抄録
霊長類の社会を考える上で、群れの遺伝的構成を明らかにすることは重要である。霊長類の多くは母系社会であるのに対し、チンパンジーは父系社会である。本研究では、野生チンパンジーを対象に遺伝解析を行ない、雄の繁殖成功の偏りと雌の移籍が集団の遺伝的構成に与えている影響を分析した。タンザニア、マハレ山塊国立公園のM集団54頭の非侵襲的試料を用いて、マイクロサテライト8領域の遺伝子型を決定した。それをもとに、1999年から2005年に生まれた11頭の子供の父子判定を行なった。また、血縁解析ソフトを用い、2003年8月時点で集団に在籍しかつ遺伝子型を決定した50頭(9歳以上雄:12頭、9歳以上雌:19頭、子供:19頭)の血縁度推定を行なった。受胎時期に第1位であった雄は父親が決定できた10頭のうち5頭の父親であり、他に2頭以上の子供を残した雄はいなかった。また、雄間の平均血縁度(R=0.031)は雌間(R=-0.022)より有意に高く、R > 0.25のペアを血縁者とすると、雄間の血縁者の割合(17%)は雌間(8%)よりも高かった。雄の血縁者の割合は雌に比べ個体差が大きく、血縁者のいない個体もいた。雄を年齢に応じて3世代に区切ると、同世代間の血縁者の割合(16%)は異世代間(17%)と差が見られなかった。父子判定から予想される父系兄弟の割合もほぼ同じ(16%)で、この多くは同じ第1位雄の子供であった。チンパンジー社会では、父系の影響で雄間の血縁者の割合が雌間に比べ高く、雄の繁殖成功の偏りのために、雄の血縁者の割合に個体差が生じていて、血縁度の高い雄のまとまりが存在した。母系社会における雌では、血縁者の割合に大きな個体差がないと予想されるので、父系と母系で血縁構造に差があると考えられる。