討したい。
  • 遠藤 秀紀
    p. 5
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    種も問わず、状態も問わず、部位も問わず、私たちは世の中にある動物遺体を、どんなものでも受け取る活動を続けてきた。それは、遺体を所有し、遺体を囲む人や社会と一体化した運動として、築いてきたものである。無限の自由の元に、無制限、無目的に死体を集め、それを研究し、未来へ引き継ぐ。遺体を文化の根源として扱い、その知を多くの人々と分かち合う。所詮私たち自身はいずれ消え去るのみだが、後には知と遺体とが残されていく。サルもイヌもウシもネズミも問いはしない。遺体たるものすべてをどう活かすかを自らに問うのが、私たちの生き様である。
    解剖学なる学問は古くからある。しかし、遺体から事実を探究する場としては、今日甚だひ弱だ。どのような遺体からでも最大限に謎を解こうとした場合、現存する解剖学では事足りない。同じように、サンプルを採ると遺体を捨ててしまう日本動物学流のスクラップアンドビルドも、遺体の未来を育てることはない。
    ここに、「遺体科学」が登場する。
    遺体科学はデータの面白さと、遺体をどう大切にするかという二面から語るのがよかろう。形態学のデータの話と、遺体をどうしていくかという未来構想と。
    「顔と話しことばの進化 -形態と運動制御-」
    西村 剛(京都大学・理学研究科・自然人類)
    「遺体をどう集め、どう引き継ぐか」
    遠藤秀紀(京都大学・霊長類研究所・形態進化)
    あたりを、まずは今年の話題にしてみよう。
    死せる身体と向き合う仕事のなかで、新しい発見と久しい継承に挑もうではないか。
口頭発表
  • 久世 濃子, 金森 朝子, 幸島 司郎
    セッションID: A-01
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    (目的) ボルネオ・オランウータンはスマトラ・オランウータンに比べて、生息密度が低く、単独性が強いといわれている。我々はスマトラ・オランウータン並に高い密度で生息するボルネオの個体群を研究対象とし、その社会交渉の頻度や内容をスマトラと比較することで、オランウータンの社会性を決定している要因を明らかにすることを目的として研究を行っている。本発表では、現在までの調査で観察された社会交渉の頻度やその内容について報告する。
    (方法) 我々はボルネオ島マレーシア領サバ州のダナムバレー森林保護地域に新しい調査地を設定し、2004年から研究を開始した。一日1個体を観察対象とし、 朝ネストから出て、夕方ネストを作るまでの終日追跡を行い、行動を直接観察による瞬間サンプリング法で記録した。対象個体の周囲50m以内に他個体の存在が確認された時は、個体間距離を10分間隔で目測により記録し、社会交渉が観察された場合は、アドリブサンプリング法で記録した。
    (結果) 2005年11月までの3回(計11ヶ月)の調査で、2km2の調査地内において計28頭を識別した(フランジオス3頭、アンフランジオス7頭、ワカオス2頭、オトナメス6頭、ワカメス2頭、コドモ2頭、赤ん坊6頭)。社会交渉の頻度は全観察時間の1%であったが、9頭の個体が半径25mの範囲内で休息する、8頭の個体が同時に同じ木で採食する、といった事例も観察された(それぞれ1日)。
    (考察) 通常のボルネオ・オランウータンの生息密度は0.2~2頭/km2であるが、本調査地での生息密度は非常に高く、スマトラの生息密度(6頭/km2)に近いといえる。しかし社会交渉の頻度は高くなく、50m以内に他個体がいる割合はスマトラよりも低かった。今後も観察を継続し、DNA分析によって各個体の血縁関係を明らかにし、ボルネオ・オランウータンの社会性の実態を明らかにすることを目標としたい。
  • 柿沼 美紀, 濱野 佐代子, 畠山 仁, 安藤 由香, 土田 あさみ
    セッションID: A-02
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    メスが群を出る野生のチンパンジーの場合、養育環境が変わるため、母と子の養育態度を直接比較することは難しい。一方、飼育下の場合、メスが生まれ育った環境で出産、育児を行う場合もあるため、母と娘の養育態度を一定の範囲内で比較することが可能になる。
    多摩動物公園で六頭の子育てをし たパイン(1963~2002)の三女チェリー(第4子 1990~)は2005年10月に第一子、ボンボン(オス)を出産。パインが二男トム(1996~)と四女ベリー (1999.12~)を出産、子育てを傍らで見ている。ベリーが幼い頃は、母親と共にベリーと過ごす時間が多く(柿沼他2003a)、パインの死後、ベリーの親代わりをしていた。
    今回、パインがベリーを養育していた時の記録と、チェリーの養育の比較を行った。パインの特徴としては、群の他の個体に比べ子どもを肌身離さず抱いている傾向があり(柿沼 他2003b)、18ヶ月時でも子どもを近くに置こうとしていた(柿沼他2004)。また、放飼場内をうろうろする、おおげさに子どもをなだめるなど、不安傾向の高い様子が伺えた(柿沼他2005)。チェリーも落ち着き無く移動する傾向は見られたが、子どもを肌身離さずというよりは、腕を持ちながら体から離すなど、ペコ(1961~)のスタイルに似ている部分も見られた。また子どもの活動内容もベリーに比べ多く、5ヶ月時に母親の近くでロープにぶら下がって遊ぶなど、活発に動いている。活動内容はどちらかというとペコの子どもモコ(2001.4~)に似ている(柿沼他2003a)。
    今後はチェリーの養育態度、ボンボンの活動内容の変化を他個体のデータと比較検討することで、養育態度の世代間伝達の可能性について検討する。
  • 鈴木 真理子
    セッションID: A-03
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    (目的) 群れで移動するためには、特に分散しやすい状況で、群れのまとまりを維持するためのなんらかの調節が必要であると考えられる。ニホンザルは、常に群れで移動をしており、その群れは比較的個体間距離が広いことが知られている。そこで、群れの分散を、他個体との距離や周辺の個体数の変化とし、周囲を把握するような行動を、視覚的な情報である長めの見回しと聴覚的な情報であるクーコールの回数とし、群れの分散時に周囲を把握する行動が起こるかを調べた。
    方法) 調査は屋久島西部海岸域に行動域をもつKawahara-A群を対象に、2005年5~6 月と8~10月に行った。オトナメス5頭を対象に個体追跡法を用い、1分間と5分間の瞬間サンプリングで、最近接オトナメスとの距離と10m以内の個体数を記録した。また、同じ1分間に起こった見回しの有無とクーコールの回数を記録した。
    (結果) 他個体が集合している時に比べて分散している時には、見回しが有意に多く起こることがわかった。しかし、クーコールは、分散している時だけでなく、集合している時にも頻度が高くなっていた。クーコールに関して、さらにアクティビティーに分けて分析したところ、他個体が集合している時の発声頻度の高さは採食中のものであり、分散しているときの発声頻度の高さは休息中のものであった。
    (考察) 分散している時に周囲をよく見回していることから、ニホンザルは群れが広がったときに他個体の空間配置を視覚的に把握していることが示唆された。また、休息中に分散している時に発声頻度が高いことから、他個体が離れていくような場面には発声によって自分の位置を知らせ、他個体の発声を促すことで、聴覚的にも把握している可能性が示唆された。これらの手がかりが、ニホンザルにおける空間的な広がりを保った群れの移動を可能にしていると考えられる。
  • 山田 一憲, 中道 正之
    セッションID: A-04
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    発達経路(developmental trajectory)の多様性を明らかにすることは、発達研究の目的の一つである。それは、個体の環境への適応戦術を明らかにすることにも繋がる。ヒト以外の霊長類において、青年期は個体の社会的関係が母ザルを中心とした血縁個体から非血縁個体へと広がっていく時期であるとされる。本研究では、ニホンザルの青年期における母娘関係に多様性が見られるのか、その多様性は娘の社会化、特に非血縁個体との毛づくろい交渉に関係するのかどうかを検討した。
    勝山ニホンザル集団において、未経産の青年期のメス全11頭(5-6歳)を対象個体とし、10分の個体追跡観察を1個体につき24回行った。観察期間は2001年4月から8月までの43日間であった。
    母親との近接や毛づくろいを頻繁に行う個体ほど、非血縁個体と毛づくろいを行うことが少なく、毛づくろい相手数も少なかった。非血縁個体との毛づくろい交渉は、母親が2 m以内に近接しているときよりも、近接していない時の方が高い頻度で生起していた。これらの結果は、母親と頻繁に社会的交渉を行い密接な関係を維持する個体が存在する一方で、母親との社会的交渉が少ない個体が、母親から離れた所で、非血縁個体を含めた多様な相手と社会的交渉を行っていることを示している。母親との親密さの程度は対象個体が毛づくろい交渉にかけた総時間と関係しておらず、母親と親密に関わる個体であっても、親密に関わらない個体であっても、一定時間の社会的交渉を行っていた。
    本研究において、青年期のニホンザルメスの社会化には複数の発達経路が存在していることが示された。霊長類にとって、社会的な繋がりは適応価になり、生存や繁殖に有利に作用するとされる。青年期のメスが、母親との親密性に応じて社会的交渉の相手を柔軟に変化させることによって、一定量の社会的交渉を維持している可能性が示唆された。
  • 田中 伊知郎, 武田 庄平
    セッションID: A-05
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    ニホンザルは、毛づくろい中にシラミ卵を毛からつまみ上げ食べる。 この行動の形成過程を調べるために、長野県志賀高原地獄谷野猿公苑に餌付けされている志賀A-1群で横断的調査を行った。つまみ上げた後、つまみ上げたものを食べる割合は、年齢が上昇するにつれて食べる割合が上昇した。この食べる割合は、つまみ上げたときに相手の行動に変化が生じる(毛づくろい部位の体を動かす・呼吸のリズムが乱れるなど)かの割合に年齢以上に相関した。以上から、相手から反応を受けることで、相手に不快なつまみ方が排除されていくと考えられる。その結果、つまみ上げ行動が絞り込まれ、シラミ卵を食べることまで完了できるようになると考えられる。
  • 大西 賢治, 山田 一憲
    セッションID: A-06
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類における毛づくろいは、互恵的利他行動として扱われており、毛づくろいのやり取りに互恵性が成立していない場合には、毛づくろいと毛づくろいを受けること以外の利益とが交換されていると考えられている。本研究では、成体メス内で優劣順位が最下位で、背中に急激な脱毛が広がったメスのニホンザル(脱毛メス 7歳)が、脱毛が確認された後、毛づくろい を行わないにも関わらず、毛づくろいを受け続けた事例を紹介し、なぜ、多くの優位メスがこの劣位の脱毛メスに毛づくろいを行い続けたのかを検討する。
    勝山ニホンザル集団において、2006年2月から4月の期間に、脱毛メスとこのメスに毛づくろいを行った成体メス11頭を対象として、個体追跡法によって観察を行った。脱毛メスに対して30分間の連続観察を16回(計480分)行った。この個体に毛づくろいを行った成体メス11頭に対しても、後日、30分間の連続観察を3回ずつ(1個体につき計90分)行った。記録項目は、毛づくろいの開始と終了の時間、毛づくろいの相手と方向、毛づくろい中にグルーマーが何かをつまんで口に運んだ回数であった。
    脱毛メスは、脱毛する以前の6歳のときには、毛づくろいを行うことの方が、毛づくろいを受けるよりも多かった。しかし、7歳となった本研究の観察中には、脱毛メスは11頭の成体メスから毛づくろいを受けたが、毛づくろいをすることはなかった。脱毛メスに毛づくろいした11頭の成体メスは、脱毛メス以外の個体への毛づくろいと比較すると、脱毛メスへの毛づくろいのときに、何かをつまんで口に運んだ回数が有意に多かった。この結果から、互恵的交換が成立していないにも関わらず、脱毛メスが毛づくろいを受け続けた理由として、毛づくろい中に何かを摘み上げて食べることがグルーマーの利益になっていた可能性が考えられる。
  • 栗田 博之
    セッションID: A-07
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    高崎山で餌付けされているニホンザル群には、幼児を押さえ込み、その頬袋に入っている小麦粒を奪い取って食べてしまうという行動を取る個体が数頭いる。この行動は雌が我が子に対して行う場合とそうでない場合とがある。高崎山では、この行動を取る個体の存在はかなり以前から知られているが、多数の個体に広がることはなく、数頭の個体が行うという状態が続いてきている。本研究はまだ始まったばかりであるが、本発表では予報としてこの行動について紹介する。
  • 山本 真也, 田中 正之
    セッションID: A-08
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    社会的な場面では、働き手と利益の受け手が必ずしも同一個体であるとは限らない。このような場面でヒトは互恵的に協力しあうことができるが、ヒト以外の動物種でこのような行動を実証的に調べた研究は少ない。本研究では、実験的に操作した社会的場面におけるチンパンジー2個体の利己行動・利他行動を調べた。群れで生活する飼育下のチンパンジー、母子3組とおとなのペア2組を対象とした。隣接する2つのブースに自動販売機を1台ずつ設置した。この自動販売機にコインを投入すると隣のブースにリンゴ片が出た。ブースに1組のチンパンジーを入れ、2つのブースにコインを1枚ずつ実験者が交互に供給した。間仕切りが開いていてブース間を行き来できる条件(母子のみ)と閉まっていて各ブースに1個体ずつ入っている条件でおこなった。間仕切りを開けた条件では、母子は利他的なコイン投入行動を交互に継続させず、最終的にコイン投入も報酬も子どもが独占した。その過程で、相手のいる側のブースでコインを投入し、素早く移動して報酬を獲得する行動や、相手にコインを渡して投入させ、自分が報酬を得るといった利己的な行動がみられた。間仕切りを閉じた条件でも、母子では利他的なコイン投入行動は交互に継続しなかった。子どもが先にコインを投入しなくなった。一方おとなのペアは、1個体統制場面に比べて投入までの潜時が伸びたり投入拒否がみられたりしたが、利他的なコイン投入行動を交互に継続させた。働き手と利益の受け手が異なる場面で、互恵的な協力関係が母子間では成立せず、おとな2個体間では成立した。自分が働いて相手が利益を得るという一時的に不公平な状況への寛容さが個体間関係や発達段階で異なることが示唆された。おとな2個体での結果は、チンパンジーもヒト同様、自分の行為が相手の利益になることを理解したうえで互恵的に協力しあう可能性を示している。
  • 小野 文子, 田勢 直美, 川崎 勝義, 土田 順子, 村松 慎一, 佐多 徹太郎, 寺尾 恵治
    セッションID: A-09
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    サル類の神経疾患モデルを用いた治療法、予防法の開発では、作出したモデルの有用性と治療法の有効性を評価す技術の開発が重要である。我々は、カニクイザルの前肢の機能を比較的簡便に評価する方法としてアップルテスト(AT)を確立した。パーキンソン病モデルザルとウシ海綿状脳症(BSE)由来のプリオン接種ザルについてATにより前肢の機能評価を行った結果を紹介する。
    【方法】 成体カニクイザルに低濃度の神経毒MPTPを1回/週の割で静脈内投与してパーキンソン病モデルを作出した。BSE発症ウシ脳乳剤を幼若カニクイザルに脳内接種または経口投与し、3ヶ月間隔で前肢の機能評価をおこなった。アップルテスト(AT)はケージ前面左右端にセットしたトレー上に1cm角、3~5mm厚の報酬(リンゴ片)を等間隔で4個おき、左右それぞれの手で報酬を取る行動をビデオ撮影した。
    【結果】 MPTPに対する感受性はカニクイザルで著しい個体差が認められるが、安定したパーキンソン病類似症状を呈するカニクイザルでは振戦と動作緩慢症状に伴い報酬獲得までの時間が著しく遅延し、前肢の機能障害が観察された。線条体を標的とした遺伝子治療後には、治療側に対応した前肢の機能回復が確認された。BSE脳乳剤を脳内接種した3頭のカニクイザルでは接種後25ヶ月間はATによる前肢の機能障害は観察されなかった。接種後28ヶ月目に脳内接種を行った3頭中2頭において報酬のつかみ取り行動に異常が確認された。これら個体は、前肢の機能障害とともに散発的な振戦が観察されている。一方、同時期に脳内接種した1頭と経口投与した3頭では顕著な異常は認められていない。
    【考察】 以上の結果から我々が確立したアップルテストはカニクイザルの前肢の機能を指標として、神経症状を比較的簡便にかつ客観的に評価できる方法であることが判明した。神経疾患モデルの行動についてはビデオで紹介する。
  • 保坂 和彦, 井上 英治, 藤本 麻里子
    セッションID: A-10
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    〔目的〕 野生チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例を報告する。他の動物(チンパンジーを含む)の死体に遭遇したときの反応については、先行研究ないし未発表資料がある。これらと比較しつつ、本事例が「チンパンジーにおける異種・同種死体に対する反応」「狩猟における獲物認識」「初期人類における屍肉食仮説」といった話題に投げかける意味を論じたい。
    〔資料と方法〕 調査地マハレ(タンザニア)の約40年の調査史において、チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した事例は観察されていない。今回報告するのは、2005年8月17日(事例1)と9月3日(事例2)の2例である。前者は爪痕等からヒョウが殺したと推定される新鮮な死体、後者は死後4、5日の腐乱死体との遭遇であった。いずれも、野帳記録またはビデオ録画によるアドリブサンプリング資料である。
    〔結果〕(1)「恐れ」の情動表出と解釈される音声が聞かれた。とくに事例1においては遭遇直後にwraaが高頻度で聞かれ、たちまち多くの個体が集まった。(2)死体を覗き込んだり臭いをかいだり触ろうとしたりする好奇行動の一方で、忌避/威嚇をするというアンビヴァレントな反応が見られた。事例2については、未成熟個体のみが強い関心を示した。(3)屍肉食はいっさい起きなかった。
    〔考察〕(1)チンパンジーが死体に対して示す「恐怖」と「好奇心」が入り混じった反応の基本的なパターンには、死体の種による本質的な違いは見出されない。(2)チンパンジーに恐怖を喚起したものの実体としては、1.近傍にいると推測できる潜在的捕食者(ヒョウ)、あるいは死因としてのヒョウの殺戮行為、2.死因とは無関係に、「死体」あるいは「死体現象」、3.死体とは限らず、未知のもの、生得的に不安を呼び起こすもの一般、の三通りが挙げられる。(3)チンパンジーは狩猟対象ではない動物は屍肉食の対象としても認知しないらしい。
  • 榎本 知郎
    セッションID: A-11
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    ヒトの社会行動における際だった特徴は、旅をすることである。ヘロドトスやマルコ・ポーロは言葉も通じない地方を旅し、無事に故郷に戻っている。近縁の類人猿を含めて、ヒト以外の霊長類では見られない行動特性である。これは、見知らぬ人がやって来ても直ちに攻撃したり親和的に受け入れるのではなく、とりあえず存在を容認する許容(tolerance)という心理特性があるからだろう。霊長類の社会構造を理解するため、これまでもっぱら攻撃と和平といった二値的なカテゴリーの行動を分析して来たが、ヒトの社会構造の特徴を描き出すには、許容という概念が必用ではないだろうか。
  • 清水 大輔, Macho Gabriele
    セッションID: A-12
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    歯は咀嚼機能のフロントラインとして、機能的に重要な役割を担っている。その歯は表面が硬度に石灰化し、比較的脆いエナメル質で覆われ、内部が比較的石灰化の度合いが低く、粘性の高い象牙質で構成されている。歯科の現場で表面を覆うエナメル質が壊れて剥がれてしまうということが見られることがある。これは、自然状態では時によって致命的な、文明社会でも少なからぬ影響を咀嚼にきたすことになる。では、エナメル質はこれに対抗する手段を持っていないのであろうか。エナメル質は均一な素材ではなくエナメルプリズムと呼ばれる繊維の束であり、繊維は内側から外側に向かってある規則を持って並んでいる。エナメルプリズムはまっすぐではなく、三次元的にサインカーブを描き、またお互いに並行ではなく複雑に交差し合っている。エナメル質に出来た亀裂がそれ以上伸長することをこの複雑なエナメルプリズムの構造が阻止しているといわれている。また、エナメル象牙境に存在するスキャロップと呼ばれる凹凸がエナメル質の剥離を阻止していると考えられている。しかし、エナメルプリズム及びエナメル象牙境の構造の機能的な研究は現段階で形態からの推測の域を出ていない。本研究では有限要素法を用いて単純化したエナメル象牙境を加味したエナメルプリズムのモデルを作り、ある一定の加重条件下でエナメルプリズムの構造がどのように応力分布に影響をもたらすかをシミュレートし、実際の臨床例とあわせて議論した。その結果、応力はエナメルプリズムのサインカーブの特定の部位に集中する。エナメルプリズムがお互いに交差していることがエナメル全体における応力集中を分断する役割を持っている。スキャロップ構造はエナメル象牙境における応力を分散させる。しかし、直線に近いカーブを描くエナメルプリズムにスキャロップ構造が付随した場合、逆に高い応力を引き起こすことになり不利な点となる。
  • 相見 滿
    セッションID: A-13
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    これまで、霊長類の共通祖先は夜行性だとおもわれてきた。しかし最近になり、錐体視物質の研究や、化石の研究にもとづいて、昼行性だったという説があらわれてきた。一方、霊長類の活動リズムにも、夜行性と昼行性だけでなく、夜も昼も動き回るという周日行性(cathemerality)が加えられた。そして、周日行性は、霊長類に限らず、多くの哺乳類で知られている。
    そこで今回、祖先的形質を備えているとされる曲鼻類の活動リズムと、錐体視物質の種類と色覚、タペタム(輝板)の有無などを調べ、霊長類の夜行性起源説の妥当性を検討した。
    アイアイやスローロリスをはじめ、多くのものが2色性である。有胎盤類の祖先は2色性であったと思われるので、霊長類の共通祖先も2色性色覚だったと思われる。単色性や多色性のものは、その後、派生したのだろう。
    霊長類のタペタムは全て、細胞性で、リボフラビンが有効成分とされている。何回かにわたる収斂進化ではなく、単一起源と思われる。夜行性のものはもちろん、昼行性、周日行性のものにもみとめられる。チャイロキツネザル類(Eulemur)とエリマキキツネザル(Varecia) はタペタムを欠くが、失ったと思われる。霊長類の共通祖先はタペタムを持っていたと思われる。
    したがって、霊長類の共通祖先は2色性色覚で、タペタムを持っていたと思われる。共通祖先が夜行性だったとしたら、なぜ2色性か?昼行性だったとしたら、現生曲鼻類の全ての昼行性のものがタペタムをそなえるのはなぜか? 現生哺乳類で一般的な活動リズムである周日行性だったとしたら、周日行性のチャイロキツネザル類がなぜタペタムを失ったのか? 化石では、曲鼻類の最も祖先的なものとしてNotharctusがあげられるが、昼行性だったとされる。まだ解決すべき問題がたくさんある。
  • 西村 剛, 大石 高生, 國枝 匠, 矢野 航, 松田 圭司, 高橋 俊光
    セッションID: A-14
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    ヒトの上喉頭声道は、咽頭腔が口腔とほぼ同じ長さの二共鳴管構造であり、その発達は話しことばの発達の形態学的基盤である。ヒトでは、生後、喉頭が口蓋に対して急速に下降する喉頭下降によって、咽頭腔が口腔よりも速く伸長し、9歳頃にこの構造が完成する。チンパンジーでも、ヒトと同様の咽頭腔の成長がみられる。それにともなって、喉頭蓋も軟口蓋に対して下降し、口腔咽頭腔が発達する。一方、口腔の伸長は、乳幼児期以降、ヒトでは鈍化するのに対して、チンパンジーでは以前と同様の伸長が続く。これらは、ヒト系統で起きた口腔の成長(顔面形状の成長)の変化が二共鳴管構造の完成におおきく寄与したことを示唆する。一方、喉頭下降現象は、少なくともヒトとチンパンジーの共通祖先はすでにもっていたと示唆されるが、それ以前の進化史はよく分かっていない。本研究は、2003年から2005年に生まれた各年2頭、計6頭のニホンザル乳幼児を対象に、毎月1回、磁気共鳴画像法を用いて頭頚部の連続断層画像を撮像し、ニホンザルにおける上喉頭声道形状の0から3歳までの成長変化を半縦断的に分析した。その結果、ニホンザルでは、ヒトやチンパンジーに比べて咽頭腔の伸長が鈍い一方、チンパンジーと同様の口腔の伸長が確認された。また、ニホンザルでは、分析した成長期間を通じて、喉頭蓋の軟口蓋に対する位置は変わらなかった。これらの結果は、ニホンザルでは、喉頭下降現象が起きないことを示している。よって、同現象は、おそらくヒト上科系統で顔面形状の進化とは独立に現れ、話しことばとは直接関係のない嚥下や呼吸などの機能に対する適応として進化したと考えられる。
    本研究に実施にあたっては、文科省科研費(16000326)、21世紀COE(A14、 京都大学)、京大霊長研共同利用研究(3-1(2005)、 1-6(2006))より支援いただいた。
  • 江木 直子, Maschenko Evgeny N, 中務 真人, 高井 正成, KALMYKOV Nikolai P., 高橋 俊光
    セッションID: A-15
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    Parapresbytis eohanumanは、バイカル湖南東の中部~上部鮮新統から産出したコロブス類である。歯顎標本の他に、上腕骨遠位部と不完全な尺骨が収集されている。本研究では、この体肢骨標本をアジア・アフリカの現生コロブス類やヨーロッパ産化石属と比較し、Parapresbytisの特徴について検討した。
    比較は、上腕骨遠位部と尺骨近位部のノギスによる計測値を主成分分析にかけて行った。2つの体肢骨標本は同一個体のものと報告されていたが、大きさが上腕骨ではNasalisやSemnopithecusの大きなオス個体程度であり、尺骨はこれらより大きく、別個体のものである。上腕骨形態については、Dolichopithecus、Mesopithecus、Semnopithecusという地上性の属が、他のコロブス類から分かれる。Parapresbytisは後者の範囲に入る。尺骨形態ではこの判別はやや弱い。
    Parapresbytisはアジア産の属だけでなく、アフリカの属とも似ていて、系統学的には、この類似はコロブス亜科の原始的状態を反映していると考えられる。ParapresbytisはRhinopithecusやPresbytisとの近縁性が議論されてきたが、本標本の形態で特定のアジア産属との近縁性を評価することは難しい。この化石属がDolichopithecusと近いとする説もあるが、今回の結果はこの説を支持しない。また、形態比較からはParapresbytisが地上生活に適応していたという証拠は見られず、むしろ多くの現生コロブス類と同じように、基本的に樹上性であったと考えられる。この化石は緯度50度を越える地点から産出しているが、Parapresbytisはこの地域に生活様式を変えて進出したのではなく、この地に現生コロブスが生活しているような森林環境が存在したのであろう。
  • 石田 英實, 中野 良彦, 高野 智, 荻原 直道, 中務 真人, 国松 豊, 清水 大輔
    セッションID: A-16
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    二足歩行の起源について、これまでに多くの仮説が提唱され、この歩行様式が出現した環境も森林とサバンナに二分されている。この起源についてまだ定説はなく、大きな課題として残されている。ここではアフリカ類人猿の特徴とアフリカの自然環境の変遷を踏まえて、この課題を考察したい。アフリカの類人猿はアジアの類人猿と異なり、大きな群れを作り、ナックル歩行により地上を移動する。ゴリラ、チンパンジーともに森林を生活基盤とするが、食性では前者が地上草食タイプであり、ヒトに系統がより近いチンパンジーが伝統的な樹上果実食タイプに留まっている。
    アフリカの自然環境史をみると、中新世前期には豊かな森林環境があったが、中期以後の乾燥化により森林はパッチ化する。このような中で、森林依存の中新世類人猿では地上移動の頻度が増え、その距離も徐々に長距離化していったとみてよい。ことに、果実食にこだわった種では、森林間の往来が高頻度となり、移動距離も格段に長くなり、移動中の捕食者への遭遇回数も当然ながら著しく増加しただろう。こうした中、オープンランド横断中の安全確保が最大の課題となり、この克服に大きく寄与したのが二足歩行の採用ではなかろうか。
    オープンランドの横断で、一頭の類人猿が二足で立ち、歩いていても食肉類を脅かす効果は低いものであったろう。しかし、大型のオスが群れをなして立ち上って歩くとすれば、捕食者の目には大型獣として映り、そこに大きな威嚇効果が生まれたと考えられる。このような「群れ型二足歩行」の成功が契機となり、群れ全体が立ち上がり、また、手に小枝や棒切れなどを携え、振りかざせばさらに大きな威嚇効果があったと考えられる。上の安全なオープンランド横断法の発見は、その後、二足歩行への適応をより着実なものとし、オープンランドにおける採食・狩猟へとヒト科の生活様式を変化させたたのではなかろうか。
  • 中務 真人, 國松 豊, 仲谷 英夫, 辻川 寛, 山本 亜由美, 實吉 玄貴, 沢田 順弘
    セッションID: A-17
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    京都大学、島根大学、ケニア国立博物館の共同調査チームは、2005年、ケニア中部ナカリ地域において、新種と思われる大型類人猿の歯牙・顎骨化石、通称ナカリ類人猿を発見した。その年代は990-980万年前と決定された。これは、分子生物学的研究で推定されるゴリラの分岐年代よりも若干遡る。これまで、後期中新世のアフリカ類人猿は960万年前のサンブルピテクスが知られるのみであったが、新たに別の種類の大型類人猿がほぼ同時代から発見されたことは、現生アフリカ類人猿と人類の進化を研究する上で様々な示唆を与える。
    現在、人類・アフリカ類人猿の系統の由来については、ユーラシア起源説とアフリカ起源説が対立している。ユーラシア起源説の根拠は二つある。第一に、中新世のアフリカ類人猿に比べユーラシアの化石類人猿が現代的であること、第二に、後期中新世前葉のアフリカで類人猿化石資料が皆無に等しく、アフリカ類人猿の一時的な絶滅が想定されることである。しかしながら、ナカリ類人猿の発見により、後者については、化石証拠の欠落がサンプリングバイアスをうけている可能性が高いことが示された。また、前者についてもユーラシア化石類人猿と比較されているアフリカ化石類人猿が同時代の種ではなく中期中新世類人猿であるという問題を含んでいる。ナカリ類人猿の系統関係は分析中であり、その四肢骨もまだ発見されていない。この時点でこの議論に最終的な決着をつけるにはいたってはいないが、ナカリ類人猿の発見はこの問題を巡る論争に大きな波紋を与えつつある。この発表では、論争の現状と得られている情報から考えられる可能性についてわれわれの見解を示す。
  • 高井 正成, 西村 剛, 森本 直記, MASCHENKO Evgeny N.
    セッションID: A-18
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    Paradolichopithecus(オナガザル亜科Cercopithecinae、ヒヒ族Papionini)は、前期鮮新世~鮮新世末(約 350-170万年前)にかけてユーラシア大陸に生息していた地上性の大型(約23-35kg)のサルである。フランス、スペイン、ギリシア、ルーマニアなどヨーロッパのほぼ全域から化石が見つかっているが、それ以外にも中央アジアのタジキスタン南部のKuruk-Say地域の後期鮮新世の地層からParadolichopithecus sushkiniとされる化石が見つかっている。
    ヒヒ族内で(狭義の)ヒヒ類Papioとマカク類Macacaの系統が分岐したのは中新世末期と推測されており、鮮新世後半の化石ヒヒ族は両系統が分岐して間もない頃にあたる。Paradolichopithecusの形態もマカクとヒヒの中間的な特徴を示している。比較的長い鼻面、大きな臼歯、涙骨の涙管の位置などはヒヒ的な特徴を示している。しかし眼窩前部の「ストップ」と呼ばれる凹部が未発達な点や、上顎骨陥凹や下顎骨体の窪みがあまり顕著でない点は、マカク的である。
    頭骨の外観以外でヒヒとマカクを区別する特徴としては、上顎骨内にある上顎洞maxillary sinusの有無が注目されている。上顎洞は真猿類の祖先では存在旧世界ザルではマカク以外では全て消失したことが最近の研究でわかってきた。つまりParadolichopithecusの頭骨に上顎洞がなければ、マカクとヒヒが分岐する前の原始的なヒヒ族の状態を示している可能性が強く、上顎洞が存在すればマカク類である可能性が高い。本研究ではKuruk-Sayで見つかっているP. sushkiniの二つの頭骨の内部構造、特に上顎骨付近の構造をCTスキャナーを用いて観察し、上顎洞の発達程度について検討してみた。
  • 國松 豊, 中務 真人, 仲谷 英夫, 辻川 寛, 山本 亜由美, 酒井 哲弥, 沢田 順弘
    セッションID: A-19
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    従来、中新世の東アフリカからは、多様な小型狭鼻猿類が報告されてきた。これらの小型狭鼻猿類は、小型中新世「類人猿」とも呼ばれたが、現生のヒト上科、オナガザル上科のどちらかと特に強く結びつけるような特殊化が見られず、これらふたつの上科が分岐する以前に位置する原始的な狭鼻猿類ではないかとも言われている。そのため、近年は、やや冗長ではあるが、より慎重に「非オナガザル上科小型中新世狭鼻猿類(non-cercopithecoid small Miocene catarrhines)」と呼称されることが多い。これら東アフリカの小型狭鼻猿類は、大型中新世類人猿とならんで、中新世前期から中期初頭の化石産地からは知られていたが、中新世なかば(1400~1500万年前)以降、化石記録に現われなくなっていた。
    ケニヤの東部大地溝帯沿いの化石産地であるナカリ地域において、2005年1月~2月、日本隊によって大型類人猿化石とともに、小型狭鼻猿の下顎片が発見された。この小型狭鼻猿は東アフリカ小型中新世狹鼻猿類の中でも小型の部類に入る。化石を含む地層の年代は40Ar-39Ar年代と古地磁気層序から990万~980万年前と推定されている。このナカリ標本は、現時点ではアフリカにおける小型中新世狭鼻猿類の最後の生き残りである。また、最近、正式な記載は未発表ながら、ナカリ地域の南西約80kmに位置するトゥゲン丘陵のンゴロラ累層(1250万年前)の動物相にも小型狭鼻猿類が含まれているという報告がある。従って、東アフリカにおいて、従来考えられていたよりも遅く、中新世後期初頭まではオナガザル上科以外の小型狭鼻猿類も生息しつづけていたと考えられる。彼らが絶滅するのは、少なくとも1000万年前以降であり、800万~700万年前頃に起きた草原性環境の拡大と関連する可能性が考えられる。
  • 濱田 穣, 栗田 博之, 大井 徹, 後藤 俊二, 川本 芳, Vo Dinh Son, Pathoumthong Bounnam, Von ...
    セッションID: A-20
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    Suchinda Malaivijitnond11)
    Rhesus macaques (Macaca mulatta) are widely distributed in Asia. However, as they do not have a striking geographical variation for their local populations to be regarded as sub-species (Fooden, 2000). The most discriminative character is the tail length; eastern, western, and southern grps., 30 %, 45 %, and 55% of head & body length, respectively. From its morphology and genetic properties, the southern grp. is considered to be hybrids with M. fascicularis, which is distributed parapatrically in zones of 15-20 degree North. We will report morphological characteristics in rhesuses inhabiting localities from Southern China to Bangladesh. Considerable geographical variation was found in tail length, pelage color and facial morphology.
  • 小薮 大輔, MALAIVIJITNOND Suchinda, 濱田 穣
    セッションID: A-21
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    ベニガオザルM. arctoidesの体毛色には著しい種内変異があり、赤褐色、茶色、黒色などの体毛がみられることが知られてきた。赤褐色の北部グループM. a. arctoidesと黒色の南部グループM. a. melanotaの二亜種に分けられるとされてきたが、近年、体毛色は地理的変異ではなく個体変異であるとして、亜種を認めない議論も為されるようになった。しかしながら、体毛色種内変異とその進化史的含意に関する研究は圧倒的に不足しており、種内変異についての議論は決着には至っていない。
    そこで、本研究ではタイ中部~南部のKhao Krapuk-Khao Taomo 保護区 (Petchaburi県、 N 12゜ 47’ 43”、 E 99゜ 44’ 21”)、Wat Tham Khao Wong寺院 (Prachuab Khirikhan県、 N 11゜ 17’ 33”、 E 99゜ 29’ 43”)、Wat Tham Khao Daeng寺院 (Nakhonsithammarat県、 N 8゜ 14’ 38”、 E 99゜ 52’ 1”)の三地域個体群を対象として体毛色を定量的に測定し、その種内変異のパターンを考察した。
    その結果、北部二集団は一様に茶色の体毛色がみられた一方、南部集団においては茶色と黒色の二型的な体毛色がみられ、亜種分類はできないことが示された。南部集団においてみられた高い集団内変異は、更新世の海進時にクラ地峡が海道となり、マレー半島のクラ地峡以南の地域が地理的に分断され、地域個体群内で体毛色が遺伝的浮動によって固定された結果である可能性がある。その後、クラ地峡がつながり、集団間に遺伝的交流が再形成されたが、南部集団内の体毛色多型性はいまだに維持されていると推測される。
  • 下岡 ゆき子, DiFiore Anthony, Link Andres
    セッションID: A-22
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類は文脈に応じて多様な音声を発することが知られている。近年、数種の霊長類において、地域によって"方言"のように音声が異なることが報告され、住環境に適した音声を学習しているのではないかと考えられている。クモザル属4種は中南米に広く分布し、種間、種内共に大きな行動のバリエーションがあると予想されるが、ほとんど明らかにされていない。本研究では、クモザルの音声に見られる多様性を明らかにすることを目的として、同種内で音声に地域差がみられるのかを検討した。コロンビア・マカレナ、およびエクアドル・ティプティニの約370km離れた2ヶ所に生息するケナガクモザル (Ateles belzebuth belzebuth) を対象とし、多様な音声レパートリーの中で、500~800m届くような大きい音声である"long-loud call"を用いて検討を行った。マカレナ個体群の6頭以上の個体による29個、ティプティニ個体群の5頭以上の個体による18個の音声について、計25個の音響的特徴を比較した。音響分析の結果、いくつかの音響的特徴に明確な地域差が見られることが確認された。本研究により、クモザルの"long-loud call"には、同種内でも地域変異が見られることが明らかになった。離合集散するクモザルの社会においては、群れの他個体の位置を知る上で音声が重要な手がかりになると考えられ、住環境において遠くまで届きやすい周波数帯にスイッチしている可能性が考えられる。今回はティプティニからの音声が少ないため、個体数を追加して個体差を越える、あるいは個体差とは異なる地域差があるかを検討する必要がある。また、調査を行なった2ヶ所が370kmと離れており、遺伝的な隔離の影響については否定できない。ティプティニから75kmと比較的近いヤスニの同種個体群からの音声をすでに録音済みであり、追加検討を行ないたい。
  • 中川 尚史, 下岡 ゆき子, 西川 真理, 松原 幹
    セッションID: A-23
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    演者のひとり下岡は、金華山のニホンザルの“ハグハグ”行動について報告した(下岡、1998)。“ハグハグ”は、「2個体が対面で抱き合い、お互いの体を前後に揺さぶる行動」であり、以下のような特徴が認められた。1)2個体の行動が同調する、2)リップスマックを伴う、3)平均持続時間は17秒である、4)主にオトナ雌によって行われ、血縁の有無によらない、5)グルーミングの中断後や闘争後に見られる。以上の特徴から下岡はこの行動には、個体間の緊張を緩和する機能があると考えた。本発表では、金華山の“ハグハグ”行動と相同と思われる行動が屋久島のニホンザルでも観察されたので報告する。
    当該行動は、2005年9月から12月、屋久島西部林道域のニホンザルE群を対象に、演者を含む総勢8名で行った性行動の調査中に観察された。
    観察された行動は、下岡が報告した1)~5)の特徴、および機能を持っており、“ハグハグ”と相同の行動とみなすことができた。しかし一方で、行動パタンにわずかな変異が認められた。屋久島の“ハグハグ”も「2個体が抱き合い、お互いの体を前後に揺さぶる行動」であるが、必ずしも「対面で抱き合」うのではなく、一方の個体は他方の側面から抱きつく場合があった。さらに、屋久島の“ハグハグ”は、他個体を抱いた手を握ったり緩めたりいう動作を伴ったが、金華山ではそうした動作は見られていない。
    行動の革新が見られ、集団中に伝播し、世代を超えて伝承することを文化と定義すれば、文化の存在を野生霊長類で証明することはかなりの困難を伴う。そこで、1)行動の地域毎の有無、2)行動を示す個体の増加、3)行動のパタンの一致などがその傍証として用いられてきた。金華山の“ハグハグ”とは微妙に異なるパタンで屋久島においても相同の行動が発見されたことは、上記3)の文化の傍証に相当する。今後、1)、2)の傍証についての情報を収集していく予定である。
  • スチン ブヘ, 宮木 孝昌, 易 勤, 伊藤 正裕
    セッションID: B-01
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類の肝臓の血管分布の調査の一環として、今回、ヒトの副肝静脈について調べた。
    ヒトでは、肝静脈は右、中および左肝静脈の3本が記載されている。今回、この3本以外で、下大静脈への合流部が直径2mm以上の静脈を副肝静脈として、副肝静脈の存在した52例の肝臓で、その本数、直径および合流部の位置を調査した。
    1)副肝静脈の本数: 下大静脈に直接合流する副肝靜脈は、調査した52例での総数は113本、肝臓1例あたり平均2.2本であった。内訳は1本のもの28.8% (15例)、2本のもの38.5% (20例)、3本のもの23.1%(12例)、4本のもの5.8%(3例)、5本のもの3.8%(2例)。
    2)副肝静脈の下大静脈への合流部の直径: 副肝静脈113本の中で、最大径のものは、12.5mmで1本見られ、最小径のものは2mmで5本みられ、1本の平均 5.6mmであった。 3)副肝静脈の下大静脈(肝臓貫通部)への合流部の位置: 下大静脈の肝臓貫通部を3部(上部、中部、下部)に分けて、調査した。副肝靜脈が上部に合流する12.4% (113本中14本)、中部に合流するのは16.8% (19本)、下部に合流するのは70.8% (80本)であった。また、副肝静脈が上部にのみ合流するものは、1.9% (52例中1例)、中部にのみ合流するもの 5.8% (3例)、下部にのみ合流するもの 44.2% (23例)、上部と下部に合流するもの 25% (13例)、中部と下部に合流するもの 25% (13例)であった。
    以上の結果から、副肝静脈と呼んだ静脈は、1本あるいは2本のものが67%現われ、下大静脈への合流部は下部に合流するものが70.8%であった。
    今後、これらの中で大きな副肝静脈を比較解剖学的に検討していきたい。
  • 川本 芳
    セッションID: B-02
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    (目的) 常染色体とY染色体のマイクロサテライトDNAを標識として下北半島のニホンザルの遺伝的変異性を定量し、周辺地域とのちがい、タンパク質やミトコンドリアDNAの結果とのちがいを検討する。得られた結果から北限のニホンザル集団の遺伝的特性およびその原因を考察する。
    方法) 4塩基反復の多型を示す常染色体上のマイクロサテライトDNA11座位および非組換え領域にあるY染色体上のマイクロサテライトDNA3座位を分析した。下北半島の野生群から得たDNA試料41(このうちオス試料は15)を分析した。また比較のため、他の東北地方の集団(試料数は白神 13、五葉山 7、宮城 2、山形 24、福島 8)についても同様の分析を行った。ヘテロ接合率、対立遺伝子有効数で変異性を定量し、集団を比較した。
    (結果) 下北半島の集団は常染色体11座位すべてで多型を示した(対立遺伝子数の範囲は2~6)。また、3座位の組み合わせでY染色体には3種類のタイプが区別できた。集団比較では変異性が試料数に依存した変化を示すものの、試料数の影響を加味した分析から、下北半島の集団では常染色体とY染色体のいずれの遺伝子でも変異性が低い傾向が認められた。
    (考察) タンパク質変異の研究では今回と逆に下北半島の集団の高変異性が報告されている。この相違の原因としては、下北半島で集団サイズの一時的減少にともなう遺伝子構成の機会的変化の影響(ボトルネック効果)が強く生じており、少数の多型座位をサンプリングする変異性推定では誤差が大きくなる可能性が考えられる。一方、母性遺伝するミトコンドリアDNAで下北集団は他所と同じ変異を示すので、集団の成立時期が他より古いとは考えにくい。また、Y染色体で変異性が低いことは、下北集団と周辺地域の遺伝的交流が乏しく、地理的にも遺伝的にも孤立した状態にあることを示唆する。
  • 平井 啓久, 平井 百合子, 早野 あづさ, 堂前 弘志, 桐原 陽子
    セッションID: B-03
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    テナガザル類は、Groves (1972)の提唱以来、1属(Hylobates)4亜属11種から構成されることが広く認められていた。しかし、Roos & Geissmann (2001)はミトコンドリアDNAの系統解析から、4亜属を属に格上げする必要があることを提唱した。その理由は、テナガザルの4亜属間がヒトとチンパンジーの間と同じ程度、あるいはより高い分子距離を示したからだ。このことは形態分類研究者にも受け入れられ、最近、独立した4属(Hylobates (HY)、 Bunopithcus (BU)、 Symphalangus (SY)、 Nomascus (NO))が使用されるようになった(Brandon-Jones et al. 2004)。さらに、分子と音声解析によって、4属の系統関係はNOがテナガザル科の最基部に位置し、続いてSY、 BUそしてHYの順に分岐したことが示唆された(Roos & Geissmann 2001; Geissmann 2002)。ただし、染色体解析ではほぼ逆の見解(BU > HY > SY > NO)が示されている(Muller et al. 2003)。分岐の見解は異なるものの、両データともHYとNOは最も遠い属間関係にあることを示した。最近我々は、本2属種の間で思いがけなく誕生した雑種個体を調べる機会をえたので、その細胞遺伝学的データを報告し、進化的考察を加えたい。動物園の記録によると、シロテテナガザルのメスがNomascus sp. のオスとの間に 2頭のメスを出産した。その子供のゲノム構成を、染色体特性を用いて分析したところ、不確かだった父親の種は、ホオジロテナガザル(N. leucogeys) と推測された。毛色パタンは両親2種の特性を比較的均等に発現しているように見受けられた。本雑種は世界で初めての事例であり、テナガザルの進化の考察にとって意味深い事件である。
  • 田中 洋之, WIJAYANTO Hery, R. MOOTNICK Alan, Dyah PERWITASARI-FARAJALLAH, ...
    セッションID: B-04
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    アジルテナガザルは、スマトラ島山岳地帯に分布するH. a. agilis、スマトラ島低地及びマレー半島の一部に生息するH. a. unko及びカリマンタン南東部のH. a. albibarbisの3亜種が知られている。最近、こうした分類を見直す動きがあるが、分子データを用いて検証する研究はまだない。本研究は、後述するように、他の指標によって亜種ならびに種が明らかにされた個体を用いて、DNA変異の分析を行い、アジルテナガザルの亜種間関係と他の近縁種との分子系統関係の解明を試みた。
    形態(第3著者による)と染色体変異の解析(Hirai et al. 2005)により分類されたH. agilis 17頭(亜種の区別不可)、H. a. albibarbis 19頭、H. muelleri 14頭をDNA分析に供した。比較のため、H. lar 2頭とH. moloch 3頭を分析に含め、シアマンを系統分析の外群として用いた。オス31頭でTSPY遺伝子739塩基を、全個体でミトコンドリアND4-ND5領域1040塩基及びD-loop約880塩基を解読し、最節約法及び最尤法による系統分析を行った。また、分類群内・群間の進化的距離を推定した。
    3遺伝子領域の分析の結果、albibarbisは他の種よりもスマトラのH. agilisに近縁性を示すことが明らかになった。albibarbisH. agilis間の進化的距離は、種内の距離よりは大きいものの、他の組み合わせの種間の距離のおよそ半分であった。これらの結果は、albibarbisがスマトラ産H. agilisの亜種であるとする従来の分類を支持すると思われた。一方、今回の分子データでは、スマトラのH. agilisの2亜種を区別することができなかった。形態-染色体-DNAの分析結果の比較により、はじめて雑種とわかる個体も存在した。
  • JEONG A-Ram, 光永 総子, 中村 伸
    セッションID: B-05
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    Non-human primate is an invaluable model for biomedical studies on immunology because of highly close similarity in genomic and other biological events with those of human. Up to date little information about immune response in non-human primate has been accumulated. In this study we examined biomedical characteristic of gene expression profile of primate cytokines (IL-4, IL-12 and IFN-γ ) and their receptors (IL4Rα , IFN-γ R1 and IFN-γ R2) by real time RT-PCR.
    Total RNA from peripheral blood mononuclear cells (PBMC) of human, ape (chimpanzee) and monkeys (cynomolgus, rhesus and Japanese macaques, green monkey and baboon) was purified with QIAGEN RNeasy micro kits. Thus obtained RNA was subjected to analysis of gene expression profile by real time RT-PCR. Briefly, after reverse transcription of each RNA with oligo-dT primer, following real time PCR was preformed by use of resulting cDNA, specific primers, TAKARA pre-mix, and SYBR Green I with ABI 7700 Sequence Detection System. Relative gene expression was quantified from that of a house keeping gene, GAPDH, using a calibration curve of GAPDH.
    In human and chimpanzee, the gene expression levels of a Th2 cytokine, IL-4, were significantly higher than those in monkeys, whereas the gene expression levels of a Th1 cytokine, IL-12, were apparently higher in monkey. Thus, these gene expression profiles were anti-parallel in primates. The gene expression levels of IFN-γ and IL4Rα were almost same among human, chimpanzee and monkeys. Interestingly, the gene expression levels of IFN-γ R1 and IFN-γ R2 in cynomolgus macaque were the highest among primates examined here. The expression levels of IFN-γ R1 and IFN-γ R2 genes in cynomolgus macaque were also markedly higher than those of close-related macaques, rhesus and Japanese macaques.
    These results indicate that human and chimpanzee have similar characteristics in immunological events, but distinguishable from monkeys. Among macaques, cynomolgus macaque appears to have a unique immunological characteristic in IFN-γ /IFN-γ R pathway associating with Th1 response, which could affect susceptibilities to Th1-mediated pathogenic event such as tuberculosis.
  • 林 基治, 伊藤 麻理子, 清水 慶子, 託見 健, 山下 晶子, 泰羅 雅登
    セッションID: B-06
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    目的) アルツハイマー病患者の脳内に多数観察されるアミロイドβタンパク質(Aβ )は、正常老化した霊長類、イヌ、クマ等に観察されている(Selkoe DJ等、1987)。マカクサルでは、アカゲザルやカニクイザル(Selkoe DJ 等、1987;Nakamura S等、1995)にその存在が報告されているが、ニホンザルでの記載はなく、また各大脳皮質領野の詳細な究明も行われていない。今回、ニホンザル脳内におけるアミロイドタンパク質の有無と大脳皮質領野間の違いを明らかにするために、免疫組織化学法を使用して調べた。
    (方法) 材料にはニホンザル29歳メス(3例)と9歳メスを用いた。4%パラホルムアルデヒドで固定した脳の切片を作成し、Aβ 40に対する抗体を用いて免疫陽性構造を調べた。
    (結果) 9歳ニホンザルでは、大脳皮質各領域、海馬体、扁桃体においてAβ 40の免疫陽性構造は観察されなかった。29歳においてはAβ 40の免疫陽性構造が、前頭連合野(46、45、12、13野)、側頭連合野 (TE野)、頭頂連合野(PE野)、帯状回皮質(24、25野)、島、扁桃体には認められたが、一次視覚野(17野)、一次体性感覚野(1、2野)、一次運動野(4野)、海馬体には観察されなかった。
    (考察) 老齢期ニホンザルにおいてアミロイドタンパク質の沈着が、大脳皮質連合野、扁桃体、帯状回皮質において観察された。従来、Aβ 40は老齢カニクイザル脳組織に対して毒性作用を示すこと(McKee AC 等、1998)や興奮性シナプス構造タンパク質の分解(Roselli R等、2005)を引き起こす事が報告されているので、サル脳老化に伴う脳機能低下にAβ40が作用を及ぼしていることが予想される。一方、海馬体に観察されない点が、アルツハイマー病所見と異なる点であり、その原因については今後明らかにする必要がある。
  • 河村 正二, 筒井 登子, 平松 千尋, FEDIGAN Linda, 印南 秀樹
    セッションID: B-07
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    新世界ザルの色覚には種内変異があることが知られており、一般にオスは2色型でメスは2色または3色型である。これはX染色体性1座位の赤-緑視物質遺伝子に多型があるために生じる。色覚多型は種を越えて新世界ザルのほとんどの属にみられることから、何らかの平衡選択により維持されてきたと考えられるが、新世界ザルの採食品目には隠蔽色系が多く、3色型色覚の優位性は必ずしも明瞭ではない。また、社会集団レベルでの色覚多型性に関する知見も乏しい。そこで本研究は新世界ザルの色覚多様性への平衡選択を検証するために、野生集団において赤-緑視物質遺伝子の多型性を他の遺伝子との比較において評価することを目的とした。
    [方法] これまでにコスタリカ共和国サンタロサ国立公園のシロガオオマキザル(Cebus capucinus)の野生群に対し、糞DNAから赤-緑視物質遺伝子の遺伝子型を判定している。本研究ではそれにより色覚多型が実証された1群(約 20頭)を対象に赤-緑視物質遺伝子のイントロンを含む約1.8 kb及び比較対照として4つの中立配列それぞれ約0.5 kbを群れのほぼ全個体について配列決定し、塩基多様度(2配列間の平均塩基相違数:Π)と塩基多型度(全配列中の多型サイト数(S)を標本数で規定される関数(a1)で割った値:S/a1)を求めた。これらの値の赤-緑視物質遺伝子と中立対照との相違をコアレッセンスシミュレーションで評価し、さらにΠとS/a1の差をTajima's Dテストで評価した。
    [結果と考察] 赤-緑視物質遺伝子のΠとS/a1は中立対照のそれらより有意に大きいことがわかった。またTajima's Dの値も赤-緑視物質遺伝子では有意に正となるのに対し中立対照では0と有意差がなかった。これらの結果は赤-緑視物質遺伝子の多型性が中立変異や集団史効果では説明できず、平衡選択によって維持されていることを意味した。
  • 寺尾 恵治, 鈴木 樹理, 小山 高正, 村山 裕一
    セッションID: B-08
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    U5は村山らにより見いだされたリンパ球抗原であり、霊長類の種により発現リンパ球が異なる極めてユニークな抗原である。我々はサル類をモデルとして心理的ストレスが免疫系に及ぼす影響を解析し、母子分離のような高レベルの急性ストレス負荷では CD16陽性/NK細胞が減少し、U5陽性/B細胞が増加することを報告してきた。ストレス負荷時の反応が異なる二種類のリンパ球抗原について、その応答機序と慢性ストレス負荷時の反応について調査した。
    代表的ストレスマーカーであるコーチゾルとの関連を日内変動およ実験的コーチゾル負荷時で調査した結果、NK細胞のレベルはいずれの場合もコーチゾルレベルの変化と有意に相関した(既報)。一方、 U5+/B細胞レベルにはいずれの場合も顕著な変化が見られなかった。老 齢雌カニクイザルと若齢雌カニクイザルを二週間同居させ、ストレス評価指標の継時的変化を調査した。若齢ザルでは同居直後にコーチゾルと NK細胞のレベルが増加するが、同居につれて両者とも同居前の値に低下した。一方、老齢ザルでは同居後14日目にコーチゾルレベルとNK細胞レベルが急激に上昇した。老齢ザルでは同居期間が長引くにつれて、次第に同居に伴う個体関係の調整による心理的ストレスが増加していることが示唆される(既報)。このことは、老齢ザルでは同居後半に 「威嚇行動」と「恐れ/回避行動」が同時に出現する事実からもうかがえる。興味あることに、U5+/B細胞レベルは老齢ザルの場合にのみ同居直後に急増し同居期間中を通じて高いレベルを維持した。 これまでU5+/B細胞の増加は一過性ストレスよりも長期慢性スト レスを反映する可能性が示唆されていたが、他個体との同居は老齢ザルでは低レベルではあるが持続する慢性ストレスとなり、U5+/B細胞の持続的増加が生じる可能性が示唆された。
    細胞レベルでのU5抗原発現についてもあわせて紹介する。
  • 岡林 佐知, 中村 紳一朗, 加藤 美代子, 大野 智恵子, 羽成 光二, 藤本 浩二, 小野 文子, 寺尾 恵治
    セッションID: B-09
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    目的: 自然発生の稀なカニクイザル腎細胞癌の病理学的性状を明らかにすること。
    方法: 雄・9歳8ヶ月齢のカニクイザルが約1ヶ月に渡り、食欲不振、重度貧血を呈し、触診にて腹腔内に大型腫瘤が確認されたため、予後不良と判断された。摘出腫瘤を病理組織学的及び免疫組織化学的〔抗Cytokeratin, Vimentin, Renal cell carcinoma(RCC), ChromograninA, Synaptophysin, Alpha-1-fetoprotein(AFP)抗体〕に検索した。
    結果: 病理解剖で左腹部に直径20cm大腫瘤、肝臓全葉に多数の結節、左縦隔部に3cm大腫瘤が認められた。腫瘤内は壊死を伴う多結節状病変からなり、腎髄質構造が僅かに残存していた。明瞭な核小体を有する大小不同な高度円形異型核と、好酸性微細顆粒状あるいは空胞状で淡明な胞体を有する腫瘍細胞が、細い線維性結合組織で囲まれた小胞巣状、腺管状、乳頭状、一部では嚢胞状という多彩な構築で増殖し、核分裂像も散見された。腫瘍細胞の顕著なリンパ管及び静脈侵襲、肝臓、肺、肺門リンパ節、右側副腎に転移巣が認められた。免疫組織化学的検索では、Cytokeratin強陽性、Vimentin陽性、RCCとAFPは一部の腫瘍細胞で陽性を示した。ChromograninAとSynaptophysinはいずれも陰性であった。
    考察: 腫瘍細胞の組織構築から上皮由来の悪性腫瘍であることが推察された。左上腹部という発生部位と左副腎が認められなかった点、肝に多数の結節病変が認められたという3点から、腎臓腫瘍・副腎腫瘍・肝臓腫瘍の類症鑑別が必要であったが、発生部位・病理組織像・免疫組織化学的検索結果により、この症例は腎細胞癌と確定診断した。組織分類としては、胞体が好酸性顆粒状の顆粒細胞型と胞体が明るく空胞状の淡明細胞型の混合型とした。
  • 光永 総子, 中村 伸
    セッションID: B-10
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    【目的】 マカクザルを自然宿主とするサルBウイルス(BV、バイオセーフティレベル4、アルファ-ヘルペスウイルス)は、ヒトに感染すると高致死率の中枢神経系障害を引き起こす。国内ではニホンザルを利用した基礎・応用研究が展開されているが、そうした研究にはBVフリーニホンザルが求められている。BV関連研究の一環として、今回ニホンザル野外群におけるBV自然感染について、抗BV抗体を指標にした網羅的検査を実施した。
    【方法】 各地野猿公苑や餌付け群(11群)、さらに参考として京大・霊長類研放飼場群(3群)のニホンザル成体より血漿/血清サンプルを採取した。Herpesvirus papio2(HVP2)を代替抗原とする改良HVP2-ELISA法(Comparative Medicine, in press)を用い、血漿/血清サンプル中の抗BV-IgGを測定した。比較のためにヒトサイトメガロウイルス(CMV、ベータ-ヘルペスウイルス)抗原を捕捉抗原とするELISA法をサル用に改良し、同じサンプル中の抗CMV-IgGを測定した。
    【結果および考察】 成体における抗BV抗体陽性率はニホンザルの群によって大きな相違が見られた。放飼場群の抗BV抗体陽性率は80%以上であったが、野外群では80%に達しない群があった。大変興味深い結果として、抗BV抗体が全く認められない野外群が4群あった。これに対し、抗CMV抗体はほぼ全個体に認められた。
    これらの結果より、自然状態でBV感染していないニホンザル野生・餌付け群の存在が見出され、これらはBVフリーニホンザルのリソースとして注目される。 なお、人で抗体産生のない単純ヘルペスウイルス感染が報告されていることから、抗BV抗体が認められなかったニホンザル群で、感染はしているが抗体産生がないという可能性も有り得るであろう。
  • 大藤 圭子, 今井 統隆, 福西 克弘, 有馬 昭宏, 藤本 浩二, 下澤 律浩, 山海 直, 吉田 高志
    セッションID: B-11
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    (目的) 胎盤性生殖腺刺激ホルモン(CG)は、妊娠中の胎盤から母体血中に放出される。CGはα 、β 2種類のサブユニットからなる糖蛋白ホルモンで、下垂体で合成される他の生殖腺刺激ホルモンとも共通した構造を持っている。αサブユニットが動物種に固有性が高いといわれるのに対して、βサブユニットはホルモン種に特異的で動物種を問わずおおむね共通であるとされている。ヒトCG-β サブユニット(&beta-hCG)測定キットにより、カニクイザルのβ -mCGの測定が可能であるかについての検討、およびβ -mCGの検出によるカニクイザルの妊娠診断についての検討を行った。
    (方法) 妊娠および非妊娠状態にあるカニクイザルの血清をヒト用キットに適用し、キット添付標準標品との平行性検定等、測定の信頼性試験を行った。また交配から5週目に行われる超音波妊娠診断による妊娠確定診断までの間に採血を行い母体血中β -mCGを測定した。
    (結果) 平行性検定の結果では、測定値の用量依存性並びに曲線平行が確認された。添加回収試験では、回収率92.1±4.4、変動係数4.7%であった。日内変動、日間変動は、高用量、中用量ならびに低用量ともに変動係数は10%以内であった。カニクイザル95頭を対象として交配を行い、交配後1週間隔で採血を行いβ -mCGを測定した。後になって妊娠していないことが確定した個体では、すべての測定で測定下限(2mIU/mL)以下であり、後に超音波による診断により妊娠が確定された個体については、交配後3週目~4週目頃に明らかに高値を呈した。
    (考察) ヒト用測定キットによるカニクイザルのβ -mCGの定量的測定は充分に可能であり、得られた測定値も充分に信頼されることが実証された。交配後21日目前後の母体血清中β -mCGを測定することにより、妊娠の確定診断を行うことができ、これまで交配後5週目に行われていた超音波による妊娠診断を約2週間早めることができた。
  • 平松 千尋, MELIN Amanda, AURELI Filippo, SCHAFFNER Colleen, 河村 正二
    セッションID: B-12
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    霊長類において3色型色覚は緑色の葉の背景から赤系の果実を識別するために進化したと考えるのが従来の仮説であるが、自然集団の霊長類においてその仮説を検証した例はない。新世界ザルは同一種内に2色型と3色型個体が混在するため3色覚の進化と行動の関連を研究する上で優れた観察系である。中でも果実採食性の強いクモザルは果実採食における3色型色覚の有用性を検証するのに格好の対象である。これまでに我々はコスタリカ共和国サンタロサ国立公園に生息するチュウベイクモザル(Ateles geoffroyi)1群を対象に糞DNAを用いて赤- 緑視物質遺伝子型の判定を行い、色覚の種内多型が自然集団に実在することを報告した。今回我々は、色覚型判定された個体の採食行動を観察し色覚型による果実採食成功率の違いを調査した。
    [方法] 2003~2005年にかけての8ヶ月間に、クモザル2色型16個体、3色型10個体の行動を1~2分間の個体追跡サンプリング法により観察し、合計約60時間の記録を得た。果実にアプローチしてから最終的に食べるに至った割合を採食成功率と定義し様々な果実に対する様々な光条件下における採食成功率を色覚型間で比較した。また、採食物の反射光および環境光を小型輝度計を用いて測定し、クモザル視物質の吸収波長を考慮してクモザルによる視覚対象物の視認度を推定した。
    [結果と考察] 色度図を作成し採食物の色を分類したところ赤系より隠蔽色系の採食物が多く、また主要な果実の採食成功率に色覚型間で有意差は見られなかった。しかし、3色型においては、葉遮蔽光下においては直射光下に比べ、隠蔽色果実の採食成功率が低下し、代わりに嗅覚への依存度が増大する傾向が見られた。推定視認度と採食成功率との相関から色相よりも明度が果実採食において重要な手がかりとなることが示唆され、3色型色覚は果実採食において必ずしも優位ではないと結論した。
  • 三谷 雅純, 渡邊 邦夫, GURMAYA J. K., NOVIAR E, 河合 雅雄
    セッションID: B-13
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    霊長類では、栄養の摂取ばかりでなく、植物の二次代謝産物を「薬」として利用することがある。しかし、この行動はいつ起こるか予測できないため、野外調査には制約がある。またホミノイド以外の霊長類では、栄養摂取と薬物利用の区別はあいまいである。インドネシア、ジャワ島のパンガンダラン自然保護区では調査対象のシルバールトン (Trachypithecus sondaicus) は 植林跡と古い二次林に住み、採食対象の多くが葉や若葉であるため、採食行動の観察が容易であった。そこで彼らの植物採食行動を観察し、薬物利用をシステマティックに探る可能性を探ったので結果を報告する。仮定としては、ルトンが採食をする時、きわめて多くの、あるいは少量だが確実に摂取した植物部位には何らかの薬効が期待できると考えた。採食対象の多くは光合成器官の葉であるため、パッチサイズは樹木の胸高直径で代表させ、採食の起こった時の総摂食量はΣ(ルトンの採食個体数 x 採食時間)とした。採食対象は植物種と 食物カテゴリー(成葉、若葉、葉柄、花、熟果、未熟果、種子)ごとに分け、総摂食量/食物パッチサイズの≧90パーセンタイルと≦10パーセンタイルのものを薬物利用の可能性が高いものとした。≧90パーセンタイル、≦10パーセンタイルともに成葉、若葉、葉柄が採食されたものが、いくつか候補としてあがり、熟果、未熟果、種子は、いずれにも認められなかった。ここで候補にあげられたものの内、Alchornea sp. (EUPHORBIACEAE)、Terminalia sp. (COMBRETACEAE)、 Ficus spp. (MORACEAE) は、東南アジアでは、人の薬用にも用いられる。結果と合わせて、本調査法の方法論上の有効性について考え、有用な二次代謝産物の探求と霊長類の採食行動についても議論したい。
  • 辻 大和, 風張 喜子, 北原 正彦, 高槻 成紀
    セッションID: B-14
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    (目的) 動物の栄養状態は動物個体の健康状態、成長、繁殖に影響する。とくに季節繁殖者のメスの場合、交尾期や出産期の栄養状態は繁殖の成否に直結する。栄養状態は摂取量と要求量のバランスで決まる。摂取量はそれぞれの食物の栄養成分の消化率に大きく影響されるにもかかわらず、これまでの霊長類の研究では軽視されてきた。そこで本研究では、栄養成分ごとの消化率を考慮したうえでニホンザル成獣メスの栄養バランス(エネルギー、タンパク質)の季節変化を調べた。
    (方法) 宮城県金華山島のA群の成獣メスを対象に2004年6月から2005年5月までの1年間、計88日間 (745時間) の観察を行い、採食行動、採食品目およびその採食量を記録した。採食が確認された食物の栄養分析を行い、粗タンパク含有率、粗脂肪含有率、NDF含有率、粗灰分含率を求めた。行動観察のデータ、栄養分析のデータ、および居村 (1998) による各栄養成分の消化率の推定式より各月の一日当たりの代謝エネルギー摂取量と可消化タンパク質摂取量を算出し、先行研究で求められているエネルギー要求量、タンパク質要求量との差から栄養バランスを評価した。
    (結果と考察) 栄養成分によって摂取量や栄養バランスのピークは異なり、代謝エネルギー摂取量およびエネルギーバランスは4月と10-11月にピークがあった。これは4月の花と10-11月の堅果類およびキノコ類による。これに対し、可消化タンパク質摂取量およびタンパク質バランスは4月と7月にピークがあった。これは4月の花と7月のキノコ類による。代謝エネルギー摂取量の大きさは日摂取乾燥重量から強い影響を受けたが、可消化タンパク質摂取量の大きさは見かけのタンパク質消化率から強い影響を受けた。以上より、栄養バランスは成分ごとの消化率に強く影響されることが明らかとなった。
  • 市野 進一郎
    セッションID: B-15
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    【目的】 昼行性原猿類による脊椎動物の捕食は報告が少ない。特に、ワオキツネザルによる捕食は、ベレンティ保護区におけるカメレオンの捕食1例(Oda、1996)しか報告されていない。飼育下の実験では、チャイロキツネザルやマングースキツネザルと異なり、ワオキツネザルは呈示された脊椎動物に興味を示さなかったことが報告されている(Jolly & Oliver、1985)。本発表では、新たに観察された2例のカメレオン捕食の事例を報告し、ワオキツネザルによる脊椎動物の捕食の特徴について考察する。
    【結果】 カメレオン捕食の事例は、2例ともマダガスカル南部のベレンティ保護区に生息するT1A群で観察された。
    (事例1)2001年11月2日、授乳中のオトナメス1頭がカメレオンを捕獲し、採食した。尾と後ろ足を残して採食を終えた。採食時間は11分間だった。
    (事例2)2005年12月11日、授乳中のオトナメス1頭がカメレオンを採食しているのを発見した。尾を残して採食を終えた。採食時間は4分間-26分間だった。
    【考察】 ワオキツネザルによる脊椎動物の捕食には、以下のような共通した特徴が見られた。1. 季節性がある(雨季の始まり、授乳期に観察されている)2. 性差がある(オトナメスだけに観察されている)3. 価値の高い食物のようだ(採食中に他個体が接近)4. 捕食技術が必要のようだ(頭から採食し、比較的長い採食時間)
    Oda (1996) は、ワオキツネザルによるカメレオン捕食が観察された季節について、この時期のカメレオンの体色の変化を要因に挙げた。これに加えて、授乳中のメスが高たんぱく質の食物を選択的に採食する結果である可能性もあるだろう。
    なお、本研究は科学研究費補助金基盤研究A (no.16252004、代表者:小林繁男)と京都大学教育研究振興財団(若手研究者フィールドワーク派遣)の助成を受けた。
  • 西江 仁徳, 伊藤 詞子, 西田 利貞
    セッションID: B-16
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    マハレのチンパンジーは、樹上性のオオアリを細い枝などで釣って食べる。このオオアリ釣り行動の先駆的な研究はNishida (1973)、 Nishida & Hiraiwa(1982)がおもにK集団を対象におこなったが、現在の調査対象であるM集団のオオアリ釣り行動の網羅的なデータはこれまでまとめられていない。そこで本発表では、2002年から2004年にかけて得られたM集団のチンパンジーのオオアリ釣り行動に関する基礎データをまとめ、その生態学的基盤について検討する。現在のM集団では、3歳以上の個体は移入メスも含めてほぼ全員がオオアリ釣りをおこなうことがわかった。アリ釣りの頻度・持続時間は、メスの方が高く長い傾向があり、とくにオトナオスは低頻度の傾向を示した。一回のアリ釣りに費やす時間は1個体あたり平均約30分間で、最長約2時間50分のアリ釣りで約3000匹のアリを食べていることがわかった。現在マハレM集団のオオアリ釣りの対象となっているアリは2種が同定されており、うち1種に実際のアリ釣りはほぼ集中している。アリの釣り場となる樹木の種構成はかなり多様だが、アリ釣りに利用される頻度は一部の樹種に偏っており、チンパンジーのアリ釣り場の選択がある程度樹種によっていることが示唆された。またアリ釣り場となった樹木個体の分布は、M集団の遊動域の低地に偏っており、高地ではほとんどアリ釣りが見られないこともわかった。このことに関して、アリの釣り場となる樹種の樹木個体の分布やチンパンジーの食性・遊動ルートの季節変化といった他の社会・生態学的要因などとの関係について、さらにいくつかの可能性を検討する。
  • 相馬 貴代, 小山 直樹
    セッションID: B-17
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    マダガスカル、ベレンティ私設保護区において、2004年9 月から2005年9月にわたり延べ10ヶ月、同一群から分裂した、ワオキツネザル2群(C1、 CX)の採食生態および活動性の調査を行った。約13年前に分裂したこの2群は、かつてのコアエリアを分かちあいながら、CX群は自然植生で構成される遊動域に10頭前後の小さな群れとして、C1群は主として人為的植生の遊動域に20頭前後の大きな群れとして隣接して存続している。
    ベレンティのワオキツネザルは、タマリンドの大木を主要な泊まり木として利用している。終日観察により特定された泊まり木選択は、両群によって異なっていた。自然植生地域のCX群は、雨季には主遊動域内の木を選択していたが、乾季には主遊動域外に出て、他群の遊動域の辺縁部にある木を選択していた。一方、人為的植生を含む地域のC1群は、調査期間を通じて、主遊動域内の木を選択していた。
    果実の利用可能性が少なくなる乾季には、CX群はエクスカーション(他群の遊動域の奥深くまで採食目的で遊動すること)を頻繁に行い、他群の遊動域内にある人為的植生を含む食物を採食することが多かった。それに対しC1群は、乾季でも遊動域内に留まり、採食していたことが多かった。食物の利用可能性の調査では、雨季には多くの果実が、自然植生地帯と人為的植生両方で利用可能であった。
    CX群は、食物採取のためのエクスカーションのコストを最小限にする泊まり木選択をしているのだろうか?雨季と乾季にわたる両群の採食内容と利用コドラートの比較、重要採食樹の分布から、ワオキツネザルの泊まり木選択を決定する要因を考察する。
  • 村井 勅裕
    セッションID: B-18
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    テングザルは毎夕川岸に出てきて眠る性質がある。今までの研究から、寝床で群同士が集まり、バンドを形成しているということがいわれている。本研究では、テングザル各群の寝床の分布を調べ、群が集まったときの群構成から、調査地におけるバンド構造の特徴を明らかにすることを目的とした。調査はマレーシア・サバ州のキナバタンガン河に沿った川辺林で行った。調査地内にはone-male group8群とall-male group1群がいた。寝床分布の分析や集まったときの群構成から8群のone-male groupはバンドA、 バンドBの2つのバンドに分かれた。よく観察されたバンドAに関して、寝床での群の集まりの程度(inter-group association degree)は10、11月から3月にかけての雨季(12-3月)を含む季節に低くい傾向があった。調査期間中に3度の雄の交代が観察された。そのうちの1つのグループでバンドの移動が観察された。all-male groupはone-male groupよりも大きく移動していることがわかった。
  • 五百部 裕
    セッションID: B-19
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    チンパンジーのベッド作成の際の場所や樹種の選択は、彼らの土地利用や遊動パターンに大きな影響を与えていると考えられる。また直接観察が難しい地域でチンパンジーの密度推定を行う場合、ベッドセンサスを行うことが多い。そしてセンサスで得られた情報からチンパンジーの土地利用などを考察する際には、チンパンジーの直接観察が可能な調査地で彼らのベッド作成行動の特徴を把握しておく必要があると考えられる。こうした観点から、チンパンジーのベッド作成行動についてはこれまでさまざまな調査地で研究されてきた。しかしマハレのチンパンジーを対象にしたベッド作成行動に関する研究はこれまでほとんど行われていない。そこでこの研究では、チンパンジーの長期継続調査によって、彼らの土地利用や遊動パターンに関する資料が大量に蓄積されているマハレにおいて、チンパンジーのベッド作成行動と彼らの土地利用や遊動パターンの関連を明らかにすることを目的とした。
    今回の分析に用いた資料は、1995年8月~12月の現地調査の際に収集した。調査期間の前半が乾季、後半が雨季であった。M集団の遊動域内に三つのルートを設定し、1日に一つのルートを歩くという形式のルートセンサスを行い資料を収集した。センサスの際にルートから片側30メートル以内で発見されたベッドの場所、植生、「古さ」、高さ、樹種を記録した。植生については疎開林と森林の二つに分けて分析した。「古さ」は4段階に分けて記録したが、今回の分析では作成されて数日以内と考えられる「新しい」と判断されたもののみを使用した。各ルートのセンサス回数は、ルート1が5回(乾季2回、雨季3回)、ルート2が6回(乾季4 回、雨季2回)、ルート3が7回(乾季4回、雨季3回)であった。こうして得られた分析結果を、季節の違いやチンパンジーの土地利用パターン、チンパンジーの採食樹種と関連させて考察する。
  • 藤田 志歩, 杉浦 秀樹, 佐藤 静枝, 高橋 弘之, 辻 大和, 風張 喜子
    セッションID: B-20
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    [目的] 繁殖パラメータは動物の生活史や個体群動態を解明する上で基礎となる資料であり、生態学的要因および社会的要因の影響を受けることが知られている。ニホンザルでは、餌付け群を対象として、餌付けによる繁殖パラメータの変化について調べた報告や個体の繁殖成功度と順位との関連について検討した報告がある。しかし、野生ニホンザルの繁殖パラメータに関する報告例は未だ少ない。本研究は、野生ニホンザルの長期観察データを用いて繁殖パラメータを求め、さらに、順位、個体数変動および群れの違いがこれに及ぼす影響について明らかにすることを目的とした。
    [方法] 対象は宮城県金華山に生息するニホンザルで、遊動域が隣接する二群(A群およびB1群)とした。家系ごとに、メスを高順位および低順位に分けた。金華山では1984年の大量死以降1995年までは個体数が増加し、その後減少傾向にあることから、1985年から1994年までを増加期、1995年から2005年までを減少期とした。そして、群れの違い、順位および時期(増加期および減少期)が出産率および新生仔死亡率に及ぼす効果について検討した。またA群については、順位および時期が初産年齢に及ぼす効果についても検討した。
    [結果と考察] 高順位メスの方が低順位メスよりも出産率は高く(P<0.005)、新生児死亡率は低かった(P<0.01)。また、個体数が飽和に達したと考えられる1995年以降、出産率は低くなり、新生仔死亡率は高くなる傾向がみとめられた(いずれもP=0.1)。出産率および新生仔死亡率における群れによる違いはみとめられなかった。A群の初産年齢は高順位メスで低く(P<0.05)、また減少期で高い傾向がみとめられた(P=0.08)。以上のことより、金華山におけるニホンザルメスの繁殖成功度は順位に依存し、また個体群密度の増加によって低下すると考えられる。
  • 西田 利貞
    セッションID: B-21
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
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    タンザニアのマハレ山塊国立公園で、1人の観光業者がチンパンジーウォッチングを対象に営業を始めたのは1990年頃である。当初、旅行者数は1日に数人で、年間100人にも満たなかった。しかし、現在は公園当局を含め4つの業者が営業しており、旅客数も500人を越えている。旅行客は7-9月の乾期に集中して来るので、観光客、ガイド、公園レンジャー、研究者を含め、一度に20人以上もの人数が数頭のチンパンジーを観察するといったこともまれではない。これはチンパンジーにストレスを与え、またヒトからの病気感染のリスクも高くなり、研究の障碍にもなっている。タンザニア国立公園公団(TANAPA) は、観光資源であるチンパンジーに打撃を与えない観光開発を模索し、2005年に「マハレ公園全般管理計画(案)」(GMP)をフランクフルト動物学協会に作成させた。しかし、TANAPAは、GMPの採用により収入が減少するのを恐れて、まだGMPを確定させるまでに至っていない。公園管理に必要な経費は、現在も観光収入より多く、公園設置のために犠牲となった元住民に支払われるべき代価は捻出できていないからである。チンパンジーにストレスをこれ以上与えず、かつ収入を増やすには、(1)観光の乾期集中を排すこと、(2)入園料の値上げと季節入園料の導入、(3)入園のためのブッキング・システムの導入、(4)チンパンジー観察以外のアトラクションの振興、(5)元住民に対する新ビジネスの創出、など多角的な方策が必要である。
  • 森光 由樹, 白井 啓, 吉田 敦久, 清野 紘典, 和 秀雄, 鳥居 春己, 川本 芳, 大沢 秀行, 室山 泰之, 和歌山タイワンザルワ ...
    セッションID: B-22
    発行日: 2006年
    公開日: 2007/02/14
    会議録・要旨集 フリー
    1954年に和歌山市大池遊園に設置されたていた動物園が閉園する際に飼育していたタイワンザル15-16頭を周辺の丘陵地に放獣し野生化した。野生化してから約45年経過した1999年の調査では、約200頭まで増加を確認。2001年調査では250頭を数えるに至った。1998年4月、和歌山県中津村(現日高川町)にてニホンザルとタイワンザルとの交雑個体が捕獲された。和歌山市大池地区から分散したタイワンザルと他地域に生息しているニホンザルとの交雑化が危惧されている。
    (目的) タイワンザルおよび交雑個体の行動圏および頭数をモニタリングして捕獲との関係を調査した。
    (方法) ラジオテレメトリー法と直接観察法により群れの行動圏と頭数のカウントを実施した。また、捕獲個体の分析を実施した。
    (結果と考察) 大池地域で2002年から2006年3月までの4カ年で計283頭が捕獲除去された。調査開始1999年に確認できた群れは孟子群と沖野々群であったが、2002年には孟子群が分裂し2群に、2003年には沖野々群が分裂し2群となり計4群となった。2005年のカウント調査では孟子1群16頭、孟子2群4-9頭、沖野々1群2頭、沖野々2群27頭、オスグループ約10頭、合計約50-65頭と予想された。生息頭数の減少に伴い、徐々に捕獲が難しくなってきている。完全排除にむけて今後どのように対応するか新たな戦略が求められている。
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