抄録
霊長類の多くは社会的な群れを作って生活している。その中で既知個体と未知個体を区別することは、安定した社会集団を維持していく上で欠くことのできない能力である。一方昼行性の霊長類において、オランウータンだけは例外的に明確な社会集団を作らないと考えられている。社会交渉の少ないオランウータンは既知性をもとに他個体を区別することは可能なのだろうか。本研究ではこの点について明らかにするために、オランウータンが既知個体と未知個体の顔を識別できるかどうか実験心理学的に検討した。
東京都多摩動物公園にて飼育されている2頭のオランウータンを対象に実験を行った。刺激となる既知個体として質的に異なる2種類のものを用意した。一つはオランウータンが現在日常的に見る機会のある5個体(現在既知個体)の顔写真である。もう一つはオランウータンが10年前を最後に見る機会のなくなった3個体(過去既知個体)の顔写真である。さらに未知個体として既知個体と年齢クラスの等しい個体の顔写真を同数用意した。LCDモニタ2台を用いて既知個体・未知個体の顔写真を同時に呈示し、ビデオカメラによってオランウータンの注視反応を記録した。オランウータンがどちらの写真も5秒以上注視しなかった場合には次の既知・未知のペアを呈示した。1日8ペア呈示することを1セッションとし、2セッション実施した。オランウータンの注視反応は1/30秒ごとに分析し、各写真に対する注視率を算出した。
その結果、現在既知個体と未知個体のペアにおいてオランウータンは未知個体への偏好を示した。それに対し過去既知個体と未知個体のペアにおいては過去既知個体への偏好を示した。以上の結果からオランウータンは顔を手掛かりとして、既知個体と未知個体を識別できる可能性が示唆された。