抄録
「動物の脳の原型は♀型であり、臨界期に性ステロイドホルモンに 曝露することによって♂型に変化する」との古典的概念に基づき、胎生期の霊長類におけるアンドロゲンの作用を知る目的で実験をおこなった。
京都大学霊長類研究所にて個別ケージ飼育されているニホンザルおよびカニクイザルをTimed Mating法により交配し、受胎日の明らかな妊娠ザルを作成し実験群および対照群の二群に分けた。実験群には妊娠初期にアンドロゲンとしてテストステロンまたはジヒドロテストステロンを投与した。これらの母ザルから生まれた新生児のうちニホンザルは出生後定期的に採血および体重測定をおこない、発達への影響を調べた。また、ビデオ撮影による行動解析を行い、新生児の行動に及ぼす影響を調べた。カニクイザル新生児は外生殖器などの肉眼形態学的検査ののち、脳および性腺の組織学的および免疫組織学的検索を行った。これらの結果、実験群の妊娠ザルから生まれた新生児の一部に乳頭ならびに外性器肥大が観察された。また、ジヒドロテストステロンを負荷した妊娠ザルから生まれた新生児の脳に形態的変化が見られた。さらに、テストステロン負荷の妊娠ザルから生まれた新生児に対照群とは異なる母子間行動が見られた。実験群の新生児末梢血中生殖関連ホルモン値は対照群と比較して大きな差は認められなかった。免疫組織化学法によるエストロゲン受容体(ER)α陽性細胞の脳内分布を検討したところ、実験群および対照群ともに、新生児視床下部にERα陽性細胞が認められた。これらにより、マカクザルにおいて、胎生期のアンドロゲンは生後の行動や脳の発達に関わりのあることが示唆された。
本実験は京都大学実験動物委員会および京都大学霊長類研究所サル委員会の承認を得ておこなわれた。