抄録
これまで野生のゴリラには、チンパンジーやボノボで見られるような「物乞い行動」に始まる食物の分配は報告されていない。ただ、「のぞきこみ行動」によって採食スポットを譲り渡す行動が観察されており、これが分配行動に類するものだと考えられている。また、最近ではニシローランドゴリラの母親と子どもとの間で、子どもの誘いかけによって母親が所有している食物が子供の手に渡る現象が報告されている。これは、食物の分配というよりは子どもが食物の種類とその部位を確かめるための学習だと考えられている。
私たちは、ガボン共和国の西南部にあるムカラバ・ドゥドゥ国立公園でニシローランドゴリラの調査を続けてきた。2008年からジャンティ集団と名付けたゴリラたちが比較的近くで観察でき、すべてのゴリラに名前を付けて個体識別に基づく行動記録をとっている。現在、この集団には成熟したオスのシルバーバック1頭、若いオスのブラックバック3頭、繁殖可能なメス6頭、8歳以下の離乳した子どもが9頭、授乳中の赤ん坊が3頭、計22頭が一緒に暮らしている。これまでの観察で、ここの低地熱帯雨林に生息するゴリラは多種類の果実を採食し、果実期になると好物の果実がよくなっている場所を繰り返し利用することがわかっている。2010年の11月26日にこのジャンティ集団を観察中、興味深い行動が見られた。集団のメンバーが休息中、ドスンと大きな音がすると、シルバーバックのジャンティが急いで音のしたほうへ走り、Treculia africanaの大きな実を手に持って引き返してきた。それを左手に持ち、右手でちぎって食べ始めると、2頭のメスと3頭の子どもが集まってきてジャンティを取り囲み、じっとジャンティの食べるのを見つめた。時折ジャンティはちぎった破片を口に含まずに膝の上に落とし、それをメスや子どもが拾って食べた。メスが手をのばすのをジャンティが阻止することもあった。果実のかけらを取った2頭のメスのうちの1頭は赤ん坊もちのメスで、別の1頭は次の日にジャンティを誘って交尾をした。
この果実をめぐる交渉は、チンパンジーの肉食の際の分配行動と酷似しており、明らかに母親と子どもの間の学習を目的とした交渉とは違っていると考えられる。こういった明らかな食物分配行動が野生のゴリラで観察されたのは初めてであり、これはムカラバ国立公園の果実が豊富にある環境条件と関係がある。とくにTreculia africanaのように大きくて硬く、数が少ないためになかなか手に入らない果実が、分配行動を引き起こしやすい要因になっていると推測される。ゴリラが環境条件によっては食物を分配する能力を持つという発見は、これまでのゴリラの社会性を見直すきっかけとなる。環境条件と食物分配行動との関係をマウンテンゴリラやチンパンジーの行動と比較しながら考察を加え、今後の研究の指針としたい。