抄録
【目的】遺伝子を用いた分子的な研究手法は進化、発生、生態など生物学の多くの分野に取り入れられている。最初のステップは研究対象となる生物のサンプル入手であるが、絶滅の危機に瀕するなど厳重な保護下の動物では、この段階が最も困難である。こうした場合、動物を殺傷することのない、糞、体毛、羽、抜け殻、口腔粘膜、尿、唾液、卵殻などが極めて有力なサンプルとなりうる。
近年、様々な糞サンプルからのDNA抽出法が提唱されはじめた。しかし糞サンプルは保存状態や内容物がそれぞれ異なるため、普遍的に通用する方法が確立されていない状況にある。私はここにマダガスカルのキツネザル-インドリ科シファカ-の糞サンプルからDNAを抽出しミトコンドリアDNA(mtDNA)全塩基配列を決定した手法を報告する。
【方法】フィールドでの糞サンプルの保存にはエタノール、市販ASL液(Qiagen)、シリカゲルを用いた。DNA抽出においては、キレート剤Chelex-100(BioRad)を用いる方法、市販キット(Qiagen)を用いる方法をそれぞれ改変し用いた。またDNA吸着紙FTA card (Whatmann)を併用しPCR増幅反応を阻害する水溶性の色素を取り除くことで、さらに塩基配列を決定する効率を高めた。
【結果・考察】各サンプル保存法を経た糞サンプルからのDNA抽出はいずれも成功したが、エタノールによる方法は成功率42%と最も低かった(シリカゲル75%、ASL液80%)。また、シリカゲル・チューブに保存した糞サンプルからのPCR産物が最も良質であった(最長およそ1,200bp)。Chelex-100を用いる方法、市販キットを用いる抽出方法は、ほぼ同程度のDNA収率であった。PCRによって300bpから1,200bpのDNA断片を増幅することに成功し、それら17断片によってシファカのmtDNA全塩基配列を決定した。