抄録
一般的に2色型色覚である哺乳類の中で霊長類はX染色体上のL-Mオプシン遺伝子をアレル分化させることで2色型・3色型の多型的色覚(主として新世界ザル類)あるいは遺伝子重複させることで恒常的3色型色覚(主として狭鼻猿類)を実現させた。従来霊長類は色覚の進化と引き換えに嗅覚、味覚、フェロモン知覚などの化学物質感覚を退化させたと考えられてきた。しかし、最近の研究から霊長類の化学物質感覚は他の哺乳類に比べて必ずしも劣っておらず、野生下の採食行動においても視覚と相補的に働き、センサー遺伝子レパートリーも縮退しているわけではないことが示されてきている。感覚センサーの進化が互いにどのように影響し、どのような適応的意義をもつのかを理解することは、霊長類の進化に対する理解を深める上で重要である。そのためには、霊長類野生集団中の化学物質感覚センサー遺伝子の多型性を調査し、多型性に対する自然選択あるいは中立性の検討を行なうことが有効である。
そこで我々はコスタリカ共和国グアナカステ保護区サンタロサ地区に生息し、これまでに色覚種内多型を持つことが実証されている新世界ザルのチュウベイクモザル(Ateles geoffroyi)とシロガオオマキザル(Cebus capucinus)の野生群を対象に、嗅覚、味覚、フェロモン知覚のセンサー遺伝子の多型性調査を立案した。併せて、これらに知覚され摂食決定に重要な化学物質の同定も目標とした。本発表ではその経過を報告する。
計画の第一歩として遺伝子レパートリー規模が比較的小さく有毒物の検出という点で生存に対する意義も比較的明確な苦味受容体の多型性解析を進行させている。これまでにTAS2R1、4、16、40について、チュウベイクモザル1群とシロガオオマキザル1群に対して糞DNAからPCR法での遺伝子単離を行ない、文部科学省科学研究費新学術領域研究「ゲノム支援」の支援を受けて塩基配列を決定した。現在これらの塩基配列多様性を同じ群れから収集したL-Mオプシン遺伝子及び中立対照領域と比較解析中である。また、調査地における果実のフェノロジーデータやそれらに対するサルたちの採食頻度・効率、視覚・嗅覚・味覚依存度等のデータの蓄積を活かし、主として乾季に採食する18種の果実について成熟度の異なるサンプルを収集した。現在分析条件の検討を含め匂い物質の同定及び解析を行っている。