抄録
クマイザサ(Sasa senanensis)は中部日本から北日本の亜寒帯・亜高山帯に広く分布し、林床部の植生を形成する重要な植物である。その幼稈には相当量の多糖類が含まれることもあり、春から初夏にかけ、さまざまな地域のニホンザルに食品として利用されている。しかしクマイザサの成葉はニホンザルにあまり食品として利用されない。長野県安曇野市に生息する野生ニホンザルは冬季にクマイザサの成葉を採食する。ニホンザルは葉身の主脈と辺縁部を残し他の部分を器用にむしり取って食べ、食痕として葉身基部(葉柄に近い部分約5分の1)、主脈、葉身の辺縁部が残る。本研究では安曇野のニホンザルがクマイザサの成葉のある部分を利用するもしくは利用しない要因について、硬さ分析・栄養分析をおこなうことで検討した。栄養分析については非食部位(主脈、葉身基部、葉身の辺縁部)と被食部位に分けておこなった。硬さに関しては、葉身を主脈、葉身の辺縁部、これらの中間部分の3部位に分けて、さらにそれぞれ部位について葉身を均等に10分割する場所9計測点、計27計測点で計測をおこなった。栄養分析の結果、被食部は非食部に比べ蛋白質、灰分が多く、植物繊維が少ないことが示されたが、水分、脂肪、蛋白、灰分、植物繊維の乾燥重量比が概ねそれぞれ、約47%、3%、14%、11%、65%であった。また、硬さ分析の結果から葉身のどの部位でも基部から先端に行くに従い柔らかくなる傾向が見られた。主脈は他の部分に比べかなり硬く、葉身の先端5分の1の場所での主脈の硬さは、葉身基部5分の1の場所における主脈以外の部分の硬さとほぼ同じであった。クマイザサの被食部分は他の霊長類により採食される食物のうちこれまで硬さが測定されてきたものに比べても柔らかい。一方、非食部分の内主脈は他の部分に比べ圧倒的に硬く、辺縁部にはシリカが多く沈着する。そのため歯の咬耗を促進することが考えられ、安曇野のニホンザルは上述の様な採食方法を取るのであろう。