抄録
[目的]テナガザルは4属12種(~16種)に分類されている。日本では比較的多くの個体が飼育されているが,国内飼育種の維持には,正確な種判定に基づいた繁殖計画の作成が急務である。これまで種判定は,外見や種特異的な歌に基づく方法で行なわれてきた。しかし,それらの判定を行なうには多数のテナガザルの生体・標本を観察した経験を持ち,種の特徴に精通している必要がある上,判別者の主観が介入することもあり,より普遍的な方法の導入が望まれている。我々は国内のテナガザルの飼育状況の正確な把握を目的に,mtDNA塩基配列による種判定を行った。
[方法]塩基配列情報を増やすため,既存テナガザル細胞株(n=11)について,mtDNAのND3-ND4領域(>2,200bp)およびD-loop領域(>380 bp)の塩基配列を解読し,細胞株の種の確認を行った。国内飼育テナガザル34個体の糞便よりDNAを抽出,同領域の塩基配列を解読し,種判定を行った。
[結果]細胞株の配列はデータベースの既存配列と2領域について矛盾なくクラスターを形成した。国内飼育個体についてはアジル,ミューラー,ワウワウテナガザルにおいて記載と異なる個体が複数(4個体)見つかった。また,アジル,ミュラーテナガザルでは比較する塩基配列が短い場合にはクラスターが充分に形成されず,これまでに知られている配列とは大きく異なる配列を有する個体の存在も確認された。
[考察]本研究では複数領域の配列,もしくは充分な長さの領域を用いて比較することで,精度の高い種判定が実施できることを示した。また,正確な記載のための種判定の必要性が確認された。一方で,種判定が困難だった個体や雑種の可能性が否定できなかった個体も存在したため,それらの正確な判定のために,今後比較対象の充実,Y染色体,及び,常染色体上のマーカーの開発が必要であることも明らかとなった。