抄録
(目的) 研究がほとんど進んでいない津軽半島のニホンザルを遺伝学的に調査し、周辺地域との比較から、東北地方に生息する個体群の地域分化や遺伝的多様性の特徴を明らかにし、北限のサルの孤立やニホンザルの成立過程について検討することを目的とした。
(方法) 既報を参考に糞試料のDNA分析法を考案し、2010年6月と10月に津軽半島で調査を行った。常染色体9座位、Y染色体3座位のSTR多型を分析し、5地域個体群169個体(津軽半島33、下北半島41、白神山地13、五葉山 7、金華山を除く南東北75)を比較した。遺伝子多様性と地域間分化を定量し、ボトルネック効果の影響の有無ならびに個体の遺伝子型データに基づく解析から分節化を調べ、個体群の孤立を検討した。
(結果) 対立遺伝子数とヘテロ接合率では、下北半島と津軽半島のサルで顕著な多様性の低下を認めた。常染色体とY染色体のSTR遺伝子構成から、下北半島と津軽半島のサルたちが他所から強く分化する傾向を発見した。Structure解析により、東北のサル地域個体群が遺伝的に分節化した構造をもつことが裏付けられ、中でも下北個体群、次いで津軽個体群が遺伝的に強く孤立した状況にあることが判明した。対照的に、ミトコンドリアDNAでは、五葉山に残る個体群だけが大きく分化しており、他の地域個体群では母系に近縁性があることを確認した。ボトルネック効果の初期相に特徴的に現れるヘテロ接合体過剰を検定したところ、津軽個体群で有意な影響を認めたが、下北を含む他地域では認められなかった。
(考察) 今回の遺伝学的研究から、下北半島および津軽半島に生息するニホンザルは地理的にも遺伝的にも孤立することが明らかになった。オスを介した遺伝子流動が乏しいことに加え、歴史的な孤立の影響も認められた。ボトルネックの検定結果に両個体群が違いを示した原因には、孤立の程度や期間の違いが予想される。環境変化に関係したサイズ変動を伴う個体群の分断プロセスとして、後氷期に本州北端で北限のサルが成立したという進化過程が考えられる。