抄録
【序論】霊長類における子の運搬は、妊娠、授乳、体温の維持や毛づくろいと同じく、母親による投資(maternal investment)の1つの形である。ニホンザルの母親が行う子の運搬には、腹部に子を接触させながらの運搬(腹部運搬)と、背部に子を接触させながらの運搬(背部運搬)の2つの様式がみられる。本研究では、ニホンザルの母親が子ザルに対して行う運搬行動を縦断的に観察することによって、腹部運搬と背部運搬の違いを定量的に検討した。
【方法】勝山ニホンザル集団において、子ザルと母ザル10組を対象とし、2004年7月から2005年10月までの162日間、総計335時間の行動観察を行った。子ザルの月齢に応じて観察期間を「1-4ヵ月齢」「5-8ヵ月齢」「9-12ヵ月齢」「13-16ヵ月齢」の4期間に分類し、母ザルによる運搬行動を記録した。
【結果と考察】腹部運搬と背部運搬の生起は、発達的に異なる特徴を示した。腹部運搬は、子ザルが1-4ヵ月齢の時に最も頻繁に生起し、5-8ヵ月齢になると生起率が有意に減少した。一方で、背部運搬は、子ザルが5-8ヵ月齢の時に最も頻繁に生起し、その後減少した。運搬行動にしめる背部運搬の割合は、子ザルが1-4ヵ月齢の時は39%であったが、5-8ヵ月齢以降では約80%であった。運搬行動の発達的変化に関して、個体差を検討した。背部接触を頻繁に行う母ザルは、観察期間を通して高頻度で背部運搬を行う傾向にあった。一方で、腹部運搬に関しては、発達的な一貫性があるとはいえなかった。背部運搬の生起率と母子の近接率や接触率は有意な正の相関を示し、腹部運搬の生起率は乳首接触の生起率と正の相関を示す傾向にあった。本研究から、子ザルの成長に応じて運搬様式が腹部から背部へ変化すること、頻繁に背部運搬を行うことによって子ザルとの近接関係を維持している母ザルが存在することが示された。